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【五輪代表が多数出場する全日本実業団陸上④ 五輪代表vs.好調選手(3)】

男子1500mは今季大幅日本新の河村が優勝候補
5000m坂東と3000m障害青木の東京五輪代表が挑戦者に

 全日本実業団陸上(9月24~26日・大阪ヤンマースタジアム長居)では男子1500mも、五輪代表vs.好調選手という構図になる。

②、③で紹介してきた種目と異なるのは、五輪代表が挑戦する立場にある点だ。V候補筆頭は6月の日本選手権に優勝し、7月に3分35秒42の日本新を出した河村一輝(トーエネック)である。坂東悠汰(富士通)は5000m、青木涼真(Honda)は3000m障害と、1500m以外の種目で五輪に出場した。代表2人が第一人者の河村に挑戦する立場になる。

●駅伝も走る河村の今季の変化とは?

 今季の河村は1500mの潜在能力が一気に開花した。
 昨年までの日本記録は岐阜県の先輩で、河村が尊敬する小林史和(NTN。現愛媛銀行監督)が04年にヨーロッパで出した3分37秒42。それを今年5月に荒井七海(Honda)が米国で3分37秒05と更新した。河村は3分36秒台を飛び越えて日本人初の3分35秒台を出して見せたのだ。
 河村は長距離を兼ねる中距離選手。明大時代は1500mと駅伝の両立を目指し、4年時には箱根駅伝10区(23.0km)を区間10位で走っている。1500mもインカレ上位で走っていたが、タイトルは取ることができなかった。足首に痛みが出ることも多く、会心のレースができなかったという。
 トーエネックの松浦忠明監督は「スピードがあったので勧誘しましたが、入社後も1500mに特化したわけではありません。1500mのスピードを生かして距離を伸ばすことも考えていました」と入社時の経緯を話す。実際、1年目はコロナ禍の社会状況でトラックが使えず、スピード練習よりも長い距離のメニューを多く行った。
 試合数が少なかったこともあり1500mの自己記録は更新できなかったが、5000mで13分41秒62、10000mで28分34秒80と両種目とも自己記録を大幅に更新した。ニューイヤー駅伝はインターナショナル区間の2区(8.3km)を任され区間29位ではあったが、日本人ではトップタイだった。
「河村がスピードらしいスピード練習をしたのは、今年の2月か3月の奄美大島合宿から。それでも熊本で3分38秒台を出せたので、シーズンが進んでコンディションが整ったら日本記録を出せると思っていました。1年目より動きが滑らかになり、タイミングをつかんだ走り方になりました。力ずくではなくなり、接地音が小さくなりましたね。足首の痛みも出なくなって練習が継続できるようになっています。集中力が高く、レースに入り込める。レースの中で変われる選手です」
 3分35秒のインパクトが強いので記録が注目されるが、勝負強いことも河村の特徴だ。スローペースになった4月の兵庫リレーカーニバルこそ飯澤千翔(東海大3年)に敗れたが、5月から7月まで1500mで6連勝。6月の日本選手権は3分39秒台が3人の激戦を制した。
 極端なスローペースになれば混戦になり、ラストだけの勝負になるが、近年そういったケースは少なくなっている。3分40秒前後のペースなら河村の優位は動かない。日本人大会記録は小林が06年に出した3分38秒95。その更新も十分期待できる。

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●坂東、青木が1500mでスピードを再強化

 坂東悠汰は河村が日本新を出したホクレンDistance Challenge千歳大会1500mで、3分37秒99で走っている。昨年までなら日本記録に0.57秒と迫るタイムである。坂東の5000m自己記録は13分18秒49で日本歴代7位、1500mは日本歴代6位。1500mにはあまり出場していないが、中距離型の5000m選手ということになる。
 全日本実業団陸上は、何が何でもこの順位を取る、という考えではない。「五輪後最初のレース。スピードを戻すレースにしたい。3分40秒前後で走れれば」と富士通の高橋健一駅伝監督。気楽に臨むことで硬くならずに走り、「飲まれたところがあった」という東京五輪(予選1組17位)から立て直しをはかる。
 それでも、「チームは総合優勝を狙っています。得点(1位9点、2位7点、3位6点…8位1点)を取って貢献してほしい」と高橋駅伝監督。五輪代表選手として、そこはノルマともいうべきところか。
 青木涼真は3000m障害が本職だが、1500mもホクレンDistance Challenge網走大会を3分43秒08で走った。6月の日本選手権3000m障害で3位に入り、8分20秒70と東京五輪標準記録を破った。そして7月には1500mだけでなく、5000mでも13分32秒31の自己新を出した。障害技術の向上もあったと思われるが、走力アップが代表入りの原動力となった。
 東京五輪レース後のインタビューでは、3年後のパリ五輪は別の種目で目指す可能性も示唆していたが、1500mのスピードアップはどの種目にもプラスになる。網走は東京五輪の3000m障害で結果を出す流れの中で出場したが、1500mに集中すれば3分40秒前後も出せるのではないか。専門外種目ということで、思い切ったレースにも挑戦しやすい。

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●中距離選手たちが五輪代表を弾き飛ばす?

 今季の1500mは盛況で、過去最多の8人が3分30秒台で走っている。今大会には河村、坂東以外にも森田佳祐(小森コーポレーション)と舟津彰馬(九電工)の3分30秒台ランナーがエントリーした。森田は18、19年と全日本実業団陸上に2連勝した選手で、勝負強さも持っている。舟津は中大3年時の18年に3分38秒65を米国合宿中に出し、この種目の活性化をうながした。その年の3分30秒台は舟津1人だけだったが、翌19年には5人が3分30秒台で走ったのだ。
 館澤亨次(DeNA)は3分40秒49が自己記録だが、昨年の今大会優勝者で日本選手権は3回も優勝している。3分30秒台の力は間違いなくあるし、残り200~400mのロングスパート勝負に持ち込めれば、館澤の勝機が大きくなりそうだ。
 田母神一喜(阿見AC)は今年の日本選手権800 m優勝者。近年、長距離と兼ねる選手が1500mで結果を出しているが、田母神はタイプが異なる。18年に出した3分40秒66が自己記録だが、3分30秒台も十分に望めそうだ。
 河村、舟津、館澤、田母神は同学年で、河村は同学年の館澤が大学2~3年で日本選手権を連覇したことに刺激を受けたという。その館澤が箱根駅伝も走っていたし、森田や松枝博輝(富士通)ら、長距離タイプの選手が1500mで活躍し始めたことにも背中を押された。
 今回1500mに参戦してくる坂東と青木も、タイプでいえば長距離型だ。1500mを主戦場としてきた同じタイプの選手たちは、なおさら負けられない。
 だが、1500m選手たちが目標とするのは河村で、坂東や青木ではない。河村を中心とする中距離選手たちの真剣勝負が、専門外の五輪選手たちに付け入る隙を与えないかもしれない。あるいはのびのび走った五輪代表2人が、中距離選手たちの戦いに割って入るのか。男子1500mは間違いなく、面白いレースになる。

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TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

【全日本実業団陸上】
25日26日をYouTube TBS陸上ちゃんねるでライブ配信


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