創作落語「うちわもめ」


枕   新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたし           ます。
昨年はね、まぁ、色々とストレスの多い年でございました。やれ家から出るな。やれマスクをしろ。やれ仕事を休め。言うのは簡単でございますが、その日のおまんま代も稼げない。保障保障というけれど、決して、人が一人生きていくほどのものじゃござーせん。
なんとも変な気分でございます。ねぇ、在宅ワークなんてものも流行りました。なんだ家でできるのかい。今までの通勤時間なんだったんだい。なんて、皆様文句と発見もあったんじゃござーませんか?家で仕事をして、気分転換に散歩に出かける。そんな生活を送られていた方も多かったのではないでしょうか。
在宅ワークというのは実に面白いらしい。普段会社で怒鳴り散らしている上司が、家だと、まったく怒らず、小声で話す。なんてこともあるみたいですね。怒りんぼは外でだけ。家では穏やかなお父さん。そんな方もいらっしゃるみたいで。短気は損気。おだやかにいきたいものでございますね。

大家  権助、そろそろ落ち着いたらどうだい。
権助  へへへ・・・

季節は冬でございます。二人して、空っ風が吹く中あるッてる。この気まずそうに愛想笑いを浮かべているのが、権助という男。この男、なんにせよ短気。すぐ怒る。なにかってぇとすぐ怒り出すもんだから仕事も長続きしない。妻をめとり、町はずれの長屋を借りて住んでいる男でございます。

大家  お前さん、昔から短気は損気って言ってね、すぐ怒る奴は損をするっ て言われてんだよ。本当に自分に非がないかとしっかり考えて、それでも納得いかなけりゃ、まずは話し合いだ。そうやってすぐ手を出すから毎回毎回奉行所に引っ張られて、お裁きを受けなきゃならねぇ。
権助  なにいってやがんでぇ。あれは、酒屋のシゲが悪い
大家  権助、お前は働きに出てるんだ。そりゃ、気に食わねぇこともあるだろうが、その度に喧嘩して、奉行所に引っ張られてちゃぁ世話ないよ。毎度毎度、引き取りに行くあたしの気持ちにもなってくれ。あんたお裁きを申し出る御上の顔見たかい?今年もまだ、始まったばっかりだってってのにうんざりした顔してたよ。
権助  大家さん大家さん、こんなこたぁいいたかぁないんですけどね、俺だってうんざりだよ。年明ける前からここひと月、大小合わせて、毎日顔だしてるんだ。
大家  はぁ…あたしはそんなにあんたを迎えに行ってるのかえ?
権助  あんたもひまだねぇ。
大家  ひっぱたくよ!
権助  すまねぇすまねぇ。でもね、大家さん、あいつらも暇だね、いつ行っても同じ顔ぶれだ。他にするこたぁないのかね?
大家  この馬鹿。お前がいるから毎回毎回向こうも準備しなきゃいけねぇんだよ。
権助  悪かったよ。反省するさ。だが、あの野郎だけは今度会ったらぶっちめてやる。

権助にずっとお説教をしているのが、権助が住んでいる長屋の大家さん。なんで大家さんがそこまで面倒を見ているかというと、昔は大家とタナゴは親子も同然と言われていたんですね。それに加えて、この大家は人が良い。親子同然でも身元引受人までなってくれる大家なんてそうはいない。しかし、こうも頻繁に迷惑をかけられちゃぁかなわない。

