道の草の旅 後編
いわき旅の、初日の徒歩旅ルートを終え、夕暮れに、電車で一駅のいわき駅に戻った。
(前編はこちら↓)
今日の宿は、駅ビルのホテルで4千円という不思議な価格。
チェックインは駅ビルのエレベーター前に、大きな端末があり、そこでQRコードを提示したり、生年月日等を打ち込む。
その後、自分のSuicaにデータを登録をするか、カードを発券してもらうと、エレベーターに乗って、自分の指定された階で降りることができる。
その階にも、スタッフはいない。
誰もいない、黒で落ち着いたホテル内にいくつかのドアがあり、その入り口でまたカードをタッチすると自分の寝るべきエリアに入れる。
そこまでは無人かつ、厳重なセキュリティだ。
20人ほどが泊まれるベッドのエリアに入ると、突然セキュリティが無くなる。
1人あたりのスペース的にはカプセルホテルの2倍位のスペースで、備品もほとんどない。テレビもない。
他人との仕切りは2つのカーテンだけだ。
◇ ◇ ◇
すべてのホテル内の情報はQRコードで、読み込むようにとメッセージが。
私は、旅をすると結構地元テレビのローカルニュースが好きで、それで翌日の行動を決めたりするし、普段見なくなってしまったリアタイのテレビ番組をじっくり見るのを楽しみにしていた。
しかし、このホテルにはテレビすらない。
寂寥感に包まれるがしょうがない。
ベットに寝てみると、まるで寝台列車だ。
…そうか!
これは、JRのホテルらしいから、寝台列車だと思えば良いんだ。
トイレもシャワーも共用だし。
◇ ◇ ◇
おなかが空いた。
いわきの街を歩いて店を探す余力がないので、ビルの1階の、いわきの歴史ある魚屋さんが経営する食堂でゆっくりすることにした。
イメージ的には、オリエンタル急行の食堂列車。
食堂で軽く飲んで、二軒目に行こうかなと思いつつ、隣のビルになんとなく入る。
自分の部屋というか、ベッドスペースに戻ると、やることがないので、スマホに手が伸びる。
見ている情報は日常と一緒だ。
変な疲れで、頭がさえてしまって最初は寝付けなかったが、そのうちに寝てしまった。
このホテルのすごいところは、完全に光が遮断されること。
寝ている時は、ほぼ完全に真っ暗に出来る。
真暗で静寂で、四方を壁に囲まれていと、まるで宇宙空間でカプセルの中で寝ているかのような、無重力感。凄く質のいい眠りに入れた。
この点は私にとても合っていた。
マットの質も良かった。
良いところ、苦手なところがはっきりしたシステムだ。
また利用したい。
◇ ◇ ◇
朝、今日の予定を考える。
草野心平の記念館が、引っかかっていた。
東京芸大を卒業した現代アートの人が、自分達の居場所が必要だ、とギャラリー兼山形郷土料理の店を作った。
我が店から一分のところにだ。
共同運営の一人が、いわき市草野出身の人で、飲みながらの話の中で、「いわき市の少し山寄りのところに草野心平の記念館があって、この店のみんなで行ったことがある」と言った時の、何とも言えない意味のある言葉の重さがずっと気になっていた。
2日目はそこに行こうと、乗り継ぎアプリで検索すると、なんかおかしい。
そこに行く電車が、午前八時台にあった後は、午後一時台まで表示されない。
最近、ネットも調子が悪いのかなと思っていたら、それが通常の時刻表だった。
片道12㌔でゆるやかな登りなので、バスで行けないかと調べると、一駅分(徒歩で1時間)くらいまではあった。
それに合うようにバス停に行くと、おかしい。
土日祝は運行されていなかった…
これは歩くしかない。
調べると、帰りの電車、午後には最寄りの駅からいわき駅へは、1時間半に一本くらいは出ているので、タイミングを合わせることにして、山へ向かって歩き出した。
いわき駅の北側には余り行ったことがないが、北側に城趾があり、風情が良かった。
山あり海あり、魚あり野菜あり、都市あり、自然あり、凄くいところだ、と改めて思った。
晴れていた天気が曇りがちになり寒く、資料館に行くまでの間、ほとんど景色を見ていなかった。
自分の中の世界を旅していた。
もう帰りたいと何度も思った果てに、草野心平の記念館は、山道を登ったところにあった。
入るなり、来てよかったと思った。
この2日間、いわきエリアを歩きながら考えていたことが、さまざまな形で、草野心平の詩の中にあった。
明治から昭和にかけての有名な詩人達の詩。
自分には理解できない壁がありましたが、草野心平さんの詩は少し分かる。近い何かがある。そう思えた。
今回、他の人がしないような旅程をいわきエリアでして、何で自分はこのエリアが好きなんだろうかとずっと考えながら見てきた風景が、草野心平さんの詩の中にあふれていた。
来てよかった。
呼ばれていたんだ。
そして、謎が解けた。
草野心平が始めた居酒屋「火の車」の原寸の模型があり、その中に入ってみたところ、まさに自分の店から一分のところにある、彼の店の雰囲気のようだった。
草野心平の居酒屋が、詩人の集まる場所になったように、彼も現代アートの人達が集まる場所にしたかったのか。
来てよかった。
少し長居しすぎた。
1日に数本しかない列車に間に合わないかもしれない。
途中、100㌔の体でドタドタ走って、どうにか列車に間に合った。
◇ ◇ ◇
いわき駅近くのミライザカで特急の時間待ちをして、駅始発の列車に乗った。
スマホでNHKニュースを見ると、今日は相撲の千秋楽。
優勝を決する勝負の直前だった。
NHKプラスで見ようとすると、実況アナウンサーが、大学時代のクラスの友達。
彼は、私が苦しい時に、偶然オリンピックの司会などで登場して活躍して、間接的に励ましされていた。
今も、色々な逆風で、この休みが終わったらまた仕切り直しで頑張ろうと思っていた旅の終わりに、今年最後の大相撲の実況アナウンスをしていた。
本当にいろんな人に支えられて自分がある、と予約したシートに座って、大関同士の気合の入った大勝負を彼の実況で見終わり、この旅日記後編を電車の中で書き終えた。
さぁ、大晦日の自分の千秋楽へ向けて、頑張ろう。
この度も、この旅も、お読みくださり、ありがとうございました。