凡豪の鐘 #3
〇〇:こんなとこで何してんだよ!蓮加!
蓮加:こっちのセリフよ!
美月:え?〇〇君と蓮加って知り合いなの?
蓮加:まぁ....
〇〇:こんな古本屋で何してんだよ。
茉央:何って...〇〇ほんまに覚えてないん?
〇〇:え?
するともう一人、階段から降りてくる音が聞こえる。
??:なんだ、蓮加。騒がしいぞ、迷惑な客でも来たか?
降りてきたのは老人。真っ白な髭を生やし、髪も白髪である。だが腰は曲がっておらず、身につけている和装からは妙な風格が感じられた。
その姿を見た時、記憶が蘇った。
〇〇:なっ....ケンじぃ!まだ生きてやがったのか!
賢治:なんだその口の聞き方は!初対面の人間に向かって!
〇〇:初対面じゃねぇって!俺だよ、天鐘〇〇だよ!
賢治:天鐘ぇ? あぁ....あのバカ共の息子か笑
〇〇:はっ笑 その様子だとまだまだくたばらねぇなぁ笑
その老人の名は岩本賢治。蓮加の祖父にあたる人物。小説を読む人にとって岩本賢治の名を知らぬ者はいないというほどの名作家だった。
〇〇の両親もかつて賢治から手ほどきを受けていた。その影響もあってか、小さい頃から〇〇はこの賢治が経営している古本屋に出向き、小説を読んだりしていた。小説の書き方を教わったのも賢治であり、いわゆる師匠と弟子といった関係だった。
美月:ちょっと! 賢治先生になんて口の聞き方してるのよ!
〇〇:あぁ?別に関係ねぇだろ。
美月:大先生なんだよ!? 君は知らないでしょうけど!
〇〇:知ってるわアホ。大先生っていうかただの鬼だけどな笑
賢治:減らず口が。......それで?何しに帰ってきた。
賢治は本を整理しながら問うてきた。
〇〇:親が無理矢理またここに転校させたんだよ。
賢治:ほう。儂はてっきり東京の出版社から契約を打ち切られたもんだと思っていたが?笑
〇〇:....チッ...うっせぇなぁ..
美月:(出版?.....そういえば美波が〇〇君は小説書いてたって言ってたな..)
賢治:それで?今日は新作でも持ってきたのか?
〇〇:........もうやめたよ。小説書くのは。
茉央、蓮加:えっ!?
賢治の動きが止まった。そしてまたすぐに動き始めた。
賢治:....なぜだ?
妙な威圧感があった。
〇〇:中学で出版したのは一冊だけ。しかも全然売れてない。才能が無かったんだよ。
蓮加:.........。
賢治:そうか...。つまらんやつになったな、お前。
賢治は〇〇と目も合わさずにそう言い放った。
〇〇:...じじぃには才能があるからわかんねぇだろうよ。
蓮加:....ダメ...
〇〇:あ?
蓮加:逃げてるだけだね。
〇〇:な、何言ってんだよ...。
蓮加:辞めさせないよ。今私と勝負して、私が勝ったら小説を書き続ける。私が負けたら...好きにして。決まりね?
〇〇:ちょ..待てって!
蓮加:小さい頃毎日やってたでしょ? お題は...そうだな、恋愛物。私は二階で書いてくるから。〇〇はここで書いて。400字詰め原稿5枚の短編ね。
〇〇:なっ....
蓮加:制限時間一時間ね。じゃスタート。
蓮加はそう言って2階へ上がって行った。
〇〇:.....はぁ...変わってねぇな...。じじぃ、原稿用紙くれ。
賢治:500円だ。
〇〇:金取るのかよ...。まぁいいや、勝ったら飯食わせろ。
そう言って〇〇は賢治になけなしの500円を渡し、原稿用紙が40枚程入った袋を受け取った。
リュックから筆箱を取り出し、近くにあったテーブルの前に座った。
小言を言いながら、腕を組み悩んでいる。
〇〇:はぁ....あいつどーせゲームばっかして小説なんて書いてないくせに...
