教えて! 頓珍先生

 ハイハイでは次の方。地球の成り立ちが知りたい? ふうむ。まずビッグバンで原初の地球が生まれたことは当然だな。これが全ての基本となる。原初の地球にはバクテリヤしかいない。バクテリヤがふよふよふよふよしている。このあたりはまだ地球大河の上流地点、湧き水が一本流れているに過ぎない。
 そこへ初めの分岐点ができる。カンブリア大爆発で生まれた奴らがデボン紀までどのように生き延び、誰が最初に陸に上がるか。三つ選択肢がある。「〇」「×」「△」このうち今の我々の世界では「△」が最初の陸上生物とされている。しかし他の選択肢が選ばれた場合の地球は一体どうなったか。「×」が最初に陸に上がった場合。まずその巨大さのために水場の木々は全てなぎ倒される。歩きにくいったらありゃしない。しかし「×」は気にも留めずに、のっしのっしと陸を闊歩して、とうとう地球全土の木々を押し倒してしまう。すると木の上に住んでいた鳥だか鳥の先祖だかはどうしようもない。隠れ家を失って「×」にバクバクムシャリとみな食われる。そうすると「×」はどんどこ大きくなる。どんどこ大きくなると、飲む水の量も増える。他の動物どもを食う量も増える。そうしてまたどんどこ大きくなる。いつの間にか水場の水はスッカラカンだ。水中に棲んでいたひ弱でイタイケな動物たちはもうすっかり「×」に食い尽くされている。陸上の動物もすっかりパアだ。地球を支配するのは「×」ただ一人。いや一匹かな。至極平和な世界だ。敵対するものが文字通り存在しない。生きているのは「×」と、そいつに踏み倒されて今や地面と同化しつつある木々ばかり。食料になる動物どもがいないもんだから、「×」はちょっと木の葉を齧ってみた。しかし不味いのなんの。いくら飢えていても食えたもんじゃない。だから「×」はしばらくの間自分の糞を食っていた。栄養は循環するんだな。しかし糞もだんだん出なくなる。とうとう「×」は自分を食い始める。まず前足。次に尻尾。後ろ足。もう「×」は歩けない。もともと少し前から空腹で動けなかったんだが。さすがに腹を食い破るのはまずいと思ってか、「×」は頭と腹ばかりのでかいイモムシみたいな状況で何日か耐えた。だが飢えは容赦なくやってくる。「×」が自分の腹を食い破る日がとうとう来た。がっぷりと食いついた腹は脂肪がなくがりがりに痩せ細っている。旨くはないが、腹は満たされる。やつはその腹を今食っているんだがね。アハハ。自分の腹に噛みついて空腹をしのぐ様は、破綻したメビウスの輪のようだ。そうして「×」は死ぬ。地球にあるのは地面に張りついた木々ばかり。もう下草と何も変わらん。再び水が満ち、生命が溢れるまで、また何万年も待つことになる。
 打って変わって、「〇」が最初に陸に上がった場合。こいつはとても小さい。小指の先っぽほどの大きさもない。今の地球にも「〇」の身体くらい小さい器の人間はゴロゴロいるが、「〇」の器は断然大きかった。好奇心と勇気、そして些細なことも見逃さない注意力。やつはその度量で持ち前の小ささを超越したのさ。水場を駆け出て、木々の隙間に入り込んだ。鳥たちでさえ気づかないほど素早いもんだった。それで……それでそうだな、「〇」はとにかく生き延びた。しかし陸に上がったのは一匹だけだから繁殖はできんのかな……ああ、両性具有だったことにしよう。「〇」は両性具有だった。自前の凸と凹がどうにかこうにか繋がって、子供を作ったんだな。だからこの世界では単為生殖が何より尊い。なんたって最初の陸上生物と同じなんだからな。アメーバ万歳。人間なんかゴキブリ以下。
