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【山縣亮太9秒95!!】①100mの風速について

公認範囲ぎりぎりの追い風2.0mでの9秒95
風が弱かったら記録が低くなる、と言い切れない理由とは?

 山縣亮太(セイコー)が6月6日の布勢スプリント(鳥取市開催)で9秒95! サニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC。当時フロリダ大)が19年に出した9秒97(+0.8)の日本記録を0.02秒更新した。布勢のレースの風速は追い風2.0m(+2.0)だった。2.1m以上になると追い風参考記録として扱われる。公認範囲内ぎりぎりのアシストを受けて出した記録、と言えるのだが、追い風2.0mだから好タイムが出て当然、と言えない理由もある。山縣の実績と風速に対する考え方を紹介する。

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●向かい風でも10秒0台で走ってきた山縣

 17年に桐生祥秀(日本生命。当時東洋大4年)が日本人初の9秒台を出した日本インカレ決勝は、追い風が1.8mで巷では「記録を出すのに絶好の追い風」と言われた。その2週間後に山縣が10秒00(当時日本歴代2位)を出した全日本実業団陸上決勝は、追い風0.2mのレースだった。
 それでも山縣は、「自分も追い風が2mに近かったら」とはひと言も発していなかった。翌18年のアジア大会決勝でも10秒00で走ったが、そのレースは追い風0.8m。
 その頃に山縣と風速について、取材の合間に雑談で話したことがあった。「風がない方が安定した接地ができる。強くなればタイムが出るとは限らない気がする」という内容だったと記憶している。
 追い風の恩恵がないことはないのだが、山縣は接地時の動き(技術)を正確に行うことの方が、記録への影響は大きいと考えていた。実際、追い風が2m近くても無風の状態でも、タイムは大きく変わらない傾向が山縣にはあった。
 リオ五輪イヤーの16年のことだ。山縣は5月21日の東日本実業団準決勝を10秒08で走っている。追い風2.0mだった。その2週間後、6月5日の布勢スプリントの10秒06は、向かい風0.5mのレースだった。
 セイコーは陸上競技のタイム計測を長年続けている企業である。そのホームページには「一説には風速1.0m/秒で0.085秒程度の恩恵があると言われています」という記述を掲載しているほど、追い風がタイム短縮に有利に働くのは共通認識だ。
 それが全てのケースに当てはまるなら、山縣は、16年の布勢スプリントですでに、9秒台の走りをしていたことになるが、やはり山縣本人は「風が良ければ9秒台だった」とはひと言も言っていない。
 それがトップ選手の“感覚”なのだ。

●風よりも動き(技術)が重要

 山縣は9秒95を出した3日後に、オンライン会見を行った。その席上、「風が(強めに)吹くと多少走りづらくなる部分が、自分の感覚の中にどうしてもある」と感じていることを話した。
「9秒95を出したレース後の会見でも言いましたが、最後に脚の回転が追いつかない局面があり、ふわふわしている感じがあったんです。そこが10秒00のときと違っていました。5年前(16年の東日本実業団と布勢スプリント)のこともあって、多少意識していたところで、高野(大樹)コーチとも話し合ってきたんです。今年の布勢は追い風の中でもしっかり、タイミングをずらさずに走るイメージで臨んでいましたが、決勝ではできた部分とできなかった部分があった。風がもう少し弱ければ記録がもっと出ていたか。そこはなんとも言えないのですが、最後に脚が流れてしまった、つまり後ろに持っていかれてしまったのは、そのあたりの練習不足が現れてしまったのかな、と感じています」
 これが現状の、風速と記録の影響について山縣が感じていることである。
 本当に大きく見れば、追い風のメリットは絶対に大きい。時速11m以上で走っているので追い風を感じるというより、向かってくる風の体感の仕方が小さくなる、と言った方が正確かもしれない。それでも、体感する風が2m違えば、より正確にやりたい動き(技術)ができる。それは間違いない。
 要は、普段練習する条件との違いなのだと思う。楽な条件の追い風ばかりで練習していたら、レース本番との違いが大きくなるので、強い風の中で走らないのが普通である。その中で習得した動き(技術)を、レースでどう再現するかが重要で、山縣は再現性が高いからこそ、強めの追い風でもタイムが大きく違ってこないのだろう。

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●五輪準決勝で9秒台の可能性

 つまり山縣のような選手は、無風に近い条件で記録が大きく下がるわけではなく、追い風2.0mのときと近いタイムで走ることができる。
 100 mや走幅跳など風速が併記される種目においては、風の強さを考慮して記録の価値を判断する。陸上競技観戦では重要な部分だが、風が強かったから価値が低いと、決めつけてはいけない。それを頭の片隅に置いて観戦するべきだろう。
 これはあくまでも個人的な見方であるが、風の強弱の話と通じる部分があるのが、山縣の国際大会での強さである。
 YouTubeのTBS陸上ちゃんねるなどでも紹介されているように、山縣は12年ロンドン五輪では予選で10秒07(+1.3)の、日本人五輪最高タイムで走った。16年リオ五輪では準決勝で10秒05(+0.2)と、五輪日本人最高を更新した。ともに五輪という大舞台で自己新記録である。
 18年アジア大会でも決勝で、10秒00(+0.8)の自己タイ、代表レースでの日本人最高記録で走った。
 風に関係なく自身のやりたい動き(技術)ができるから、プレッシャーの大きい国際大会でも自身のやりたい動き(技術)ができる。多少強引かもしれないが、山縣に関してはそれが言えるような気がする。
 布勢で標準記録(10秒05)を突破したことで、日本選手権(6月25日に100 m決勝)で3位以内に入れば東京五輪代表に内定する。
「オリンピックに出場できれば3大会目になります。今度こそ準決勝で9秒台を出して、決勝に残る目標を達成したい」
 追い風2.0mのレースで9秒95を出したことで、山縣のその可能性は確実に大きくなった。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト



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