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【短編小説】東京


作:橙怠惰
絵:橙怠惰


ここは眠らない街、東京。
僕はここで生まれ、育った。

いつも通り目覚ましが鳴って、朝になる。やけに暗い部屋で、とうとう二度寝も出来ずに僕は上半身を起き上がらせた。この1年と少し、ずっとそうだ。常に違和感に取り憑かれているせいでよく眠れていない。せっかくの休日なのに。
日曜日、午前10時の朝にしては酷く空気が重い。

身体の節々が痛い。隣に誰か寝てるわけでも、寝違いでも、寝過ぎでも、筋肉痛でも無い。理由は僕が1番よく分かっている。人間誰もが同じ悩みを持ってるはずだから心配することじゃない、多分。
伸びをすると痛くも心地よい筋の伸びを感じた。
もしかしたら、僕らも限界が近くていつか体が動かなくなって、死ぬのかもしれない。
……その考えがきっと僕の眠りを邪魔してるんだろう。振り払うように布団を蹴っ飛ばす。

僕の部屋は狭い。それでも部屋に見合っていない、大きすぎる暖房は僕を部屋の主とは知らずに稼働する。その暖房の前に陣取って、僕はオーブントースターにも通していない食パンにそのままかぶりついた。遺伝子組み換えの小麦を使った食パン。暖房のおかげで少しパサついている。
ついだコーヒー味の飲料も合わせて流し込むが、既に冴え渡る脳みそにコーヒーは不要だった。

もそもそと貪りながら、テレビを付けるとおはようございますの挨拶も無しに淡々と喋り続けるニュースキャスターが映し出される。

きっと人間は感情をどこかに置いていってしまったのだろう。キャスターの話を聞くゲストも能面を被っているように口角が死んでいる。ニュースを聞くよりも確かな希望、人間を忘れた廃人のような生活をしていたのは僕だけじゃないかもという希望を貰う。
もう希望の光は無いと悲観的に、怠惰に生きる人間。惰性で生きている僕らは感動や感情、感性も、足並み揃えて亡くしてく。

「今日の気温は最高気温マイナス72度、最低気温はマイナス120度を下回るでしょう」

なんてこった。今日は春にしては随分暖かい気温だ。
絶好の外出日和とはこの事だ。運動でもすれば今よりはよく眠れるだろう。このご時世、外に出ることは正気の沙汰じゃないとよく言われる。
それでも、善は急げだ。急いで上着を着て準備をする。
充電していたバッテリーを上着に接続して上着を暖める。やけに重い上着ですら軽く感じてしまうのだ。
しかし身体はまだ痛い。それでも不摂生な今の生活を抜け出そうと、何かが変わるかもと動こうとする今の僕の気持ちを尊重してやりたくなった。抗いと言うやつだ。

「行ってきます」

誰もいない部屋に伝言を残して外へ。
4階にある僕の家。そこから見える眺めは煌々と光る天まで届く摩天楼に月、そして朝の"黒い"空。日曜日にも関わらず、オフィスビル群は1つの欠けもなく窓から光を漏らしている。光に当たった黒色の空はぼんやりと灰色へ。
風も強くなくて、これ以上に無い晴天だ。
姿を消した鳥。道の傍からは街路樹が消えた。もう二度と姿を見ることはない。
……ああ、本当に今日は過ごしやすい。思わず口角が上がり、スキップする。

今日は、太陽が死んで1年と54日目。取り残された月が太陽に成り代わった。今日は満月。東京の街の上に月が被さる時、月は一層明るく輝くのだ。
僕らの生活光が月を照らし、月は僕らの影を産む。
自ら光ることも出来ない月が、僕らの生命線になる。

人間は生きている。1年も生きてしまっているのだ。太陽という希望を無くしても、自然の摂理から逸脱して生きている。

ここは眠らない街、東京。
僕はその街の住人だ。



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