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【世界競歩プレビュー③】池田向希&山西利和

20kmは東京五輪メダルコンビが出場

個人、国別対抗とも金メダルの期待

 競歩の世界最強国を決める2年に1度の祭典「世界競歩(世界競歩チーム選手権)」が3月4、5日の2日間、オマーンのマスカットで行われている。男子20km(5日)には東京五輪銀メダルの池田向希(旭化成・23)と銅メダルの山西利和(愛知製鋼・26)が出場する。今大会でもダブルメダルと、国別対抗戦の優勝が期待されている。

 池田には今大会2連勝が、19年世界陸上ドーハ金メダルの山西には、世界大会2冠がかかる試合である。すでに世界トップの実績を持つ2人が、さらに目指すものは何なのか。競歩強豪国に成長した日本を代表する2人の歩きに注目が集まる。

●日本競歩史上最強のメダルコンビ

 日本の20kmには世界記録(1時間16分36秒)保持者の鈴木雄介(富士通・34)もいるが、現在この種目を引っ張っているのは池田と山西の2人である。鈴木は15年に世界記録を出した後は故障で約3シーズンのブランクが生じ、復帰後は50kmに軸脚を移し、19年の世界陸上ドーハ50kmで金メダリストとなっている。鈴木が戦列を離れている間に、世界トップへと成長したのが池田と山西だった。

 池田は東洋大2年時の18年5月の世界競歩チーム選手権に“いきなり”優勝し、競歩関係者を驚かせた。その年2月の日本選手権では4位。若手成長株として注目されていたが、優勝した高橋英輝(富士通)には2分近く、2位の山西にも1分半の差をつけられていた。

 しかし世界競歩チーム選手権では世界の強豪を相手にラスト勝負で勝ちきった。2位の王凱華(中国)はその年のアジア大会金メダリストで、3位のマッシモ・スタノ(イタリア)は昨年の東京五輪金メダリスト、そして4位の山西は19年世界陸上金メダリストである。池田が大きな自信を得たレースになった。

 一方の山西は13年世界ユース選手権(現U18世界陸上)10000mで優勝するなど、世界的にも早くから頭角を現していた選手。しかし京大入学後は3年時までは、日本インカレ10000mには優勝していたが、20kmでは代表争いに加われなかった。4年時の日本選手権(18年2月)で2位に入って初めて、シニアの日本代表(アジア大会)を決めることができた。

 同年の世界競歩チーム選手権は池田の急成長の前に4位と敗れ、アジア大会は王に次いで2位。19年2月の日本選手権も高橋、池田に敗れて3位だったが、3月の全日本競歩能美大会に優勝(1時間17分15秒の日本歴代2位)。そこから山西はシニアでも、世界トップクラスの強さを発揮し始めた。

 19年10月の世界陸上ドーハで優勝し、その後は新型コロナ感染拡大で国際大会に出場できなくなったが、世界一、二を争うレベルといわれる日本選手権を20年、21年と連覇。東京五輪も金メダル候補筆頭として臨んだ。

●東京五輪で生じた課題と世界競歩で確認したいこと

 東京五輪は2人がメダルを獲得し、日本の競歩史上五輪最高成績を残した。東京五輪の陸上競技全体でもメダル獲得は2人だけ。陸上競技の五輪複数メダルは85年ぶりという快挙だった。

 だが、そこで歩みを止めるわけにはいかない。24年パリ五輪で競歩初の金メダルが中・長期的な目標に、今季は7月の世界陸上オレゴン大会が最大目標となる。世界競歩チーム選手権はオレゴン、さらにはパリへステップアップに役立てたい会だ。

 池田は「国際大会一つ一つに課題と目的を持ち、それを達成するために日々のトレーニングに励んでいます」とTBSのアンケートに記している。酒井瑞穂コーチは今大会出場の目的を「メダルも取りたいですが、最後3kmの課題をクリアしたい」と話す。

「東京五輪の最後3kmで(歩型に対し)警告と注意を出されたので、急なペースアップをしたときも出されない動きをしたいと思っています。世界の強豪選手と一緒に歩く中で、その課題をクリアできるかを確認したい」

