夕焼け 朝焼け 1番星
作:沫雪
どこかで蝉が鳴き始めた。東の空が白んで雲を紅く染め上げてゆく。
朝と夜が共存する世界。
今日が終わりを告げ明日が始まる。
隣にいたはずの君の姿は、もうどこにもない。
「ねえ、」
“夕焼けと朝焼け、どっちが好き?”
何の脈絡もなく投げかけられた質問。いつものことだ。
「…夕焼け、かな。一日頑張った後にあの綺麗な空見ると、何か報われた気がするっていうか。
…あまり上手く言えないけど」
「君は―違いそうだね」
横を歩く彼女の意見を聞こうと視線を向けると、何やら不服そうな表情(かお)でこちらを見つめている。どうやら彼女には刺さらなかったようだ。
「私は朝焼けのほうが好き。夜と朝の狭間で、今日が明日になる瞬間が好きなんだぁ」
夕日に照らされた君が笑って言う。
“だから今日は、朝焼け見るまで一緒にいようね”
あの日と同じように朝焼けを眺める。夜が光に溶けて朝が空を包み込んでゆく。
あの日と、同じ。
隣で「綺麗でしょ」と少し得意げに笑う君がいないことが、唯一で絶対的な違いだった。
―もう一度。もう一度だけでいい。叶うならば、君のそばで、君とともに明日を迎えたい。
何度そう願っても、声に出して叫んでみても、君が戻ってくることはもうなくて。
二度と戻らない日々を思い出してはどこまでも続く空に涙を流して。そんな日々の中で何度その夜空の先を見ていただろう。
目の前に輝く星をただぼんやりと見つめる。今だってふとした瞬間に彼女の姿が浮かんでは、星に重なって消えてゆく。思わず伸ばした手は何を掴もうとしていたのだろう。
僕の想いは、君に届いているのだろうか。
“一番星はね、一番最初に空に浮かんで一番最後まで輝き続ける星なんだよ”
そう語る君と朝焼けの下で笑いあえる日が、いつかくるのだろうか。
その答えはまだわからない。
今の僕には、ただ彼女がくれた想い出達を抱いて歩くことしかできない。
泣いた分だけ明日へつながるというのなら、いつか、きっと。
閉じていた目をそっと開けて上を見上げる。
空にはあの日と同じ一番星が輝いていた。
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