創作落語#2 今日テコ二人落語 骨休め


枕   「 あぁ~…旅は道ずれ世は情けなんて言葉がございます。今のご時世、思  い立って簡単に旅に出る事が中々難しい世の中になってしまいました。先日の正月やこれから来る大型連休など、毎年旅行に行くのを楽しみにしていた方々も少なくはないと思います。海外や遠く離れた南の島なんて大それた旅行ではなくても、同じ関東圏内でフラッと休みの日に出かける。所謂小旅行ってやつでございますな。それすら、中々難しい世の中だ。私なんかもね、その日に思いついて、車をピューっと走らせて温泉になんか浸かりに行くのが大好きでね、それも今となっては中々難しい。そんなことを考えていたらね、ふと思ったんですよ。当たり前のことかもしれないですけどね、車や電車がなかった江戸時代なんかは、よく、東京から箱根あたりまで旅行に出かける描写が落語や時代劇なんかであるでしょ。」
小僧 「女将さん、店も落ち着いてきました。久々に旦那様とご旅行なんていかがです?」
女将 「あら、素敵じゃないか。久々に温泉にでも浸かって今年度の疲れなんか取りたいものだね。」
旦那 「いいじゃねぇか。行こう行こう」

または

女将 「今度、お隣のみっちゃんと女二人で箱根の温泉でも行こうなんて話が出てるんだけども・・」
旦那 「ああ、いいじゃねぇか。ゆっくりしておいでぇ。」

枕  「信じられます?例えばですけど、新宿に家があったとして、徒歩や籠を使ったとしても箱根まで、17時間。距離はおよそ87キロになるわけでございます。骨休めのために87キロ歩けと…往復で174キロこりゃぁなかなか大変だ。それだけ歩くとなると…」

ご隠居 「 おい、ハチを呼んできてくれないか?ちょっと話があるんだ。」

囲炉裏の前に座ったご隠居は火箸で炭をいじりながら、使いの者にそう頼んだ。囲炉裏に網をかぶせ餅を乗せる。餅がプーっと膨らむころにハチがドアの前に来る。

ハチ  「だんなさまぁ、ハチですぅ。ご用件は何でございましょうかぁ」
ご隠居 「ああ~ハチか。いいから入りなさい。廊下は冷えるだろう。中にお入り。」
ハチ 「 はい、あ、でも結構です。と一度断ってから入ります。
ご隠居 変な子だね。なんだいそりゃ。」
ハチ  「今の旦那様がお前は礼儀が成っていないとおっしゃられられまして、その、あの、一度断るのが礼儀だなんだと…」
ご隠居  「 ああ、はいはい。なんとなく言いたいことは分かる。いいから入りなさい。」
ハチ  「 二回言われたら入る。」

襖がスーッと開くとしゃがんで襖をあけているハチがいる。

ご隠居   「なんだい、変な格好で登場するね。それも何か言われたのかい?」
ハチ   「うん、はい。襖は座って開けなさいって。今の旦那様が。」
ご隠居  「 座って開ければいいじゃないか。なんでそんな変な格好してんだい。」
ハチ   「昔の旦那様、お言葉ですが、冬の廊下は底冷えがすごいんですよ。あんな所に膝ついたら凍ってしまいます。」
ご隠居   「だからって、あんな変な格好で開けなくてもいいじゃないか。普通に開ければいいんだよ。それに私はもう、隠居した身だ。そう気を使わないでいいんだよ。」
ハチ   「なんだそうか。昔の旦那様も旦那が付くから、旦那が増えて困ってたんだ。」
ご隠居   「訳が分からない事ばかり言うね。まぁいい、餅でも食いなさい。」
ハチ   「結構です。と一度断る。」
ご隠居   「ハイハイ、どうぞ召し上がれ。」
ハチ  「 二度目はもらう。」

ご隠居は焼けた餅に刷毛で醤油を塗り、海苔で巻いた磯部を二つ作り、一つをハチに差し出した。

ご隠居   「それとね、私の事はご隠居さんと呼びなさい。旦那はもうせがれなんだ。」
ハチ   「ごいんきょ。」
ご隠居   「ご隠居。」
ハチ  「 ごいんきょ、わりぃが茶をくれねぇか?餅出したら普通茶くらい出すだろ。喉詰まって死んじまう。」
ご隠居   「おいおいおいおいハチ。ご隠居になってもお前より立場と言うかその、あれは上だよ。」
ハチ   「そうか。間違えました。」
ご隠居   「でだ、お前を此処に呼んだのは他でもない。来週の頭に箱根の方へ骨休めに湯治にでも行こうかと思っていてね。」
ハチ   「それはいいでございますね。」
ご隠居  「 店を引退してからどうも腰の調子も悪い。ここらで温泉でも浸かりに行こうと思ってるんだ。」
ハチ   「それはそれは。」
ご隠居   「ついてはハチ、旦那には私から話しておく、荷物持ちについてこい。」
ハチ  「 いえいえ、そんなそんな。」
ご隠居   「なんだい、これも二回言わないといけないのかい?一緒についてきてくれ。」
ハチ   「いやいやいやいや。」
ご隠居  「 なんだい、断るのかい?せっかく道中美味いものでも食いながら楽しい二人旅でもしようと思ってるんだ。荷物持ちくらいついてきなさい。」
ハチ  「 ごいんきょぉ~箱根って山だろう?荷物はたくさん持って山上るのは嫌だよぉ。」
ご隠居  「 せっかくの骨休めだ。それくらい我慢すれば、お前もゆっくりできるだろう。お前は馬鹿だが、まじめに勤めてくれている。その礼も込めて誘ってるのになんでだ。」
ハチ   「だって、行きはいいけどさ、骨休めてから同じ距離を歩いて戻るんだろ?」
ご隠居  「 まぁ、そりゃそうだ。ここが私の家だからなぁ。」
ハチ   「そんなに歩いたら休んだ骨が折れちまう。」


AKR創作落語

「骨休め」でございました。

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