見出し画像

【輪島競歩レビュー②】

世界陸上オレゴンで複数メダルが狙える競歩陣
輪島で東京五輪20km銀メダルの池田、女子20kmの藤井らが代表入り

輪島では川野将虎(旭化成)と園田世玲奈(NTN)が世界陸上オレゴン代表に内定した男女の日本選手権35km競歩だけでなく、特別レースとして男女の20km競歩も行われた。世界陸上代表選考会である3月の世界競歩チーム選手権(オマーン・マスカット)が低差の大きいコースで、なおかつ暑熱環境下で行われ記録が望めない条件だったからだ。
 その結果男子では池田向希(旭化成)、女子では藤井菜々子(エディオン)と岡田久美子(富士通)の3人が派遣設定記録を破って代表に内定した。
 また、4月26日に陸連から男子35km競歩の松永大介(富士通)と野田明宏(自衛隊体育学校)の代表入りも発表された。松永は派遣設定記録を破って輪島2位、野田も派遣設定記録を破って輪島3位に入っていた。また松永が20km競歩代表を辞退したため、2月の日本選手権2位で世界陸上参加標準記録を破っている住所大翔(順大)が20km競歩代表に選出された。

輪島大会成績と世界陸上オレゴン代表
<男子>
▼35km競歩
1)2時間26分40秒 川野将虎(旭化成)
2)2時間27分09秒 松永大介(富士通)
3)2時間27分18秒 野田明宏(自衛隊体育学校)
※男子50km競歩は鈴木雄介(富士通)もワイルドカード(前回優勝者)で出場資格を持つ
▼特別レース20km競歩
1)1時間18分53秒 池田向希(旭化成)
2)1時間19分16秒 高橋英輝(富士通)=2月の日本選手権20km競歩優勝と派遣設定記録突破で代表内定済み
※男子20km競歩は全日本競歩能美優勝の松永が代表を辞退し、日本選手権2位の住所大翔(順大)が代表に入り。山西利和(愛知製鋼)もワイルドカード(前回優勝者)で出場資格を持つ
<女子>
▼35km競歩
1)2時間45分48秒 園田世玲奈(NTN)
▼特別レース20km競歩
1)1時間29分29秒 藤井菜々子(エディオン)
2)1時間29分31秒 岡田久美子(富士通)

●池田は「満足することなく高みを」

輪島の特別レース男子20km競歩は、13km手前で池田が高橋英輝(富士通)を突き放して1位。派遣設定記録の1時間20分00秒を突破し、世界陸上オレゴン大会代表に内定した。
 池田は19年の世界陸上ドーハで6位に入賞すると、21年東京五輪では銀メダル。東京五輪陸上競技の最高順位をとり、日本陸連のアスリート・オブ・ザ・イヤー2021にも選出された。
 それでも池田は自身の戦績に決して満足しない。輪島のレース後に「満足してしまったらそこで終わってしまいます。決して満足することなく高みを目指していきます」とコメント。
 オレゴンの目標を金メダルとは明言しなかったが、目指すは頂点しかない。
 輪島で派遣設定記録を破らなければ代表入りはできなかった。そこだけを見たらプレッシャーのかかる状況だったが、「練習内容から、そこは大丈夫だと思っていました」と池田。それも「本当に合わせるというより練習の一環」という調整の仕方だった。日本の男子20km競歩はそれができる実力をつけている。
 課題は、東京五輪の終盤で金メダルのM・スタノ(イタリア)、銅メダルの山西と激しく競り合ったときに警告や注意を出されたこと。今大会では13kmから単独歩となったため、1人になってからのペース維持や、スピードが切り換えられるかを試みた。ペースは16km以降で1km4分以上に落ちてしまい、「ラスト、もう一段階ギアを上げられないと」と反省が口に出る。
 ただ、歩型の乱れは注意が1回だけと、まったくと言っていいくらい生じなかった。オレゴンに向けて順調な部分と、確認できなかった部分が残った。

