立夏の恋模様6_すりごま115

「休憩入りまーす!」

 重は忙しなく動き回るクラスメイトに一瞥し、教室を後にした。
 執事服に身を包んだ彼は、学生服を着た生徒が行き来する校内でひときわ目立つ。それ故に、通りすがり際にシャッターを切られることに、多少の不快感を覚えた。

 好きでこんな服を着たわけではないのだ、と。重は優希の事を思い浮かべる。

「くそ……。あいつ、どこ行ったんだよ……」

 ぽつり、と。呼吸を荒くした重は、携帯を手に二〇分前に送ったLINEを見る。
 今どこにいる? と、優希に送った短いメッセージ。
 しかし、返信は疎か既読すらついていなかった。

 互いに目立つ服装にも関わらず、この広い校内では探し出すのにも一苦労だという事に、重は苛立ちを覚える。
 
 少ない休憩時間のリミットが刻一刻と迫る中で、重は歩く速度を上げた。

「フランクフルトはいかがですかー!」

 そんな中で耳に入った客引きの声に、重は自然と引き寄せられていく。

「お、そこの執事服の君。フランクフルトどうだい?」

 呼び止められた重はその時、自分が空腹であるという事を思い出す。
 思えば、午前の開店以来ずっと働きっぱなしだった。

「一つ、ください」
「まいどー。四百円ね」

 差し出された短いフランクフルトを受け取った重は、高いなと思いつつ。学園祭だし、そんなものかと、財布から小銭を取り出して会計を済ませた。

「そういや、さっきはメイドの姉さんが来てったけど、何? コスプレとかはやってるんで?」

 フランクフルトを一口齧った重は、何の気なしに応える。
 
「うちのクラスが喫茶店やってるんすよ」
 
 ん……、メイド? そして、重は焦りだす。
 手に持つ半分以上残ったフランクフルトを一口で頬張り、重は得心がいったと頷く屋台の店員に問いただす。

「そのメイドって! どっちの方にに行きましたか!!」
「食い終わってから喋れって、きたねぇなぁ。ほら、あっちの方だよ」
 
 顔を顰めた屋台の店員の指さす方に重が視線を向けると、そこにはベンチに座る後輩と、優希の姿があった。




「なんだかなぁ……」

 ベンチに座った優希は如何ともしがたい陰鬱な感情に、表情を曇らせる。

「そんな落ち込まなくても」
「だって~……」

 苦笑しながら励ます後輩をしり目に、優希はさらに思考を巡らせる。
 
 重くんが、もしあのお姉さんに取られてしまったらという、考えたくない未来を想像しては溜息をはく優希。
 
 もちろん、優希自身もそんな事にはならないと心の中ではわかっている。ただ、そうであると確信ができないのだ。

「ふむふむ、これが恋煩いか……」

 茶化す後輩に、内心でイラっとした優希だが、反論するのも面倒臭い、と。それまでずっと地面を見ていた視線を上に向け、晴天の青空を見上げた。

 手にしたスマホに強調された着信表示を開き、重からのメッセージに目を通した優希は、また一つ溜息を零した。

 私を探してくれているのだ、と言うある種の安心感。それと同時に、別れ話を切り出されたらと想像すると、優希はさらに落ち込んでいった。

 付き合ってすらいないのに、何言っているのだろう、と。優希は心中で自分に突っ込みを入れた。

その時だった。

「優希!」

 聞きなれた声が優希の耳に届く。

 「重せんぱい!」
 
 声の主を探そうと回りを見渡す優希よりも、先に反応したのは後輩だった。嬉々とした後輩の声に優希はムッとしつつ、反応する。

「何の用?」

 ボソッと、不機嫌ですがと声音で示した優希に、重は息を切らしながら話し始める。

「いや、一緒に校内まわろうと思って」

「さっきのお姉さんと回ればいいじゃん。なんか楽しそうだったし」

「何拗ねてるんだよ」