 注意が出れば思い切り歩くことができなくなり、勝負を挑めなくなる。東京五輪は「マッシモ選手が上だった」と完敗だったことを池田は認めているが、世界大会で結果を残し続けるためには解消しておきたい点だ。そこがしっかり対応できれば、結果的に今大会の金メダルも現実的になり、オレゴンを戦う上でも有利になる。

 山西は東京五輪の敗因を「(中盤の歩きが)あまりにも中途半端になってしまい、立ち回りに無駄が多かった」と自己分析していた。

 王凱華が4km手前で集団から飛び出し、5kmでは50m近くリードを許した。山西は第2集団の先頭に立ったが、王との差を詰めようとはしない。「王と一緒に速いペースに持ち込みたい」という気持ちと、「周りがもう少し追いかけてくれないかな」という気持ちが相半ばしていた。

 結局、王との差を詰め始めたのは10km付近から。2kmで約10秒縮める間に、先頭を歩いた山西が集団では一番力を使っていた。10kmまでの集団での歩きも、出たり入ったり無駄な動きが多かった。山西は17kmで勝負に出たが余力が少なく、最後はマッシモと池田に引き離されてしまった。

 今大会前のアンケートに山西は「東京五輪を経て、自分のさらなる可能性や余白に改めて気付かされました」と書いている。「(準備段階で)これで勝てる、と思った自分の想定の甘さがすべてだった」と、これは東京五輪後の取材で話していた。

 山西が準備段階をより重視しているのは間違いない。今大会に向けてやるべきことを徹底して行っているはずだ。それに加えてレース展開も、東京五輪の反省を生かす。それは必ずしも集団の中で自重した歩きをする、ということではない。積極的に前に出て引き離しにかかる展開も山西は得意としている。今回は“中途半端”な動きはしない。

●2人の意気込みと暑熱対策

 アンケートに記入された池田と山西の、今大会への意気込みを紹介する。

 池田「団体戦でもあるため、チームの優勝に貢献できる結果を残したいです。 また、オレゴン世界陸上の選考レースでもあることを意識していきます。 当日の天候条件によってタイムは変わりますが、レースプランは出場メンバー、天候等に合わせたプランで冷静に進めたいと思います」

 山西「環境・気象状況を考えると好タイムを狙えるコンディションではないと思うので、個人やチームの順位狙いのレースになると思います。自分の強みを出せるレースを選択して、個人・団体で金メダルを目指します」

 国別対抗戦はメダリスト2人がいる日本が優位と言われている。だが中国も1時間17分台1人、18分台1人、19分台1人をエントリーしてきている。油断はできない。

 世界陸上の選考は、山西が前回優勝者枠ですでに出場資格を持っている。この大会で山西を除く日本人トップになり、1時間20分00秒の派遣設定記録を破れば代表に内定する。

 ただ、現地の気温や起伏があるコースであることを考えると、簡単には破れないかもしれない。池田が派遣記録を出せなかった場合は、エントリーしている3月の全日本競歩能美大会で代表を取りに行く。

 山西が言う“強みを出せる”は自分のレースパターンに持ち込む、という意味だろう。最初から先行するのは難しいかもしれないが、酷暑のドーハで逃げ切った実績もある。山西がどこでレースを動かすか、池田は終盤の勝負で注意を受けずに歩ききれるか。レース中の注目ポイントだ。

 そして2人とも「天候」「気象状況」に言及している。オマーンの暑さへの対策は、日本チームはしっかりと行っている。

「東京五輪は同じ日本国内で準備をしましたが、今回日本は冬なので、現地と同じ気温、湿度の屋内で練習しました。給水の回数もレース本番と同じにして行っています」(酒井コーチ)

 東京五輪までに蓄積してきた暑熱馴化のトレーニング方法や、レース中の暑熱対策のノウハウは、日本競歩界の財産として継承されていく。男子20kmは競歩ジャパンの存在感を、東京五輪後最初の世界大会でアピールする種目になる。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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