●30歳・岡田の再スタート

女子20km競歩は藤井と岡田の2人だけの参加。スタートからフィニッシュにまで一緒に歩いた。国内大会でも、世界陸上ドーハ大会でも見られた光景だが、いつもと違ったのは2人とも勝負を意識せず、派遣設定記録だけを狙って歩いたこと。
 1時間30分00秒の派遣設定記録は1km平均4分30秒になる。2人は多少の振れ幅はあったものの、ほとんど4分27~29秒で歩き、最後の5kmは4分27秒から4分25秒へと上げていき、最後の1kmを藤井は4分23秒、岡田は4分25秒に上げてフィニッシュした。「藤井さんと2人だったので、派遣設定記録のペースが刻みやすかったです」(岡田)
 岡田は昨年、立大卒業後ずっと在籍していたチームを離れ、今年4月から富士通所属になった。これまでも競歩指導者や先輩選手からアドバイスを受けてきたが、最終的には自身が練習全体のマネジメントを行ってきた。
 だが今は今村文男コーチがメニューを立案している。今村コーチは日本陸連競歩強化のトップの人物だ(強化委員会競歩担当シニアディレクター)。富士通の森岡紘一朗コーチは11年世界陸上5位、12年ロンドン五輪7位と50km競歩で入賞経験がある。
「以前は練習で追い込むべきか抑えるべきか、自分だけの判断で行っていました。今は専門性の高いコーチに客観的に見てもらえます。自分の殻を破るチャンスであり、最後のノビシロの部分です。(東京五輪後に)30歳を過ぎた私にはありがたいですね」
 19年世界陸上ドーハでは6位入賞を果たしたが、東京五輪は15位に終わった。ただ、入賞ラインは頑張れば手が届くと感じ、32歳で迎えるパリ五輪を目指すことを決めた。夫でもある森岡コーチの励ましも力になっているという。その再スタートが世界陸上オレゴンになる。
「東京五輪が終わって私の環境が、結婚もして大きく変わりました。そのなかでもう一度、世界と戦いたいという気持ちになったんです。オレゴンは入賞をターゲットに戦います」
 8学年下の藤井との関係も、以前は絶対に負けない気持ちで自身を奮い立たせる存在と位置づけていた。だが今は、完全に対等なライバルとして高め合って行く雰囲気がある。輪島でフィニッシュした直後に抱擁し合う2人から、そんな印象を受けた。

●藤井の“初めてのレース”

藤井はレース後の会見で「今回は色んな意味で初めての体験。自分にとって良いレースができたのかな」と話した。
 初めてだったことの1つは、記録だけを狙って歩いたこと。05年の世界陸上ヘルシンキ大会の男子10000m選考で、日本選手権に優勝した三津谷祐(トヨタ自動車九州)が、やはり記録だけを狙ってレースをしたことがあった。だが今の競歩は世界レベルで、選考会以前に記録的な条件はクリアしていることが多かった。今回は世界で戦うために派遣設定記録を高いレベルに設定していること、ロードを使った競歩大会が多く開催できないことから起きたことだろう。
 2つめは最初から岡田の前を歩いたことだ。藤井は昨年の日本選手権で優勝するまで、岡田に勝ったことはなかった。競歩を始めた高校の頃、岡田はすでに日本代表で日頃の言動も尊敬できる選手で、憧れであり背中を追いかける存在だった。
「記録を狙うので今までと違うレースをしようと思いましたし、最初から先頭に出るレースも初めてしました」
 記録を狙うレースだったことが直接的なきっかけだが、岡田との関係もこれまでのように背中を追うのでなく、一緒に高め合うような意識があったのだろう。藤井にとっても新たなスタートだった。
              ◇
 4月26日に代表発表をした日本陸連の今村シニアディレクターは、世界陸上オレゴンの目標を「今後の合宿などで選手たちと共有していく」とした上で、“期待感”を次のように話した。
「ベースとなるのは(男子の20kmと50kmで金メダル2個を取り、女子20kmで2人が入賞した)19年世界陸上ドーハの成績です。女子20kmはオレゴンもダブル入賞の期待を持っています。一番チャンスがあるのは35kmという気持ちもありますが、20kmも世界競歩チーム選手権のようにワンツーの期待もできます」
 そして女子35km競歩の、園田世玲奈(NTN)が輪島で優勝したときの2時間45分48秒は、4月26日時点で今季世界9位。入賞争いは期待できる。
 オレゴンでも日本競歩陣は複数メダルを獲得する可能性が高い。完全に日本のお家芸へと成長した種目である。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?