立夏の恋模様1_珀煉
「だから、メイド喫茶だって言ってるだろッ」
昼過ぎの教室に響き渡る男子の怒号。
「執事喫茶だよ!」
そして、それに呼応するように女子も大きく声を張り上げた。
ムッすりとした女子代表、神楽 優希(かぐら ゆうき)は、なんで分からないの? と言いたげな表情で、男子代表の勝坂 重(かつさか しげる)を見上げる。
かくいう重も、一心に「譲歩しろ」という願いを込めて優希を見下ろしていた。
「まぁまぁ、二人とも落ちつけ」
ヒートアップする二人に、先生は苦笑いを浮かべつつ制止を試みる。が、二人の耳は届かなかった。
学園祭への出し物を決める話合いのはずが、気が付けばクラスは男女に二分し、半ば言い争いとなってしまっていた。
どうしたものかと、先生は頭を静かに抱えざる。
少しして、二人は疲れたのか一時休戦を申し入れ、互いに深呼吸をした。
「なんで、そんな意固地になってんだよお前は」
そして、重は優希を諭す。
「おまえもな」
が、もちろん認めてもらえない。
「もう、重くん諦めてよ…」
「優希もね」
互いに少しばかり譲歩すれば丸く収まるにも関わらず、二人は断固として、自身の主張を曲げる気はないようだ。
もっとも、二人の主張の根幹に在るのは「相手には着せたいが、自分は着たくない」というわがままだった。
故に、分断されていたクラスは、気が付けば二人を除き一つにまとまっていた。
幼馴染である二人は事あるごとに対立し、そして喧嘩を始める。
しかし、二人は依然として離れる事がなかった。そんな二人の事を、誰が言い始めたのかクラスでは〝夫婦喧嘩〟と揶揄していた。
「優希はメイド服が似合うくらい……」
痺れを切らした重は、覚悟を決め言葉を口にしようとするが、ちょっぴり勇気が足りなかった。
「くらい、なに?」
優希に食い下がられた事で、引き返せなくなった重は開き直り声を張り上げた。
「優希はメイド服が似合うだろうから! メイド喫茶だってっ」
そう言ってるだろう、と。重は赤面しながらヤケクソと言わんばかりに吠えた。
「ふぇっ…」
遠回しに可愛いと言われた優希は、頬をほんのりと赤らめ、咄嗟に視線を逸らした。
一斉に沸き立つ女子の黄色い声に教室は包まれ、男子たちはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。
「そ、そんなこと言ったら……。重くんだって身長高いし!」
モジモジとしながら優希は床を見ながら、震える声で話し始める。
「その、かっこいいから執事服似合うもん!」
ゆっくりと、視線を上げて重の目を見た優希は、同じく声を張り上げた。
「はぁ!?」
重は予想外の返答に困惑すると同時に、殺気に満ちた男子からの視線を一心に受ける。
「お前の赤面なんて需要ねーぞ!」
「うるせぇ!」
重は飛ばされるヤジに、赤面した顔面で一喝し優希の目をじっと見つめていた。
「とりあえずだが、あの二人は放っておいて喫茶やるのは確定でいいな?」
イチャつく二人を放置する事を決めた先生は、善は急げと言わんばかりに生徒へ確認を行う。そして、半数以上の了承を得た先生は、嬉々として進行を行った。
「よーし、ならメニュー決めちゃうぞ~」
はーい、と。クラスメイトの返事でようやく我に返った重と優希は、恥ずかしそうに顔を逸らしつつも、しかし、譲れないのだ、と。再び言い争いを再開した。
そして、メイドないし執事喫茶で提供するメニューは、オムライスや各種ドリンクなどの定番もド定番な内容に決定し、少しだけ話が進んだ。
「先生」
やっと話が進んだ事に安堵する先生は、話を次に進めようとしたその時、一人の生徒が手を挙げた。
「問題なのは服だけなので、装飾も決めた方がいいと思いまーす」
「そうだなぁ……」
先生は一考したのちに、口を開いた。
「どっちになっても良い様に、あのバカップル以外は採寸するぞ〜」
淡々とした口調で発せられたバカップル宣言に、生徒は爆笑した。
「衣装担当も他人に採寸してもらって自分の分も作るようになー」
先生はそう言い教室を二分割し一人ずつ採寸していく、優希と重が言い争っている間にそれ以外のことが段取りよく決まっていく。この先生はやり手だった。
数分後、喧嘩している二人以外は採寸が終わり、イチャつく二人の間に先生が入って話を終わらせ、二人を衣装担当の女子の元へ連れて行く。
先に重から採寸を行う事になり、衣装担当の女子がメジャーを重に巻いて採寸を始めた。
「勝坂くん、割とがっちりした身体してるのね~」
楽し気に、サイズを測りながら笑う衣装担当に、重は天井を仰ぎ見て応えた。
「まぁ、家がそういう家だから」
「むすぅー」
そんなやり取りをしていると、横で見ていた優希が分かりやすくムッとしていた。
強い視線を感じた衣装担当は、早急に採寸を切り上げて重を解放する。
そして、次は優希の採寸を始めた二人だが、
「優希おっきっ……」
「わーーッ! 大きな声で言わないで!」
今度は女子同士でイチャついていた。
「お前の嫁さん……、もしかして!」
「なわけあるか! それに嫁じゃねぇ」
男子に言いがかりをつけられる同時に、女子には引かれる重は、居心地が悪そうに舌打ちした。
優希はモジモジと女子の陰に隠れ、その日は結局、それ以上何も決まらずに授業は終了した。
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