美月:ね、ねぇ茉央ちゃん。私まだ理解が追いついてないんだけど.....
茉央:えーっと....蓮加さんと〇〇は、小さい頃からどっちが面白い作品書けるか勝負してたんです。
美月:....〇〇君って小説書けるの?
茉央:書けるなんてもんやないですよ!〇〇の両親は......あ、これ言ったらあかんかった...。
美月:え?
茉央:とにかく書けるって事です!
美月:そ、そう。 どっちが勝った数多いの?
茉央:....私の記憶だと、蓮加さんが勝った記憶はないですね。
美月:えぇ!? ほんとに!?
二人の会話に賢治も入ってきた。
賢治:あっはっは笑 毎日のように勝負してたが、蓮加が勝った事はないなぁ。
老人の為、音量調節機能がバグっている。
美月:あ、あの...私達どこか違うとこで話した方がいいんじゃ...
賢治:ん? なに、心配するな。〇〇にはもう何も聞こえとらんよ。
〇〇の方を見ると、雰囲気がまるっきり変わっていた。目が血走り、少し恐いくらいにペンが走っている。
賢治:あいつは昔から、書き始めると周りが何も見えなくなる。今なら隕石が落ちても書き続けるだろうな。
美月:(....実は凄い人だったりするのかな..)
そして、早々と一時間が過ぎた。
〜〜
〜〜
トントントン 2階から蓮加が降りてくる音が聞こえる。
蓮加:できた?
〇〇:..........。
〇〇は何も言わずに蓮加に原稿用紙を渡した。
蓮加:ん。じゃあ...審査員はお爺ちゃんと茉央と美月ね。読んだらどっちが面白かったか決めて。
そう言って、蓮加は美月に原稿用紙を渡した。〇〇はというとずっと座ったままで生気を感じられない。
美月:じゃあ...読むね。
美月、茉央、賢治の順番で読んでいった。
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ジキジキジキジキ 春の虫が鳴き始める夜。古本屋から帰ってきた夜。
〇〇が身を預ける所は、いつもの神社だ。
〇〇:はぁ....頬痛ってぇ....
赤く腫れた頬をさすりながら横になる。右手で頬をさすり、左手にはしっかりと原稿用紙が握られている。
ぐぎゅるるるるる ぐごご 腹部から今までに聞いたことがない程の轟音が鳴り響く。
転校してきて明日で3日。食べたのはジュースとパンのみである。
〇〇:うぅ....寒っみぃ。これ....まじでなんか食わないと死ぬかもな...。
生命の危機もどことなく余所事と感じる程、〇〇の内情は渦巻いていた。
〜〜
〜〜
蓮加:...お爺ちゃん、入っていい?
賢治:蓮加か、いいぞ。
ガラガラガラッ
賢治:どうした?
蓮加:......今日の〇〇との勝負さ...なんで私に勝ち星付けたの?
賢治:.....それは・・
〜〜
数時間前
美月:全員読み終わったよ?
蓮加:じゃ、どっちの方が面白かったか言ってって。絶対正直言ってね。
美月:.....正直に.....わ、私は〇〇君の方が面白かった.....かな..。
茉央:.......私も...〇〇...。
蓮加:お爺ちゃんは?
賢治:儂は....蓮加の方が良かったなぁ。
美月、茉央:えっ!?
美月は普段から小説を良く読む方だが、茉央はほとんど読まない。その二人が〇〇に票を入れ、稀代の名作家が蓮加に票を入れている。
蓮加:........私の...負け...
茉央:こ、これって!もう〇〇はもう小説書くのやめちゃうってことですよね!
蓮加:.......そうだよ。
茉央:じゃ、じゃあ茉央は蓮加さんに入れます!
蓮加:正直に言ってって...
茉央:いえ!良く考えてみれば蓮加さんの方が面白かったです!
