見出し画像

『飽食エスケープ2』

追求ティップス1-1


 翌朝は雨だった。
 昨日あんなこともあったんだからゆっくり話がしたい。目のことも、お腹のことも、食事のことも。幸いにも今日は休みだ。いくらでも時間はある。どうやら僕の中のやつとあの女は恋人同士だったみたいだ。あいつと契約を交わしたのが僕じゃなくて男だったらヤってたんだろうと思うと、今日ばかりは自分が女であることに感謝した。
 昨日ちほちーの中のあの女が暴走したせいか、10時を回ってもなかなか起きない。彼女の性格のせいなのか精神力のせいなのかはたまた、あの女の力が強すぎるのか。その両方であり、かつ悪循環しているようにも見える。こうして彼女を分析している僕も、昨日は少し疲れた。久々にあいつが顔を覗かせてきて、その原因の自分の動揺した心を反省する。にしても、自分以外にあれを飼っている人を初めて見たな。

 お昼過ぎに彼女は起きてきた。
    瞳の色はまだ赤い。
    戻っていなかったか。何か食べたいと喚き出す中のやつ。礼儀ってやつを知らないのか。向こうの世界では、王族だと聞いているぞ、僕は。昨日の傾向から見るにこいつは甘いものしか食べない。キッチンを漁って、発見したホットケーキミックスを牛乳と卵と混ぜ合わせる。

 『ねぇジャック、まだなの?お腹すいたって言ったじゃない』
 「うるさいな。僕はジャックじゃないし、そんなにすぐには焼けない。」
『あなたがジャックじゃないことぐらい知ってるわよ、佐田ヤマト。呼べばまた出てくるかもしれないじゃない。』

    知ってるんだったら名前で呼べよ…! こいつが話せば話すほど募るイライラが、ホットケーキがプツプツ焼けていく様子に乗せて沈める。
   とりあえず、焼けた3枚を重ねて、メープルシロップとコーヒーと共にやつの前に差し出す。すると、コーヒーの中にも角砂糖をドボドボと突っ込んでいく。甘すぎて吐きそうな程。見てるだけでも気持ち悪いそれを、美味しそうに飲んで、メープルシロップでべしょべしょのホットケーキを美味しそうに頬張る。初めてこの子がものを口に含んでいるのをみた。(昨日は僕が正気じゃなかったからノーカン。)不覚にも少しだけ可愛いなと思ってしまった。

 「それを食べたら、ちほちーと入れ替われよ。」
 『えー。まぁジャックと会えないんじゃしょうがないわね。なんだかあなた、この子とは違ってなかなか入れ替わらないみたいだし。』
 「無駄口叩いてないで顎を動かせ。」

 最後の一滴まで、綺麗にメープルシロップをホットケーキで拭って、砂糖水に近いコーヒーをすすって、やっと食事が終わった。
   今回は素直に戻ってくれるらしく、ジャックによろしくね〜と手をひらひらこちらに降った女。ちほちーの目が、すぅっといつもの綺麗なエメラルドグリーンに変わる。こちらに焦点を合わせたと思ったら、ゔっと嘔吐く。一気に顔面蒼白になったちほちーを、トイレまで案内して背中をさする。毎回入れ替わった後にはこんなことになっているのだろうか。

   落ち着いたところでちほちーがいつもよりも一段と小さな声でごめんねと謝る。それに答えることはせず、口をゆすがせて、栄養が足りないだろうと補給ゼリーを渡すといいと断られた。そのままちほちーが座るソファーに一緒に腰掛ける。しばらくの沈黙のあと、またちほちーがごめんなさいと一言。さっきよりもはっきりとした謝罪だった。

「それは何に対して?」
「迷惑をかけたこと…。」
「それはまぁとんでもなくね。」

   ちほちーは、とってもバツが悪い顔をしてさらに縮こまる。でもさ、と気にせず僕は続けた。

 「なんでこんなことになったの?」
 「それは…」

 ここまで来てもなかなか口を割らないことは目に見えてる。センシティブなことは自分についてのことから話す方が礼儀だろう。自分語りを続けた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?