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【全日本実業団陸上1日目】

女子1500mは萩谷が日本歴代9位で日本人トップ
東京五輪で予選落ちした卜部と萩谷が見せた五輪効果

 全日本実業団陸上1日目は9月24日、大阪ヤンマースタジアム長居で行われ、女子1500mで期待以上の好タイムが出た。優勝したヘレン・エカラレ(豊田自動織機)が4分06秒38、2位の萩谷楓(エディオン)が4分11秒34と、ともに大会記録を更新。5000mの東京五輪代表で日本歴代6位の15分04秒95を持つ萩谷は、1500mでも日本歴代9位に進出した。
 1500mの東京五輪代表だった卜部蘭(積水化学)は、エカラレの作るハイペースに800m過ぎまで付いたが4分11秒89で3位。東京五輪10000m7位入賞の廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ)は4分21秒03の7位だった。

●スピードを生かした挑戦的な走りをした卜部

 萩谷と卜部の2人が“東京五輪効果”といえる走りを見せてくれた。
 卜部は最初の1周(400m)を64秒6(筆者計時。以下同)で通過した。先頭を行くエカラレとの距離は200m地点では7~8mあったが、400mでは2mまで詰めていた。仮に65秒ペースを最後まで維持すれば4分03秒75でフィニッシュできる。五輪後初レースで、ここまで速いペースに挑むことは予想以上だった。
 その点をレース後の卜部は次のように説明した。
「(全日本実業団陸上に向けての)合宿中も65秒ペースを1つのターゲットに取り組んできました。今までと違って高地でもそういうトレーニングをしたので、手応えはありました」
 昨年の全日本実業団陸上も64秒台で最初の1周を入ったという。1年前に一度挑戦し、五輪イヤーの経験で成長した力で、再度ハイペースに挑んだ。卜部はラスト勝負でも日本トップクラスのスピードを発揮するが、前半から速いペースで入ることもスピードを生かした走りといえる。
 500m付近でエカラレの真後ろに付き、完全にペースを合わせた。他の日本選手は20m以上後方だ。2周目(800m)を2分10秒0で通過し、65秒ペースを維持していた。中間点を50m過ぎただけの距離だが、卜部の積極果敢なレースぶりが際立っていた。
 だが900m付近から離され始めると、1000mではエカラレに6~7m差を付けられていた。残り1周(1100m)地点では20m近い開きに。3周(1200m)地点は3分19秒3の通過で69秒台に踏みとどまっていたが、最後の300mは52秒6までペースダウンした。65秒ペースなら300 mは48秒75だ。
 卜部のペースダウンを見て取った萩谷は、ラスト1周で30m近い差を一気に詰め、フィニッシュ前で抜き去った。
「どれだけ行けるかわかりませんでしたが、あきらめずに走ろうと思っていました。昨年の4分13秒14(8月のゴールデングランプリ)のときより、3周した地点の脚の残り方(余力)が今日の方がありました」
 1500mの卜部、5000mの萩谷、5000m&10000mの廣中と、種目の異なる3人の東京五輪代表による争いに勝ったことは、「誰に勝つというより、この1500mをただただ楽しんで走ろう、挑戦しよう、という気持ちだけでした」と、無欲で挑んでいたことを明かした。

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●スタミナを生かして最後に逆転した萩谷

 卜部は65秒ペースを想定したトレーニングは行っていたが、エカラレがそのペースで走り出すと速く感じていた。前述のように最初の200mでは7~8m離されたのだ。
「良いペースで入っていたのですが、(エカラレに)付き急いだところがありました。入りの64~65秒が後半に響きました」
 多少、無理をして付いた感覚があったのだろう。それでもペースを抑えなかったのは「世界で戦うことを考えたら、どんなペースになっても後半上げて行くことが大事」だと認識していたからだ。国内レースでも、海外レースや国際大会でも、どんなペースでも自分のリズムにできなければ後半を上げられない。エカラレを相手にそれを試すチャンスと考えた。
「しかし上手くリズムに乗せられず、後半は動かせなくなってしまいました。一番やりたかった後半でペースを上げることに挑戦できませんでした」
 卜部はペースアップと話したが、今回のようなハイペースなら後半のペースダウンを最小限で食い止めることをしたかった。それができず「4分10秒を切れなかった」と悔しがった。
 それに対し萩谷は「1、2周目の速いペースに付いて行くことができませんでした。付いていこうとも思えなかった。そこは反省点です」と、卜部のような果敢なレースができなかった自分を責めたが、練習過程を考えればやむを得ないことだった。
「1500mに出た目的は現時点でスピードがどれだけ出せるかを確認することでしたが、(五輪後の)夏合宿はスピード練習はまったく入れていません。走り込みだけでした。その流れで自己新を出せたことは大きな収穫です」
 展望記事⑤

で紹介したように、萩谷は19年までは1500mがメイン種目だった。日本選手権は3位、国体は優勝している。しかし20年からは5000mをメインにし始め、今後は10000mに進出するプランもある。
 今大会も長距離からアプローチした1500mだった。前半で卜部に離されても、終盤で差を詰めていく展開は、今の萩谷の特徴を生かした走りだった。
 ただ萩谷自身が反省していたように、多少のハイペースでも付いていかないと、5000mでも国際大会では通用しない。それを、自己新を出しても予選を通過できなかった東京五輪で実感していた。ワンランク上のレベルで戦うには、前半のスピードも後半のスタミナも必要となる。全日本実業団陸上の萩谷はそのうちの1つ、スタミナを生かすことで逆転日本人トップと自己新を獲得した。

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●1周65秒は世界陸上オレゴンの標準記録ペース

 スピード型の選手でも、ワンランク上に行くにはスピードとスタミナの両方が必要になることは変わらない。今回の卜部はスタミナ(スピード持久力)の部分で課題を残したが、前半のスピードの出し方は、本人が感じたより進歩があったのではないか。
 それはフィニッシュタイムが、自身の感覚より速かった点に現れている。
 「前半もタメを作った中での感覚ではなく、付き急いで速く感じましたし、後半も動かなかったので、全体でもう少しかかったと感じていました」
 東京五輪で自己新という結果を出した直後にもかかわらず、卜部は65秒というハイペースを想定した練習を行った。来年の世界陸上オレゴン大会の参加標準記録が4分04秒20に設定されている。それを突破することにすぐに気持ちを切り換えたのだろう。
 もう1人の東京五輪1500m代表だった田中は、適用期間中には破れなかったが、直前の7月に4分04秒08で走っていた。標準記録を上回るタイムを出して五輪本番に臨んだのだ。そして準決勝で予想もしなかった3分台(3分59秒19)を出し、決勝でも8位に入賞した。標準記録を破ることが世界と戦う前提になる。それを田中が見せてくれた。
 その点萩谷は、5000mですでに世界陸上オレゴンの標準記録(15分10秒00)を突破している。それでも東京五輪の結果でスタミナアップの必要性を感じ、そのための練習をしている中でも1500mのスピードを確認できた。
 東京五輪の卜部と萩谷は種目こそ違ったが、自己新で走っても予選を通過できなかったことが共通点だった。田中や廣中がオリンピックという舞台で3~4本走り、日本記録を出す様子を見て感じるものがあった。それを東京五輪の次のレースで生かした結果が、全日本実業団陸上の1500mで現れた。
 五輪後にここまでのレースが見られたことに正直驚かされたし、2人はさらに成長していくと確信した。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

【全日本実業団陸上】
25日26日をYouTube TBS陸上ちゃんねるでライブ配信



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