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力の入れ方

全力を出すこと

全力で物事に取り組む。響きはとても良い。
場合によっては、無理してでも頑張ってしまうこともあるかもしれない。

それでも、その結果がどうあれ、全力を出したことが認められることもある。
ある一面、それは妥当な部分があるだろう。

反面、本当にそれでよかったのか考える機会はないだろうか。

全力を出さなくてよい、出す必要がないと言っているわけではない。
大事なことは、全力を出すことなのか、ということを考えることだ。

禅問答のようになっているが、この点を少し掘り下げたい。

行動することの意味は何か

全力を出すか出さないか、という以前に、そもそも何をしたかったのか、考えるべきだと思う。

全力で頑張ったのだから仕方がない。
そういった感想を仰る方がいる。

そこだけ取り上げて、非難しようというわけではない。
ただ、仕方がないではなく、どうしたかったのかを考えないのか。
成し遂げたかった目標があり、今回はそれが成し遂げられなかった。

全力を出したのだから、仕方がないのか?
だったら、何も成し遂げられなくてよいのか?
なら、永遠に何も成し遂げられないと思う。

本来考えるべきは、どうやって実現するか、ではないのか。
全力を出して何かをやらなければならないということ。
それはそもそも始まる時点で何かずれていないか。
全力を出さなくても、それを成し遂げられる方法はないのか?

大人でも、頑張ったことを褒めたたえる方が多い。
本当にそれでよかったのか、振り返らないのだろうか。

私も子供がいるので、この点は気を付けるようにしている。
頑張ればよいと言うのは、間違いなく勘違いだと思っているからだ。

私が提示した例

子供が吹奏楽をやっている。
ソロで演奏したいという。

その割には、碌に練習をしているようには見えない。
それで、自分がソロで演奏できると思うのだろうか。

そういう時は、まず演奏を頑張ればよいのではないかと思う。
やらない者が成果を出すことはない。
その観点では、全力で物事に取り組めばよいと思う。

一方で、全力を出せば何でもよいのか、という観点で話もした。
本当にソロで演奏したいと思っているなら、何をするのか、という点だ。

貴方は、ソロで演奏したいから、家の周りを30分走りますか?
体力がついて、30分で走れる距離が長くなる。
雨の日も、風の日も、台風の日も走りこむ。
30分で走れる距離がどんどん長くなるとする。

だから何なのだ?それでソロに選ばれると思うのか?
頑張ってはいる、全力は出しているのだろう。
その意味は何か、考えているのか、と。

極端な例だということはわかっている。
なので、もう一つ例を出した。楽器の片づけ、手入れだ。

楽器の片づけ、手入れを丁寧にしていたとしよう。
それはとても良いことで、大事なことだ。
ただ、それにばかり時間をかけて、演奏の練習がおろそかになる。
それでソロに選ばれるだろうか?

このように、目的のために何をするか考えないと、努力は無意味だ。
全力だなんだという前に、方向性を考えることはとても大事だ。

ここが抜けている方が非常に多いと思う。
残念なことだ。

本当に全力出す方法

簡単だ、力を入れ過ぎないこと。
滑らかに動けるようにすることだ。

がちがちに力を入れて、一生懸命にやることが大事なことでは無い。
本当に高いパフォーマンスを発揮するためには、リラックスが必須だ。

それは、何に対しても同じだと思う。
勉強、スポーツ、芸術。
どれであっても、過剰に頑張ることはパフォーマンスを下げるだけだ。
より良い結果を出すためには、そもそも自分の出来ることを増やすこと。
その上で、リラックスして行動することだ。

力を入れることが主目的ではない。

このように説明しても、わかっていただけないことの方が多い。
皆さん、頑張っているんだなぁと思う今日この頃だ。

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