大家  困ったもんだ。家賃も払わないタナゴにあたいはどれほど付き合えばいいんだい。
権助  なんてつめてぇことぬかすんでぇ。大家とタナゴは親子も同然って昔から言うでしょう。
大家  そう言う事はちゃんと払うもん払ってからいいなさいよ。権助。あたいがあんたを追い出さないのはあんたじゃなく、嫁のお多恵ちゃんがかわいそうだからだ。
権助  へへへ・・・そりゃありがてぇ。感謝はしてるぜ。
大家  口だけの感謝なんか何の意味もない。絵にかいた餅と一緒だ。本当に反省しているのなら、ちゃんと働きに出て、嫁の一人も食わせてみろってんだ。
権助  まぁ、俺も考えてるんだ。
大家  そりゃいい。あんたはもっと考えるべきだ。考えて行動しないと。
権助  まぁ、今日のこの帰りに言う事じゃねぇんだけども、・・・ガキできたみてぇでよ。
大家  はぁぁぁぁ!こりゃめでたいね。よし!今度、料理と酒を持ってってやる。
権助  やった。今度といわず、今夜お願いしたいね。
大家  この馬鹿。今夜持っていったらあんたの出所祝いみたいになるでしょうが。
権助  そんなこと言ったって、毎日しょっ引かれてんだぜ?明日もしょっ引かれるかもしんないよ?そんな事してたらガキも腹から出てきちまう。
大家  そりゃそうかってコラ!あたいも暇じゃないんだ。次は迎えにいからね。
権助  何を!向かいに来てくれたっていいだろう!
大家  どこで切れてんだい。あ~だめだね。あんたはすぐ怒る。
権助  ・・・実はよ。俺、この短気を直してぇんだ。
大家  なんだい。あんたはあんたで反省してんのかい。
権助  反省とかは正直分からねぇけどよ。ガキが出来てこれじゃいけねぇ気がしてよ。
大家  分かってるじゃないか。いい大人が外で毎日のように揉め事起こすなんて、恥ずかしいことだよ。直したほうがいい。あんた父親になるんだ。
権助  そうだよなぁ。大家さんなんか良い案ないかい?
大家  う~ん・・・・よし、決めた。まずは家から出なさんな。
権助  は?そんな事したらおまんまくえねぇじゃねぇか。
大家  どうせ外でた処で、問題起こして首になってんだ。そうかわりゃしねぇさ。
権助  とはいっても・・・
大家  まぁまぁ、聞きな。なにも日がな一日寝て暮らせって言ってんじゃない。まずは人と会わないようにすればいいってことよ。
権助  まぁ、人と会うからイライラしたりするけどよぉ。
大家  おめぇさん、家ではそんなに喧嘩しねぇよな?
権助  あたりめぇよ。嫁さんに手を出すなんかあり得ねぇ。言い合いみてぇな小さな喧嘩はたまにあるが、家ではしねぇよ。
大家  ああ、お前さんの家から怒鳴り声が聞こえたことなんかほとんどないからな。そりゃよかった。夫婦なんだ。小さな言い合いはむしろしたほうがいい。いくら大家でも内輪でもめるのにまで口は挟まねぇさ。
権助  夫婦喧嘩はいいんだな。
大家  ああ、存分にやりなさい。内輪で揉めてることに首は突っ込まないよ。

権助  で、おりゃどうしたらいいんでぇ。
大家  内職だ。今、知り合いに貼物の人出を探している業者がいるんでい。
権助  貼物?傘の修理とか団扇の修理とかかい?
大家  こんな寒い時期に団扇なんか一銭の金にもならねぇよ。主に傘だな。
権助  おりゃ、あんまり細かい作業は得意じゃねぇ。
大家  おめぇ、親父になるんだろ?このままのくらしでいいのかい?
権助  分かった。それやるよ。
大家  よし、それとだ。もう一つ枷をつけようじゃねぇか。
権助  枷ったぁなんでぇい。
大家  今度問題起こしたら、長屋から出て行ってもらう。
権助  そりゃ殺生な。
大家  お前さん変わりてぇんだろ?人と会わねぇって言っても業者の出入りはあらぁ。そこで悶着起されても、あたいの顔もつぶれちまう。それくらいの覚悟でやってくれなきゃ、この話はなしだ。溜まった家賃払って、他の長屋見つけな。
権助  …分かったよ。やるよ。
大家  親父になるんだろ?がんばれ権助。

そう言って、大家は分かれた。別れ際、これから絶対に悶着は起こすなと念を押した。
それから三日が過ぎたころ、権助の家に大量の荷物が届く。

権助  お、来たか来たか!さぁ、がんばるぞぉ!

気合を入れて、荷物を開けるとそこには大量の内輪の骨が入っている。
それを見た権助は大家の言葉を思い出す。

大家  こんな寒い時期に団扇なんか一銭の金にもならねぇよ。主に傘だな。

権助  てめぇこの野郎!こんな寒い時期に団扇なんか届けやがって!人のこと舐めてんのか!

業者は祭りで使う装飾品だと説明をするが、一度火が付いた権助の頭には業者の言葉は聞こえない。権助は権助で、一代決心して始めようとした仕事にケチがついたと怒り心頭。玄関前で言い合いになる。やがて人だまりができ、騒ぎに気付いた大家もそこに駆け付ける。

大家  権助、何をやってるんだ。

ざわざわとしている中で、大家の低い声だけがカッと来た権助の耳に届く。我に返る権助。大家との約束を思い出す。今度悶着を起こせば、身重の嫁共々この長屋を出ていかなければならない。住むあてなど他にない権助。すでに悶着を起こしてしまったことに後悔をするが後の祭り。大家の顔も曇っている。権助は眼を閉じ、団扇の骨を一つ取り出すと深く息を吸ってこう言った。

権助  気にすんねぇ。ただのうちわもめでさぁ。

AKR新春新作落語「うちわもめ」でした。


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