マガジンのカバー画像

小説

10
note内で発表した短編小説をまとめています。今後増えていく予定です。
運営しているクリエイター

2023年8月の記事一覧

【怪奇小説】『サナトリウムに』-第一回-

 中部地方の内陸に位置する山間部に、竹泉市という人口三万人に満たない小さな地方都市がある。自然に囲まれ、澄んだ空気と、夏場でも涼しく過ごしやすいことから、この竹泉市を――正確には、市の北側にある雨里という地域を――全国から観光客を呼びよせる避暑地としてリゾート化する案が、市の町おこし計画として立案されたのは、お盆を控えた七月の半ば頃のことだった。  その町おこし計画は都内のリゾート開発会社に持ち込まれ、数日のミーティングを経たあと、実際に集客を見込めるリゾート地に成りうるか

【怪奇小説】『サナトリウムに』-第二回-

 ホテルの部屋で一息ついたあと、宇野は再び雨里の都市部へ繰り出した。目的は役場だった。パンフレットに記載されている人魚の版画を直に見たいと、宇野は思っていた。  役場に着くなり、宇野は名刺を差し出して、自分の身分と目的を告げた。 「へえー、リゾート会社の方ですか。それはどうも御苦労さまです。それでその版画ですがね、市役所の資料課の方で保管しておるようでして、この役場には無いのですよ」  役場の職員は宇野に対して警戒する様子もなく、鷹揚で朗らかな調子で対応した。役場には宇