 さてさてそれでぐんと数を増した「〇」たちは、最初は身の丈に合った下草を食んでいたんだが、それでは足りなくなってきた。そこで、彼らはお互いの利益のために協力することを覚えたんだ。簡単なもんさ。まず一匹が高い木の真下に直立する。尻を地面につけて、頭をまっすぐ上にあげるんだ。その頭の上に、もう一匹が同じ体勢で乗っかる。その上にまた一匹、また一匹。とうとう葉っぱに手が届くといったところで、長たる「〇」が子供たちの背中をまっすぐ駆け上がって、見事に家族一日分の食料を手に入れる。上手いもんだろう。ところがそれでも木々の葉の数には限りがあるし、皆が皆両性具有だったからその数は累乗的に増えていく。次第に毎日一本の木についた葉を全部食べ尽くさなければ養っていかれないようになった。「〇」はまだ長老として彼らをまとめているが、もうすぐその命も終わってしまうと確信した。つまり陸上の植物を皆食い尽くしてしまって、いつか共食いが始まることが、聡明な「〇」にはよく分かっていたんだな。
 そこで「〇」はどうしたかと言うと、自分の家族を見境なしに殺して回った。どうしたって数を減らさなければ、皆餓死するか、いよいよとなったら自分が食われてしまうんだからな。自分たちの未来を見通すような聡明さも、襲い掛かってくる敵に対処する勇敢さも、「〇」の子孫たちは持っていなかった。何でも最後は「〇」が助けてくれるからだ。誰より勇敢で逞しく、また賢い長老様がね。そこで「〇」は一晩のうちに子孫の半数を殺してしまった。すると、生き残った子孫たちが何をするかと怒りだした。当然だ。そこで夜明けから、長老と子孫たちとの血で血を洗う戦いが始まった。と言っても長老様はお強い。子孫たちが束になってかかってもコロリとやられてしまう。長老様には躊躇いなんてない。向かってくるものは倒すだけだ。
 そしてとうとう子孫が皆死んでしまった。長老様はこれで平和に暮らせると思って、フーッと長い長い息を吐いて横になった。そうしたらそのまま死んでしまった。もともと年だったのが、激しい戦いですっかり駄目になってしまったんだな。こうして「〇」の一族は終わった。
 何のことはない。「×」も「〇」も、その大きさとその数の多さのために結局は食い物を失って、その結果死滅したわけだ。「△」が陸に上がった場合、つまり現在の地球だって、そう変わらない。「×」よりはまあまあ身体が小さくて、「〇」よりはまあまあ生殖が下手だった「△」が陸に上がって、不器用ながらのんびり地上の草を食んでいた。その気性は今の生物皆に共通している。しかし人間が出来てからは変わったね。ものすごいスピードで地球を消費しやがる。地球の身にもなってほしいね。もうすぐ再び食料のないツンツルテンの世界になるだろう。そうして皆が死滅したら、また何万年か後に誰かしらが海からあがってくるのを待つだけだ。これでおしまい。ご退屈様……ハイ……。チンと。
 ハイハイでは次の方。何。生物の進化について知りたい? そうだな、まず地球は何からできていると思う? 岩じゃない。バカみたいに大きい生物の腹の皮でできているんだ。この生物が地上を覆う話というのが実に面白くてね、しかもこれが全ての生物の源になっているのだから、素晴らしいものだよ。その生物はもとから地球に棲んでいたんだが、いつからか身体がぶくぶくと膨らみ始めた。ちょうど地球の酸素濃度が変化していた時期と一致するらしいがね。膨らみ始めたのは一個体だけじゃない。地上のそこここで起こっていた。そしていつか身体が膨張に耐えきれなくなって、爆発するだろ。内臓はそこら一面に散らばって、地球の栄養になったわけだが、皮だけは不思議と破れもせず、そこにべらんと広がったんだ。のっぺりと。それが地球のあちこちで一斉に起きたらどうなるか。 地上が全てやつらの皮膚で覆われるんだ。実際そうなった。今我々が踏んでいるのは、やつの皮膚の上で成長した地面だよ。トンチンカンなことを言っているように聞こえるかい。まさかまさか。これは本当の話だよ。続きを話そう。

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