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【全日本実業団陸上最終日②】

東京五輪代表の“ダブル青木”が2種目で快走
来年の世界陸上オレゴンへの期待が大きくなった選手たち

 全日本実業団陸上最終日(9月26日。大阪ヤンマースタジアム長居)は、東京五輪代表の“2人の青木”がそろって、今大会2つめの種目で活躍した。女子100mハードル代表だった青木益未(七十七銀行)は、前日の100mに続き本職種目でも13秒34(-0.5)で優勝。女子では今大会唯一の2冠を達成した。男子3000m障害代表だった青木涼真(Honda)は、前日の1500m3位(日本人2位)に続き5000mで13分21秒81の大会新で2位(日本人1位)。東京五輪からさらに成長していることをアピールした。
 東京五輪代表には届かなかったが、今大会の優勝で存在感を示した選手も多い。男子400mハードルの豊田将樹(富士通)らが、来年の世界陸上オレゴンに向けて再始動した。

●女子の青木は2冠。ハードルのための走り方で100m自己新

 女子100mハードルは青木益未が絶対本命だった。自己記録が同じ12秒87(=日本記録)で、ともに東京五輪代表だった寺田明日香(ジャパンクリエイト)は前日の100mだけに絞った(B決勝に進んだが欠場)。その100mで、本職のスプリンターたちを抑えて優勝したのが青木だった。それも11秒60(-0.1)の自己新だったから、100mハードルでも自己新(=日本新)が期待できた。
 しかし、13秒34(-0.5)で優勝は果たしたが、福部真子(日本建設工業)に0.01秒差と苦戦した。「疲れで体が動かず、記録もレース内容も良くありませんでした。2種目に勝ったことはうれしいのですが、もう27歳なので1試合で2種目に出るのはこれで最後にしたい」
 ハードルにも出場したのは、練習で意識して行っているスタートから1台目の動きを試したかったからだ。
「100mなら良いのですが、ハードルでもスタートで低く出過ぎて、1台目が近くなったりぶつけたりしています。寺田さんともそこで差がつくことが多いので、1、2歩目で体を立ててリズムを上げて行くアプローチに変えています。練習でできるときと、できないときの差が激しいので、試合でできるか試したのですが全然ダメでした」
 だが前日の100mでは「7年ぶりに自己ベストが出て、足が速くなっていることがわかってすごく良いレースでした」と好感触を得た。100m後半を、ストライドを大きくしてタイムを出そうとすると、ハードル間を刻む動きに結びつかない。青木は「120mや150mの練習でリーチアウトしない走りを意識している」という。今大会の100mはその走りで自己新を出していた。
 100mハードルは1台目へのアプローチで失敗してしまったので、トップスピードも低かった。100mのスピードを生かすことはできなかったが、来季には必ず結びつく。自己記録を更新できれば、12秒84の世界陸上オレゴン標準記録も手が届く。東京五輪のように世界ランキングで出場資格を得るより、本番で戦える可能性が大きくなるはずだ。