賢治:これで2票。〇〇の負けだな。
蓮加:.................。
蓮加は黙って、2階へ戻ってしまった。
美月:.....ちょ、ちょっと、なんか空気が重いんだけどボソッ
茉央:...そうですねボソッ
賢治:おい!〇〇! 何してんだ!
賢治が項垂れている〇〇に怒鳴りつけると、〇〇は頭を上げ立ち上がった。
〇〇:.........。
美月:ん?
〇〇は何も言わずに美月に近づく。目の前で立ち止まり、美月の顎を摘み、少し上に向かせた。
〇〇:...お前..可愛いな。俺の彼女になれよ。
美月:へぁ!?// は?// 何言ってるの!?//
美月は驚きを隠せなかった。今の〇〇からは以前の雰囲気は微塵も感じない。
美月:は、離してよ//
賢治:はぁ....嬢ちゃん、〇〇の事引っ叩いてやれ。
美月:へっ!?
茉央:思いっ切りやっていいですよ、美月さん。
美月:ちょ、意味がわかんな・・
そう言っている間にも、〇〇は顔を寄せて、唇を近づけてくる。
美月:ちょっとぉ!!
バチンッ
あまりに咄嗟の事だったので、自然と手が出た。叩いた音が鳴り響く。
〇〇:いっだ!! 何!まじで痛った!
瞬時にいつもの〇〇に戻ったようだった。
賢治:てめぇ、あの癖書いても出るようになったのか!
〇〇:癖?....あぁ、今出てた? 中学の時はほぼ出なかったんだけどな...
美月:.....あんた...何なの...
目の前の美月が少し怯えたような目で〇〇を見ていた。
賢治:もう帰れお前。
〇〇:あ?勝負の結果は?
賢治:後で学校で聞けボケェ! ドガッ
〇〇:いでぇ!
賢治の蹴りによって〇〇は店から出された。出た拍子に賢治は戸を閉めた。
賢治:はぁ....すまんな嬢ちゃん。怖かったろ。
美月:ま、まぁ....一旦何なんですか?彼。
賢治:あいつは...何て言えばいいんだろうな....
小説家という、言葉を紡ぐ事を職業にしている人間が言い淀んでいる。
茉央:入りすぎてしまうんですよ。小説に。
美月:え?
賢治:嬢ちゃん...〇〇が書いた短編の主人公思い出せるか?
美月:え、えっと...キザで、学校でも王子様みたいなモテてる男の子だけど、ほんとは気弱で自分を偽ってる....みたいな主人公でした。
賢治:だな。それだよ。今〇〇はその主人公になってたんだ。
美月:は?
賢治:昔は小説を読んだら、あんな風になってたんだけどな。書いてもなるようになってるとは.....ありゃ異常だよ。
美月:つ、つまり、小説の主人公みたいになるって事ですか!? 俳優さんみたいに!?
茉央:〇〇のあれは、演じるってレベルやないと思います。
賢治:そうだなぁ。あれはもう、作中の人間そのものだ。
〜〜
〜〜
賢治:......それはな、蓮加。あれが〇〇の小説じゃなかったからだ。
蓮加:え?
賢治:あいつは自分として小説を書いてなかった。ありゃもう他人の書き物だ。私小説ならいいが、ありゃ他人の自伝だ。入りすぎてる。
賢治:それに対して、蓮加は蓮加の小説を書いてた。それだけだ。
賢治:まぁ、どっちもつまらん作品だったがな。
そう言って賢治は眼鏡をかけ、ペンを執った。
蓮加:.....そっか...。
賢治:悩んでる暇あったら、一作でも多く書け。コンクールも小説甲子園もあるんだろう?
蓮加:....うん。
賢治:ほら、行った行った。書き物の邪魔だよ。
蓮加:ん、ごめん。また書けたら見てね。
賢治:あいよ。
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翌日
ぐぎゅるるるるる ぐごごご
教師:誰だー。一時限目から腹減ってるやつは笑
クラスに少し笑いが溢れる。
〇〇:ぐぉぉ....腹が..減った...
美月:(....やっぱり...昨日の〇〇君とは全然違う...)
