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『君の不幸が消えないならば、世界をひっくり返すまで。』第9話

第9話「覚悟」

どうやらこの世界でも、時間は移り変わるらしい。
一つの覚悟を胸に、あやめが息を吐いたとき、屋敷の壁に反射した西陽の眩しさに気づいて。
飾ってある風車の影の向きも変わっているのを見てようやく、あやめの直感が囁く気配がした。
(……きっとこの世界は、本当に過去なんだろうな)

”過去を知るための世界”と朧に言われてから、様々な可能性を考えてきた。
この世界が夢なのか幻なのか、それとも……本当に過去に飛んでいるのか。
現実では意識不明の朧とこうして話ができているから、夢が何らかの形で共有されている線も考えた。

でも、それにしては、やけに現実味があるのだ。
風が頬を撫でる感触も、風車が回る音も。朧と美鈴とする話の流れが、夢でよくあるように、突拍子もない方向に動いていかずにいることも。
全てが、夢にしてはできすぎている。

それに、先ほど朧が言っていた、『最初は自分も、魂の存在として物事の流れを見ていた』ということから考えても……。
(あたしと朧さんは、過去にタイムスリップしているんじゃないかな)
物心ついた頃から一度も間違えたことのない直感がそう感じることに、あやめは震えた。
(もしそうだとしたら、あたしは本当に、過去を変えるために来ているってこと……?)

もしかしたら、朧がある出来事を繰り返し見ているのも、それを変える必要があるからかもしれない。
……でも、先程の朧本人の言葉通り、彼だけではできることに限りがあるから、あやめが呼ばれたのかもしれない。
何だか、そんな風に思えてきた。
(……それなら、朧さんと同じように、あたしも何度も時を繰り返す可能性があるってことだ)
それでもいいと、あやめは思った。……それで茅早達の不幸が消えるなら、意識を失ってこの世界に留まったとしても、変えたいと思った。

(でも、早く解決するに越したことはない)
少しでも、朧が繰り返している事件を理解していれば、繰り返しが少なくなるかもしれない。だからあやめは、少しも聞き逃さないよう、朧の話に全力で耳を傾けた。

「……二日後の深夜、日付が変わる少し前に、市井の人々がこの屋敷に火を放ち、屋敷の兵達とぶつかります。……でも、それは陽動に過ぎなかった」
「陽動?」
あやめが聞き返すと、朧は頷いた。
「彼らの目的は、その混乱に乗じて、とある女性が屋敷に潜り込んで呪いを断ち切ることにあったんだと思うんです」
「それが、茅早や朧さんたちのご先祖様、ってことですね?」
「いえ、実はそうではないんです」
朧のその言葉に、あやめは首を傾げた。
「え、でも、東一族が朝霧の、市井の人々にかけた呪いを断ち切ったんじゃないんですか……?」
少なくても、自分はそう解釈していたのだが。
困惑するあやめに、朧が苦笑して「ややこしくて申し訳ない」と続ける。
「その女性と、朝霧家にとっての反逆者たちのお頭が東一族の始祖、というのは正しいんですが……。
始祖たちに実子はいませんでしたし、東一族というのは、必ずしも血縁があるわけではないんですよ。
その意思を継いだ者が養子となって、ここまで続いてきたんです」
「あ……だからさっき……、」
あやめが思わず呟くと、朧は頷いた。
「ええ。あなたに『東の意思を継いでいるか』と尋ねたのは、そういうことです。…朝霧一族のせいで不幸になった人なら、誰でもそうなる可能性がありますから」
あやめはなるほど、と返して……、ふと、疑問に思う。

朝霧の呪いを断ち切るために、東一族の始祖が屋敷を襲撃した。
祖母の話や巻物に書いてあった通りならば、その時に朝霧家は確かに打撃を受けたはずだ。
でも、今も東だけには、茅早達には呪いがかかっている。それが意味することは、つまり。
「呪いを、完全には断ち切れなかった……?」
思わず口に出したあやめに、はたして朧は重々しく頷いた。
「そのようです。……俺も呪いの源を見たことがないですし、今はこの屋敷の人間でもあるので、東の始祖が率いた人々にとっては討ち取るべき敵の一人に過ぎず……情けないことに、美鈴さんを連れて逃げることしかできない状態でしたから、詳しくはないのですが」
「そうでしたか……」
確かに、戦いの中で命を狙われていたら、とてもじゃないが相手方の動きの裏で起きていた出来事を見守ることなどできなかっただろう。
「……こんな事になるなら、魂だけでこの世界に飛ばされた初期の頃に、しっかりと何が起きたのか見ておくべきでしたが……あの時の俺はまだ幼く、今よりももっと、ここが夢なのか何なのか、状況が全くわからずにいて……」
「それは仕方ないと思います……!」
肩を落とす朧を、あやめはそう慰めた。同じような状況のあやめだって、朧と美鈴の二人がいなければ、いまだに何が何だかわからなかっただろう。
……そう伝えようとして、ハッとした。
「……でも、魂のままこの世界に呼ばれたあたしなら、何が起きたか見に行けるんじゃ……?」
朧と美鈴が、弾かれたように顔を上げた。
「た、確かに!」
「あやめさんなら、何が起きても影響を受けず、東一族の始祖の動きを追うことができますね!」
顔を見合わせて喜ぶ二人に、ほんの少しだけ重責を感じて。
けれどあやめは軽く頭を振って、拳をぎゅっと握りしめた。
(しっかりしなきゃ。これは、あたしにしかできない事なんだから)
そうでなければ、茅早達にかけられている呪いの正体がわからないままになってしまう。