 目を合わせずムッとする優希に、重は諭すように語り掛けた。

「拗ねてないもん」

 しかし、素っ気ない反応を繰り返す優希に、重も次第に語気を強める。

「俺、何かしたか? それなら……」

 言ってくれ、と。重が言葉を発するのと同時にピロン、と優希のスマホに一通の着信が届く。

『シフト終わったんだけど、一緒に校内まわりませんか?』

 さっきの買ったフランクフルト屋のスタッフからだった。



 間が悪いと、重は視線を逸らす。
 なぜ優希が拗ねているのか心当たりのない重は、ただ優希に聞く事しか出来ない。

 何が悪かったのか、と。

 しかし、優希は応えてはくれない。女心とは難儀なものだと重は優希を見下ろすと、隣に居たはずの後輩がいつの間にか消えていた。

 気が利くのか、気が利かないのか。判断に困る状況に、重は呆然とその場に立ち尽くす。

 休憩時間も残り少ない上に、この状況を放置する事も出来ない以上。重は継続して優希に質問を続ける。

「なんで、そんなに怒ってるんだよ」

 優しく語り掛ける重だが。

「怒ってないし」

 それでも優希は何も教えてくれない。

「ああ、もう! そういうのいいからッ!」
 
 優希の肩を掴んで無理やり顔を合わせた重は、その時初めて優希の瞳が潤んでいることに気が付く。

「本当に、どうしたんだよ……」

 もう訳が分からない、と。重は混乱する。
 俺は、知らない間に優希を傷つけてしまったのか? という疑問。

 分からないという状態が、重は怖かった。

「だって……、重くんが他の女の人と楽しそうに話してたし……。LINE交換してたし……」

 震える声で吐露された優希の本音に、重は安堵と同時に、得心が行く。
 誤解していただけなのだ、と。

「交換してないよ」

「そんな嘘付かなくていいよ……、あのお姉さん美人だったし、重君とは付き合い長いし……」

 分かるよ、と。ほぼ泣きながら言い放つ優希に、重は怒りを露にする。

「なんも分かってねぇじゃん」

 重は声を張り上げ、周囲の視線を集める。
 群衆の刺すような視線にも動じず、重は自身のスマホを優希に差し出しす。

「付き合い長いんなら、気づけよ」

 そういうと、重は優希の頭をポンポンと撫でた。

「俺が、優希を捨てるわけないじゃん」

 照れくさいとばかりに赤面する重に、周囲が沸き立つ。
 そして、その瞬間に自分が注目の的にされている事に、重は気が付く。

「それって、す……すすすきって、こと?」

 羞恥心が込み上げてくる重に、優希はしたたかに退路を潰した。

「ああ、そうだよ。……好きだよ! 付き合いやがれ」

 もうヤケクソだった重は、腹の底から声を張り上げて優希へ告白した。
 野次馬の盛り上がりが最高潮に達し、同時に重の顔面もこれでもかと燃え上がった。

 ああ、終わった。平穏な学校生活が、音を立てて崩れ去った様な気がする、と。重は天を仰いだ。

「……よろこんで」

 ああ、くそっ。曇り一つない晴天じゃねぇかよと、重は自身の心境と同様に曇り一つないを眺める。

 そして、下ろした視線の先には、瞳に雫を溢れさせながらも、満面の笑みを浮かべる優希がいた。



 幸せだ、と。
 優希は自身の想像が杞憂で終わった事に、心の底から安堵を覚える。
 
 そして、重君を信じる事が出来なかった自分は、弱い人間だと自覚する。
 こんな私が、重君と一緒にいいのか? 優希は疑問に思った。

 だが、重の幸せそうな瞳が、全てを物語っている。
 一緒にいて、いいのだと。

 今度は、間違いないと確信した優希は、スマホを取り出し。

 LINEを交換したフランクフルト屋のスタッフを、ブロックした。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?