【五輪代表が多数出場する全日本実業団陸上⑤ 女子1500m&5000m】
卜部、萩谷、廣中。女子1500mで異なる種目の五輪代表が対決
全日本実業団陸上の位置づけの違いにも注目
全日本実業団陸上(9月24~26日・大阪ヤンマースタジアム長居)の女子中・長距離種目にエントリーしている東京五輪代表は以下の通り。
800 m:卜部蘭(積水化学)
1500m:卜部蘭、廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ)、萩谷楓(エディオン)、山中柚乃(愛媛銀行)=欠場
5000m:萩谷楓、安藤友香(ワコール)=欠場、一山麻緒(ワコール)
3000m障害:山中柚乃=欠場
東京五輪出場種目にエントリーしたのは1500mの卜部と5000mの萩谷、3000m障害の山中の3人。5000m9位(日本新)&10000m7位入賞の廣中は1500mに、マラソン8位入賞の一山は5000mと、短い距離の種目に出場する。各選手の思惑が交錯する大会になる。
●1500mは卜部優位だが萩谷、廣中にも期待
女子1500mには興味深い東京五輪出場メンバーが集まった。
卜部はこの種目で田中希実(豊田自動織機TC)とともに五輪に初出場し、予選通過はできなかったが4分07秒90の自己新(日本歴代3位)と好走した。廣中は5000mの日本新(14分52秒84)での9位に加え、10000mで7位に入賞という快挙を達成した。萩谷は5000m予選を通過はできなかったものの、15分04秒95の自己新(日本歴代6位)と力は発揮した。山中は3000m障害予選を通過できなかったが、9分43秒83と自己2番目の記録をマークした。
卜部は東京五輪後、積水化学が昨年2位だったクイーンズ駅伝(11月)を大きな目標としている。全日本実業団陸上は駅伝に向けてのステップという位置づけになりそうだが、他種目の五輪代表が出場してくれば意地でも負けられない。緊張感をもったレースができるだろう。
今季前半は4分10~14秒と、過去最高のアベレージで連戦した。それが世界ランキングのポイントで五輪出場を可能にしたし、東京五輪の自己新にもつながった。全日本実業団陸上では、結果的にアベレージを上げる走りを期待したい。駅伝の3km区間や、来季の世界ランキング、さらには世界陸上標準記録(4分04秒20)にもつながっていく。
萩谷は19年までは1500mがメイン種目だった。自己記録は昨年8月にマークした4分13秒14。ゴールデングランプリで3位になったときのタイムで、2位の卜部とは1秒39差だった。その1カ月前に5000mを15分05秒78で走り、東京五輪は5000mで狙うことになったが、1500mは萩谷が成長するためのベースとなる距離なのだろう。卜部に食い下がる可能性を持つ選手だ。
2人にとって不気味なのが廣中だ。1500mの自己記録こそ4分16秒48だが、昨年10月の記録会で、駅伝に向けての調整の過程でマークした。タイムを短縮する余地は十二分にある。廣中が5000mや駅伝で見せるように、1500mでもスタート直後から速いペースで飛ばしたとき、どのくらいのスピードになるのかを見てみたい。
それでもV候補はあくまで卜部である。19年日本選手権で800 mとの2冠を達成したときに見せたように、ラスト勝負ではワンランク上のスピードを持つ。東京五輪ではハイペースにも対応した。どんな展開になっても優位に立つ卜部に、専門外の萩谷と廣中がどんな挑み方をするのか。そこが注目だ。
●廣中はクイーンズ駅伝と12月の記録更新へのスタート
男子100 mの山縣亮太(セイコー)が①
で話しているように、選手たちはどんなコンディションでも出場するからには全力を尽くす。だが、同じ五輪代表でも今大会の位置づけは、その選手が置かれた状況によって異なる。
廣中の全日本実業団陸上出場についてJP日本郵政グループの高橋昌彦監督は、「東京五輪のあとしっかり休みました。(復帰戦で)気負わせたくないので、五輪種目の5000mと10000mは避けました」と説明する。
もともと10月頭に行われる国体5000mに向けて、今大会の1500mをステップにする予定だった。そしてクイーンズ駅伝(今年はJP日本郵政グループの創業150周年にあたり、優勝を目標としている)を経て、「12月には5000mの日本新か10000mの自己新」(高橋監督)を狙う。
国体が中止になったことで、全日本実業団陸上1500mへの力の入れ方が、どう変化するか。若干、試合モードが強くなるかもしれない。
マラソン8位入賞の一山も、廣中に近いスタンスではないか。廣中は東京五輪で5000m2本と10000m1本の合計3本、自己新記録で走っている。一山は夏のマラソンで世界トップ選手たちと渡り合った。東京五輪で結果を出した選手は、身体にかなり大きな負担がかかったのは間違いない。
●五輪後すぐに気持ちを込めた練習を始めた山中
それに対して、1500mの卜部と5000mの萩谷は、ともに自己新ではあったが予選1本だけ。3000m障害予選の山中も自己2番目の記録だが、同様に1本だけだった。五輪という大舞台を考えれば、1本でも国内試合よりも負荷が大きかったことは想像できる。だが1500m8位入賞の田中希実(豊田自動織機TC)や廣中が、何本も自己新で走るのを目の前で見れば、自分が疲れたとは思えなかったのではないか。
直前に股関節の痛みで欠場をすることになったが、山中を指導する愛媛銀行・小林史和監督は全日本実業団陸上出場の目的を「3000m障害で、ジョアン(ジョアン・キプケモイ=九電工)さんも出るので、記録を狙っていました」と話す。日本インカレで同学年ライバルの吉村玲美(大東大4年)が9分41秒43と、山中の記録を上回る日本歴代2位で走ったレースを見て、気持ちが盛り上がっていたという。
「山中は国際大会の実績も経験もないまま、運良く五輪代表になることができた選手です。オリンピックが良い経験になったことは確かですが、これから本当の国際的な選手にならないといけない。本人もまだまだやらないといけないことがあると気づいて、(トレーニングなど)再スタートを切っていたんです」
気持ちが盛り上がっていたことに加え、コロナ禍でグラウンドが使えずロード中心の練習になっていたこともあり、「身体に負担が来ていた」という。
卜部と萩谷が同じとは限らないが、廣中や一山に比べれば、試合モードは強いのではないか。
「来年はもちろん世界陸上オレゴンを目指していきます。チャンスがあれば海外レースにも積極的に出て行きたい。もともと山中はパリ五輪に向けて頑張っていた選手。全日本実業団陸上はパリに向けての再スタートの大会でした」(小林監督)
廣中も一山もパリに向かって行くのは同じだが、入賞した2人よりも、決勝進出を逃した選手たちは全日本実業団陸上でエンジンを強くかけて走り始める。
TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト
【全日本実業団陸上】
25日26日をYouTube TBS陸上ちゃんねるでライブ配信