市井の人々を呪って繁栄した朝霧を止めた筈なのに、千年経った今も自分たちが呪われることとなってしまった、東一族。
血縁関係もない人達が、意思の力だけで結びついた一族。
朧のおかげでその片鱗は見えたが、その大部分は雲に覆われているかのようにまだまだ判明していない。
(どうやったら、わかるのかな)
このまま騒動が起きる二日後までここにいることは非効率的だ。
けれどかといって、現代に戻り、倉にあったあの大量の書物を読んだとて、答えがあるとは正直思えない。
朝霧家の先祖たちの、呪いを解かれた怒りくらいしか書かれていないのではないだろうか。

(……もっと、別の視点から物事を見ないといけないかもしれない)
例えば、東の始祖となる人々の考えが、もっとわかるような何か。
この屋敷の中だけでは決して得られないであろう、彼らの思いが……。
あやめがそう考えた瞬間だった。

「っ!!?」
焦ったような朧の声に、あやめがはっとして彼の方を見ると。
その首元……、着物の襟にちょうど隠れたところが、白く輝いていた。
「どうして……!本来ならば、東の事件が起こる二日後にこうなる筈なのに……!!」
驚きながら、朧はその光を手に取って襟元から出す。
顕になったそれを見て、あやめと美鈴は思わず声を上げた。
「「勾玉!!」」
先ほど朧が言っていた、”過去に起きたことを教えてくれる”勾玉が、強く輝いているのだ。
この光が、朧が何度も同じ出来事を繰り返す際に生じるものなのだろう。けれど今は、その時ではない筈で。
完全なるイレギュラー。それはまるで、この世界でのあやめの存在と同じ。
ということは。
(あたしの願いを、叶えようとしている……!?)
朧と同じようにあやめが、この勾玉の力でこの世界にいるとしたら、きっとそうだ。
”東の始祖達の思いを知るための過去”へ、あやめを飛ばそうとしている。あやめがそう願ったから。
そんな確信が突然、はっきりと感じられて、あやめは震えた。

何が起こるかわからなくて、怖くてたまらない。けれど、知らずと身体が勾玉に近づいていく。
手が触れるか触れないか……というところで、勾玉の光が一際強くなった。
光が、あやめの周りを包むようにその形を変えていく。
ひゅうひゅうと、風が唸る音がする。
朧が息を呑む音がはっきりと聞こえた。
「あやめさん!」
美鈴の悲鳴に近い声に、あやめは「大丈夫です!」と努めて明るい声で答えた。
「美鈴さんの言葉の通りなら……、呼ばれてるだけだと思います!
必ず、真実を知って、変えてみせますから……また会いましょう!!」
何きっと、真実を知るために、あやめは二日後の戦いの中に身を置くだろう。その時に、二人とはきっとまた会えるはずだ。

(朧さんだけだったら、得られなかった真実を、必ず掴んでみせる)
そしてその上で、世界をひっくり返さなければならない。
……それが何を意味するか、あやめはわかっている。
それでもあやめはもう、覚悟を決めていた。
朧が、茅早が、多くの人が理不尽な不幸に振り回される世の中はおかしいから。
(変えたい……それでどうなってもいい。だから……連れて行って!)
そう強く願った瞬間、一際強く勾玉が輝いて。
朧と美鈴が一瞬目を瞑った刹那、あやめの姿はかき消えていたのだった。


ーーー回れ、回れ、風車回れ……。

唸る風の中、声が聞こえる。
あやめは風に吹き飛ばされそうになりながら、声のする方向を探り、白い光の中を必死に歩いた。

ーーーちとせの想いを巡らせて。

歌う声はやけに懐かしい。

ふと、何もなかったはずの前方に、陽炎のようなものが見えた気がした。
歌はそこから聞こえてくる。
……よく見ると、その輪郭は人のように見えた。

あやめは気づけば、それに向かって叫んでいた。
「あなたは誰!?何か知っているのなら……教えて、どうすればいいかを!!」

歌声が途切れる。それは確かに、あやめの方を振り返ったようだった。
こんなに真っ白な世界で、なぜか、それが誰だか見ることができない。

ーーーその覚悟、大事にして。
少女の声が聞こえる。
ーーー何があっても、忘れちゃだめだよ。

その言葉があやめの耳に入った瞬間、白だけの世界は弾け飛んだのだった。

(続く)









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