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3位以内を確定させた五島莉乃の積極的な走り

【日本選手権10000mレビュー②五島莉乃&萩谷楓】
積極レースを展開した五島が3位で世界陸上代表内定
5000m東京五輪代表だった萩谷は今後を期待させる2位

 廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ・21)が31分30秒34で優勝し、7月の世界陸上オレゴン代表を内定させた日本選手権10000m(5月7日。東京国立競技場)。3位(31分58秒97)の五島莉乃(資生堂・24)もすでに世界陸上参加標準記録(31分25秒00)を破っているため、オレゴン代表入りが内定した。2位(31分35秒67)の萩谷楓(エディオン・21)も今後、標準記録を突破すれば代表入りすることができる。初の代表入りに挑戦した五島と、初の10000mレース出場だった萩谷。2人にとって大きな意味を持つ日本選手権になった。

●3位以内を確定させた五島の積極的な走り

 五島莉乃が標準記録突破&日本選手権3位以内という条件をクリアし、世界陸上代表に内定した。笑顔を見せたが、取材に答えていると時折り複雑な表情になった。
「走るからには優勝したいと思っていましたが、自分らしく積極的に前に出て走るレースができました。その点はよかったのですが、前の2人は遠かったです。そこを縮める努力をしながら、世界と戦うために進化しないといけないと強く思いました」
 代表入りという結果と、世界と戦うための課題。2つの点がはっきりしたレースになった。
 五島はスタート直後から先頭に立つと、1000mを3分07秒、2000mを6分15秒(3分08秒)と予定のペースを刻んだが、3000mは9分24秒(3分09秒)、4000mは12分37秒(3分13秒)と徐々にペースが落ちていた。
 順位のつかないオープン参加のカマウ・タビタ・ジェリ(三井住友海上・21)が4400mから抜け出し、先頭集団は五島、矢田みくに(デンソー・22)、廣中、萩谷の4人に。5000mは15分50秒(3分13秒)、6000mは19分03秒(3分13秒)、7000mは22分18秒(3分15秒)の通過。
 7000mで優勝した廣中が大きくペースアップすると、五島はつくことができなかった。廣中と萩谷の東京五輪代表コンビは8000mが25分22秒で、ペースを3分04秒に上げていた。
 廣中と萩谷に後ろにつかれている間、五島はどう感じながら走っていたのか。
「2人ともラストスパートがある選手です。最後まで私が引っ張る形になったらラストで差されると考えていましたが、それでも積極的に前で走ることにこだわりました」
 ラスト勝負になる前に引き離すしか勝ち目はない。結果的に勝つことはできなかったが、先頭集団を3人に絞った時点で代表入りを確定させることができた。

●代表に挑戦した過程を世界陸上への挑戦に応用

 五島は1年前まで、学生時代にユニバーシアード(19年ナポリ大会)には出場していたが、10000mの自己記録は32分32秒95で代表レベルとはタイム差があった。
 しかし昨年11月のクイーンズ駅伝5区(10km)で、10000m日本記録保持者の新谷仁美(積水化学・34)に1秒差で区間賞を取ると、12月の10000mで31分10秒02(日本歴代8位)と標準記録を突破。1月の全国都道府県対抗女子駅伝1区(6km)では東京五輪1500m&5000m代表だった田中希実(豊田自動織機・22)に勝ち、2月の全日本実業団ハーフマラソンでは新谷と安藤友香(ワコール・28)の東京五輪10000m代表コンビに快勝した。
 五輪代表選手たちに3連勝したことを「ものすごい自信になったわけではありませんが、ステップアップにはなった」と話していた五島。徐々に代表を狙う気持ちが固まり、資生堂の岩水嘉孝監督によれば、行動の1つ1つが意識の高いものになってきたという。昨年前半まではケガの多い選手だったが、クイーンズ駅伝以降は故障をしなくなっている。
 だがそのための練習や行動は、楽なことではなかった。そのプロセスを経て代表をつかんだことが、世界と戦う上でどう生きるのか。
「正直、今日を迎えるまで不安だったり緊張だったり、初めて経験することばかりでした。代表をつかみ取りたいけど苦しいな、という部分もありました。チーム関係者や家族、応援してくれる方がたくさんいて、それに応えたい気持ちで頑張ってきました。今回初めて、世界陸上の切符をつかむ経験ができたことは大きいことでした。そこで経験したことを次は、世界で戦うためにコントロールして生かしていきたいと思います」
 3位ではあったが、五島の中では大きな壁を乗り越えた日本選手権だった。

●萩谷が初10000mで感じたもの

 女子10000mは標準記録突破者が5人の激戦種目だったが、マラソンにシフト中の安藤は出場を見送り、昨年12月に30分45秒21の日本歴代2位を出した不破聖衣来(拓大・19)は、故障からの回復が不十分のため欠場した。
 廣中、五島、小林成美(名城大・22)の3人が出場したが、「調子を合わせられず、ずっと体が重かった」という小林は2000m行かないうちに後退した。代わってレースを盛り上げたのが、小林とは長野東高時代の同級生だった萩谷で、今大会が初の10000m出場だった。
 最後の1周で廣中に引き離され31分35秒67の2位。標準記録に10秒届かず代表を逃したが、「色んなものを追い求めてしまうと失敗する傾向があるので、今日は自分の力を出し切る目標に絞りました」と、レース内容に悔いは持っていない。「(廣中)璃梨佳との5秒差は、10000mで5秒ですが、すごく大きな差です」と潔く負けを認めた。
 高校からエディオンに入社1年目は1500m中心に走り、19年の日本選手権は1500mで3位に入った。入社2年目の日本選手権は5000mで3位と距離を伸ばして結果を出し、3年目の昨年は5000mで東京五輪代表入り。予選を通過することはできなかったが、1学年上の田中や同学年の廣中らとともに、トラック長距離種目のトップ選手に仲間入りした。
 今回の10000mに初挑戦したのは「正直、世界陸上を狙うためではなく、記録を出しておけば今後、色んな大会に出場できるので」という理由だった。
 しかし2位に入ったことで、今後標準記録を破れば代表入りできる。すでに標準記録を破っている5000mの代表選考レースは6月第2週の日本選手権。そこで代表切符を得ることが優先されるが、6月22日のホクレンDistance Challenge20周年記念大会(北海道深川)では、日本陸連が主導して標準記録突破のためのレースが実施される。体調次第では2種目代表入りに挑戦するという。
 何より「10000mの面白さ」を感じられたことが、萩谷の心を刺激している。
「5000mは多少無理をしても12周半です。10000mは割と楽なんですが、これ以上上げたら最後まで脚が残らない(脚が止まってしまう)という気持ちとのせめぎあいになる。甘くないと思いますが、突き詰めていったら面白いと思うので、10000mも視野に入れてやっていきます。5000mと違うキツさをこれからも感じていきたい」
 1500mから距離を伸ばしてきた萩谷が、また1つ種目のレパートリーを広げようとしている。世界陸上がそこにどう関わっていくか、注目していきたい。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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