美月は昨日の古本屋の時とまったく雰囲気の違う〇〇に戸惑っていた。
〜〜
〜〜
昼休み 屋上
〇〇:ぐぁあ...はぁはぁ...具合悪りぃ
〇〇は転校してきてから、体も近くの公園で洗うだけ。そこで腹一杯に水を飲む生活を続けていた。
トントントンッ 梯子を登ってくる音が聞こえる。
律:〇〇ー。あ、やっぱここにいた。
〇〇:んぁ、なんだ律か。でけぇ肉に見えた...
律:肉? 俺人間だぞ。
〇〇:わかってる。.....なんか食い物持ってねぇか?
律:さっき昼飯食べちった。〇〇、昼飯は?
〇〇:.....忘れてきた。
律:ふーん。ま、一日くらい昼食べなくてもどうって事ねぇか...
〇〇:(もう3日何も食ってねぇんだよ!)
ガチャ 屋上の扉が開いた。
律:...あ、また来た。
屋上に来たのは美月と美波だった。
美月:ねぇ、美波。昨日すごい事あったんだよ。
美波:なに?
美月:〇〇君が小説書いてた。
美波:あ、やっぱり書いてた?
美月:うん。それで....なんか凄かった。
美波:なんかって?
美月:うーん...上手く説明できないけど...凄かった笑
美波:全然伝わってこないよ笑
律:おい!美月さんがお前の話してるぞ!ボソッ
〇〇:知るか、俺はそれどころじゃねぇボソッ
律:いいから聞けよーボソッ
〇〇:.......なんであいつらちょっと遅れて屋上くんの?ボソッ
律:授業終わったら美月さんは女子男子問わず囲まれるからなぁ、人気なんだよ。その対処してから屋上来るのボソッ
〇〇:へぇ....で?お前はなんでこの時間に屋上くんの?
律:俺は....なんとなく?ボソッ
〇〇:嘘つけ。お前美波さんの事好きだろボソッ
律:なっ!ムグッ
美波:ん?なんか今声聞こえなかった?
美月:んー? わかんない。
律が大声を上げそうな事を察知し、〇〇は咄嗟に律の口を塞いだ。
〇〇:でっけぇ声出すんじゃねぇ!ボソッ
律:い、いや、お前が急に変な事言うからボソッ
〇〇:当たってるだろ? いつもあいつらが来るちょっと前に来るし。悟られないように山下の話しかしないし。ボソッ
律:え、あ、いや//
〇〇:顔赤いし。俺に隠し事は無理だよ笑ボソッ
律:チッ...昔から勘だけはいいんだよなぁ、お前ボソッ
〇〇:うっせぇ、俺は寝る。放課後起こしてボソッ
律:めんどくせぇなぁボソッ
〇〇は仰向けに寝て、目を閉じた。
美月:........私...〇〇君に頼んでみようかな。
美波:何を?
美月:...夢のこと。
美波:えぇ!? 美月、〇〇君のこと嫌いなんじゃないの?
美月:き、嫌いだけど...
そんな会話が耳に入って気がしたが、気にも止めず〇〇は意識を落とした。
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〇〇:ふぁあ....うぇ....起きたら更に腹減ってる..まじ死にそう...具合悪りぃ....
目覚めた時にはもう辺りは暗かった。恐らく律はスマホに起きろと連絡してくれたのだろう。あいにくスマホの充電はとっくに切れているのだが。
〇〇:帰ろ...。
ふらついた足取りで屋上から出る。視界は霞み、感覚が薄い。
学校から出て、いつもの神社に帰る。コンビニで何か買えれば良いが、あいにく金も無い。着替えも今日で尽きた。
〜〜
神社の屋根の下まで行き、座ろうとするも上手く膝が折れなかった。
〇〇:....くそ両親め....絶対許さ....ねぇ.....家くらい..用意しとけ.....
バタンッ!
〇〇の意識は寝るとは違った意味で途絶え、神社の屋根の下、〇〇は動かなくなった。
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To be continued
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