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【全日本実業団陸上最終日①】

女子5000mで東京五輪代表だった萩谷が日本人5人目の14分台
佐藤も15分08秒72と世界陸上オレゴン標準記録突破

 全日本実業団陸上最終日(9月26日。大阪ヤンマースタジアム長居)は女子5000mが盛り上がった。大会初日の1500mで日本人トップとなった萩谷楓(エディオン)が1000mで積極的に前に出て、アフリカ勢を従えてトップを走り続けた。4位のフィニッシュではあったが14分59秒36の日本歴代4位、日本人5人目の14分台を達成した。
 来年の世界陸上オレゴンの標準記録(15分10秒00)を萩谷は東京五輪で突破済みだったが、日本人2位(全体7位)の佐藤早也伽(積水化学)も15分08秒72と初めて突破。この種目の突破者は東京五輪で14分52秒84の廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ)、萩谷、やはり東京五輪で14分59秒93の田中希実(豊田自動織機TC)、そして佐藤の4人となった。

●「自分のペースでレースを進められたことが収穫」(萩谷)

 14分59秒36は数字以上の価値があった。記録の感想として萩谷は次のように話している。
「今までは田中さん、廣中さんに付いていく展開が多かったのですが、今日は1000m過ぎから自分のペースでレースを進められたことが大きな収穫です。ひと皮剥けたかもしれません」
 どんな練習で出すことができたのか?
「夏合宿は20km走や30km走などの走り込みが中心で、15分を切るようなスピードの練習はまったくしていませんでした。自分でもビックリしています。何が良かったのかわかっていませんが、もしかしたら自分には走り込んで、少しスピードを入れる練習の組み方が合っているのかもしれません」
 今季の中期的な流れも、結果的に功を奏したようだ。エディオンの沢栁厚志監督によれば2月末の日本選手権クロスカントリーに優勝後、3月に足首を痛めて3週間ほど負荷の大きいポイント練習ができなかった。
 4月半ばに本格練習を再開。同月末の織田記念(15分27秒44)、5月のREADY STEADY TOKYO(15分11秒84)、6月の日本選手権(15分24秒50)と、決して悪い成績ではなかったが、東京五輪の標準記録(15分10秒00)突破が目的だった。「試合に合わせる練習」(沢栁監督)を続けることになり、じっくり練習を継続する期間が取れなかった。
 それでも東京五輪では15分04秒95の自己新で、来年の世界陸上オレゴンの標準記録を突破。記録を追いかける必要がなくなった。
「東京五輪もそこまでのレースも、萩谷本人が3000m以降で動かなくなると言っていたので一度、これぞ走り込み、という練習をやってみたのです。全日本実業団陸上はここをスタートにまた頑張っていくぞ、という位置づけの大会でしたが、思いのほか走り込みの効果が現れました」
 今後、もう少しスピード練習を入れたり、スタミナ練習とスピード練習の組み合わせ方の精度が上がったりすれば、記録短縮は間違いなさそうだ。廣中が東京五輪で出した日本記録の14分52秒84も、現実的な目標となった。
「萩谷自身が次に世界陸上やオリンピックに出たときは入賞できるように頑張りたい、と言っています。それを実現するには14分50秒、45秒という記録を出さないといけません」
 世界陸上オレゴンの入賞候補選手が、東京五輪から約2カ月後の全日本実業団陸上で誕生した。

