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遠藤が男子5000m快勝で世界陸上代表内定オレゴンでも期待ができる長期戦略

【日本選手権レビュー①】

7月の世界陸上オレゴン代表選考会を兼ねた第106回日本選手権。大会1日目が6月9日、大阪市のヤンマースタジアム長居で行われ、男子5000mでは遠藤日向(住友電工・23)が13分22秒13で2連勝。遠藤は世界陸上オレゴン参加標準記録の13分13秒50を突破済みで、このレースで日本選手権3位以内の条件もクリアして代表に内定した。オレゴンでの目標に、男子5000mでは世界陸上初の日本人選手決勝進出を掲げる。今回の日本選手権もそのプロセスの中で出場して、しっかりと結果を出した。世界陸上本番への期待を大きくしたレースだった。

●余裕を感じさせたレース

遠藤が明らかに、国内では1つ上の力であることを示したレースになった。
 残り2周(4200m)で松枝博輝(富士通・29)、オープン参加のギデオン・ロノ(GMOインターネットグループ)の3人の集団から前に出ると、4400mでは5mリード。最後の1周は、5月のゴールデンゲームズinのべおかで標準記録を切ったときほど速くなかったが、ホームストレート中央付近ではスタンドに右手を挙げてフィニッシュに向かった。
「どこでスパートをかけるか考えながら走っていました。松枝さんもラストが強いので、早めに引き離すことを考えていましたね。最後は安全にゴールしたい、とラスト2周で行きました。(優勝した昨年と比べても)なめてはいませんが、ハプニングなく普通に走れば勝てる自信はありました」
 1年前は日本選手権には勝ったが、東京五輪の標準記録を破れなかった。世界ランキングも出場人数枠に入るところまで上げられず、ずっと目標にしてきた東京五輪に出ることができずに終わった。
 遠藤自身は代表入りを逃した要因として、「20年の秋とその後の冬期練習期間にケガをして(ニューイヤー駅伝も欠場)、トレーニングを積めなかった。他の選手に比べてスタートが遅れたのが原因です。単純にトレーニング不足」ということを挙げた。
 昨年の日本選手権以降はそれまでの3シーズン、米国のバウワーマンTCでやってきたレベルの高い練習を、住友電工チームで行ってきた。ケアの部分などで国内の方が行き届く点がある。
「昨年は7月のホクレンDistance Challengeが終わってオフの期間を設け、ここ数年ケガでできなかった秋冬のトレーニングをしっかり行うことができたんです。12月に一度自己新(13分16秒40)を出し、その後も順調にトレーニングができ、(4月の金栗記念1500mで3分36秒69の日本歴代3位、5月の標準記録突破など)狙ったレースで結果を出すこととも噛み合ってきました」
 標準記録突破後も「順調にトレーニングができて自信を持って」日本選手権に臨むことができた。それでも2日前に大阪入りした後は、選考会特有のプレッシャーを感じていた。
 最後1周のホームストレートでスタンドに勝利をアピールしたのは、「後ろとの差が大丈夫だと確信できたので、うれしさが込み上げた」からだった。

●中長期プランをやり切る遠藤の力

スポーツ選手はある程度のレベルになれば必ず、中長期プランを考えるようになるが、それをやりきれる選手は少ない。故障など不測の事態が起きるからで、プランが崩れても立て直すことができれば活躍できる。
 遠藤は高校を卒業する際、世界で戦うことを考えて大学ではなく実業団を選択。17年に住友電工に入社した。海外チームでトレーニングを行うことも、当時から考えていた長期プランの1つだった。
 だがバウワーマンTCは世界トップレベルの選手が集まっているチーム。トレーニングはハードで、遠藤は何度も故障をしてしまう。故障は最後の100mを、1秒速く走るだけでしてしまうことがある。だが逆に、その1秒を続けることで力が飛躍的に伸びることもある。常にぎりぎりのところを攻めるトレーニングをするのがトップアスリートなのだ。
 故障が東京五輪を逃す要因になったが、この1年間は国内でトレーニングを行い、「バウワーマンTCの成果がやっと今、現れ始めている」と渡辺監督は言う。
 そして東京五輪を逃した遠藤にとって、世界陸上代表入りは悲願でもあったが、代表入りをすることは通過点と位置づけた。トレーニングも改めて長期プランで進め、その成果が日本選手権1カ月前に標準記録を切ることに現れた。
「3、4月はすごく質の高い練習になって、僕自身、できるかわからないような練習を組み立ててやってきました」
 標準記録の13分13秒50は日本歴代5位に相当するタイムで、そう簡単に破れるものではない。3人以上破る可能性は低く、日本選手権前に破っておけば、代表入りはほぼ確定する。それが遠藤の日本選手権レース中の余裕にも現れたが、トレーニングも標準記録破った時点で、世界陸上本番を考えて組み始めることができた。
「日本選手権まではいったん、つなぎのトレーニングというイメージやってきました。しかしここからまた一段、調整期の中で一番キツい練習をしていきます。その練習を予定通りに消化できれば、世界陸上でも勝負できるのかな、と思っています」
 故障のリスクが上がるが、日本選手は練習で追い込まないことには世界に追いつかない。バウワーマンTCでは故障を完全に回避することはできなかったが、その過程で学んだことがあるから、自身でトレーニングをコントロールできるようになったこの1年は、故障を回避できている。そこが遠藤に期待できる一番大きなところだ。
 1983年に始まった世界陸上で、日本選手はまだ一度も男子5000mでは決勝に進んだことがない。「そこを目指して頑張ります。出場して終わりではありません」と遠藤。高校を卒業して世界への近道と実業団入りしたが、その近道には故障という障害物が存在した。それを回避できる術を、東京五輪には間に合わなかったが、入社5年目で身につけた。
 長期プランをやりきる力が、遠藤が世界陸上で期待できる理由である。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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