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●男子の青木は5000m最速の3000m障害選手に

 男子5000mはアフリカ勢の集団に小袖英人(Honda)、青木涼真、清水歓太(SUBARU)らも加わり、青木が13分21秒81の大会新で2位に食い込んだ。
「1500mと同じように順位を意識したレースをしました。外国勢の争いに加わればタイムも狙えると思っていましたが、良い位置で走ることができたと思います。大会記録(13分22秒60)は法大の先輩の坂東(悠汰・富士通)さんが昨年出したタイムですが、ラスト1周に入るときに“これはイケる”と思って、タイムも順位も意識して走りました」
 青木の自己記録は13分32秒31。6月の日本選手権では本職の3000m障害で8分20秒70(3位)と五輪標準記録を突破し、2週間後のホクレンDistance Challenge網走大会1500mで3分43秒08の自己新、その4日後のホクレン北見大会で5000mの自己新を出していた。
 東京五輪は予選通過ができなかったが、国内レースとは勝手が違う国際大会で、8分24秒82のセカンド記録で走っている。力が出せなかったわけではない。そして全日本実業団陸上は1500mで3分40秒94(3位。日本人2位)の自己新、5000mでも自己新と、さらに成長していることを示した。
 五輪後はどんな部分を意識して強化しているのだろうか。女子の青木がスプリントなら、男子の青木は「海外選手と自分を比べ、一歩一歩の力強さ、精度が違うこと」に着目し始めた。ひざや足首の「関節がゆるい」ことで、大学時代は故障も多かった。走りの精度が落ちれば色々な局面で動きにブレが生じる。「ブレが多いと長距離では5秒とかの違いになります。そういったロスをなくし、反発をもらえるトレーニングをしています。今大会の1500m、5000mでラストも動けたのは、一歩の精度を意識していたからです」
 3000m障害の具体的なタイムには言及しなかったが、「精度が上がり、基礎走力が上がれば自ずと上がってくる」と考えている。
 青木は今回の記録で、8分30秒未満の3000m障害選手のなかで5000mの最高記録保持者になった。昨年までは元日本記録保持者の新宅雅也が13分24秒69でトップだったが、今年4月にリオ五輪3000m障害代表だった塩尻和也(富士通)が13分22秒80で走り、それを今回青木が上回った。
 新宅は3000m障害で80年モスクワ五輪(日本はボイコット)、10000mで84年ロス五輪、マラソンで88年ソウル五輪代表になったスーパーマルチランナー。5000mは当時の日本記録で、80年代の記録という点を考えれば、青木も塩尻も手放しでは喜べない。
 東京五輪3000m障害メダリストも調べてみたが、金メダルのS・エルバカリ(モロッコ)が13分10秒60で、銀メダルのL・ギルマ(エチオピア)と銅メダルのB・キゲン(ケニア)は5000mの記録がない。4位のG・ウォレ(エチオピア)が12分53秒28だった。
 エルバカリの5000mは室内で出した記録である。5000mに集中しなくても13分10秒前後の記録を出しておくことが、五輪&世界陸上で戦うためには必要になりそうだ。いきなりそのレベルに達するのは難しいが、今回の2種目自己新で青木にも、来年の世界陸上オレゴンでの決勝進出の期待が高まった。

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●400mハードル豊田は「この冬は自分に必要なことを自分で考えたい」

 全日本実業団陸上の優勝者の何人かは、世界陸上オレゴン大会で期待できるパフォーマンスを見せた。
 男子400mハードルの豊田将樹(富士通)もその1人だ。優勝記録は49秒75で、今年5月に出した48秒87の自己記録との差があり、自身も「もの足りない」と認めている。だが、予選と決勝の間隔が3時間もなく豊田にとっては苦手とする状況だったが、岸本鷹幸(富士通)、松下祐樹(ミズノ)、舘野哲也(GSAC)、野澤啓佑(ミズノ)とロンドンとリオの五輪代表たちを相手に勝ちきった。
 豊田は19年に急成長し世界陸上ドーハ大会では準決勝に進んだ。だが昨年、今年と国内大会でも安定した強さがなかった。今季は東京五輪標準記録も破っていたが、日本選手権で5位と敗れ五輪代表を逃した。
「このままではダメだと思い、自分の課題を紙に書き出しました。脚が流れる(キックした脚の素早い引き戻しができない)こととか、どうやったら改善していけるかを1つ1つ書き出して考えました。一朝一夕で上手くできるようになるわけではないので、この冬にじっくり作っていきます」
 紙に書き出す行動は、自分で判断していく決意の表れでもあったのだろう。
 昨年から今年にかけての冬期練習ではウエイトトレーニングを、法大の先輩で110mハードル前日本記録保持者の金井大旺(ミズノ)と一緒に行った。今季限りで引退を決めていた金井は、「最後だからやれた」というくらいに追い込んで練習し、4月に日本人初の13秒1台を出した(6月に順大の泉谷駿介が更新)。
 豊田は「本当はまだ引退してほしくなかった。もっと学びたいことが、聞きたいことがあった」と残念がる。その一方で「金井さんのウエイトは金井さんの課題であって、僕の課題じゃなかった。この冬は自分に必要なことを自分で考えたい」と、誰かに頼る姿勢を変えようとしている。
 自身が主体的に取り組んだことで身につけた強さは、安定して力を発揮することにつながる。ドーハの準決勝は2組で最下位の8位だったが、ひと冬超えた豊田は世界陸上の準決勝を戦う力を付けているはずだ。

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TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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