天望の鎖-生越の笑顔
空が汗をかいた雨上がり――。
晴れ間に差し込んだ柔らかい若い風を、
心地よさそうに感じて呼吸する彼女の姿が、
少し前の僕の景色にはあった。
少し暖かすぎるような気もしたが
少しだけ困惑する彼女の表情を観るのもいいなと思った。
若葉も新芽も自然の風さえも、
ゆるやかに笑う彼女には少しも勝てない。
ただ、そんな空間を、
唐突に振り出した雨と密集してきた黒雲が、
淀ませて、覆っていく。
一つの雷が、一つの荒波が、一つの火柱が。
彼女を包んで、撫でている。
途端、彼女は、曇った顔を残して消えた。
蜘蛛の巣のように張り巡らされた錆びついた匂いを含んだ。
たくさんの鎖だけを残して。
「どうしようもない状況に取り残されたとき、
人は固まるか、拭うか、なかったことにするか。
し、かないんだよ。」と、
流れ着いた一枚のイチョウの葉が語り掛けてくる。
まるで台風のようだった。
少しも生きた心地などしなかった。
まるで落雷のようだった。
少しもポーカーフェイスなんかじゃ居られなかった。
まるで荒波のようだった。
少しも沈むのを留められなかった。
笑顔の先にあった言葉はなんだったっけ??
少しも忘れることはできなかった筈なのに。
少しも晴れやかに出来なかったのに。
少しだけもう、突き動かされている気がした。
少しも移り変わる世界に興味はないと、
少ししか観ることできなかった景色を、
残念そうに振り払って、
ああ、また景色は移り変わる。
少しだけの自分の欠片をその場に置いて、
僕らは、平然と進んでいるのだ。
「そういえば、お前が見たかった景色って、なんだったっけ」
少しだけ薄情にと、声を掛けられながら。
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