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●世界陸上マラソンを目指す佐藤の地力アップを証明

 佐藤早也伽のレースプランはシンプルだった。レース後のTBSの取材に以下のように話している。
「(萩谷やアフリカ勢を)そこまで意識はしていませんでした。先頭にできるだけ付いていこうと思って走っていました」
 だが佐藤の自己記録は15分16秒52。14分台のペースに付いていくこと自体、チャレンジングなことだった。それも今大会の10000mを走った(31分52秒34で日本人トップの2位)2日後である。
「ある程度疲労のあった中でも、攻めの姿勢で臨めたことが結果につながったのだと思います」
 そんな状態だから目標記録は15分40秒で、世界陸上の標準記録はまったく意識していなかったという。
「昨年15分16秒が出せたので、いつかは15分ヒト桁台のタイムを出したい、と思っていたので、出せたことはよかったかな、と思います」
 少し他人事のような言い方なのは、佐藤が世界陸上オレゴンで出場したい種目はマラソンだからだ。積水化学に入社3年目の20年3月に、名古屋ウィメンズで初マラソンに挑戦し、2時間23分27秒(5位)と好走した。しかし今年の名古屋は気象条件が前年より厳しく、2時間24分32秒(2位)とタイムを落とした。
「今年もマラソンで自己新を目標にしていたのですが、達成できませんでした。次のマラソンで自己新を出して、もっと大きな舞台につなげていきたいと思います」
 積水化学の野口英盛監督も「今日の記録はビックリ」と明かしたが、「地力が上がった」と結果を分析した。
 佐藤は昨年12月の日本選手権10000mは31分30秒19の自己新で3位。3月の名古屋ウィメンズマラソンを経て、5月の日本選手権10000mでも五輪代表を狙うつもりでいたが、脚を痛めて出場を回避している。
 6月の日本選手権5000mは8位(15分34秒59)と悪くはなかったが、快走とも言えなかった。7月のホクレンDistance Challenge網走大会の3000mで8分52秒43を出したことが、強いて言えば今回の快走の伏線だったと野口監督は見ている。
「佐藤は2年前の全日本実業団陸上も10000mと5000mに同じように中1日で出場して、32分12秒89(2位)と15分54秒42(8位)でした」
 優勝者のタイムが(特に5000mでは)違うので単純比較はできないが、佐藤の地力アップを示す全日本実業団陸上となった。2年前は半年後の初マラソンで2時間23分台だったが、今シーズンはどこまでマラソンの記録を縮めるのだろうか。
 全日本実業団陸上5000mの標準記録突破は、世界陸上オレゴンに向けて、マラソン期待の選手誕生を意味していた。

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●女子中・長距離界の好循環と駅伝シーズンへの期待

 今回の全日本実業団陸上は、女子中・長距離種目の好循環を示した大会と言えそうだ。
 東京五輪で入賞した廣中と一山麻緒(ワコール。マラソン8位)は、ひと休みしている中での出場で振るわなかったが、東京五輪は5000mで自己新を出しながらも予選落ちした萩谷と、1500mでやはり自己新を出したが予選落ちした卜部蘭(積水化学)が、初日の1500mで素晴らしい走りをした


 同じ初日の10000mでは、東京五輪代表を逃した佐藤が日本人トップの2位。2日後の最終日にはその佐藤が、5000mで世界陸上オレゴンの標準記録を突破し、マラソンへの期待を大きくした。
 卜部は最終日の800 mで、ライバル不在ながらきっちりと勝ちきり、萩谷は5000mで今後のさらなる成長を予想させる14分台を出した。
 東京五輪で活躍しなかった選手が、しっかりと成長していることを示したのだ。来年の世界陸上オレゴンで、今年の全日本実業団陸上を成長のきっかけとした選手が活躍するかもしれない。
 10月から始まる実業団駅伝シーズンに向けても、注目すべき選手が見られた。
 萩谷は今回の練習の流れで結果を出したことで「プリンセス駅伝(10月24日)では今回付いたスピードを生かし、長い距離の区間にも挑戦したい」と話した。どんな区間タイムで走るのか注目される。
 5000mでは19年世界陸上代表だった木村友香(資生堂)も15分15秒70と、自己記録に約3秒と迫る好タイムで走った。昨シーズンの不調から完全復調した。
 復調といえば10000m3位(日本人2位)の加藤岬(九電工)も、32分03秒38と16年に出した自己記録に約4秒と迫る好走だった。昨年の今大会で32分13秒23で走っているが、18年のクイーンズ駅伝3区を走行中のケガで途中棄権した以降では最高タイム。今年は3月の名古屋ウィメンズマラソンでも2時間27分20秒の自己新で走っている。6月で30歳になったが、疲労をコントロールする方法を手の内にしつつあるようだ。
 資生堂では佐藤成葉も15分39秒65と、5000m2組2位と好走した。九電工では加藤に次いで、逸木和香菜が10000mで大幅自己新の32分04秒67で4位となり、選手層が厚くなっていることをアピール。駅伝シーズンの盛り上がりが期待できる全日本実業団陸上になった。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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