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"頑固爺さん"サンダース氏 躍進のワケ

去年の秋頃は、もう終わった候補だと考えていた。

78歳のバーニー・サンダース上院議員。去年10月に心筋梗塞で倒れて入院。回復したとしても、その老体では、広大な国土を駆け回る、激しい選挙戦には耐えられないと有権者も考えるだろうと。

ところが、1月の米CNNの世論調査で、サンダース氏は、先頭を走ってきたバイデン前副大統領を初めて抜き、首位に躍り出たのだ。サンダース氏の支持率は、去年10月より11ポイント増えて27%となった。明らかに勢いを増している。

何がこの躍進を作り出しているのか?振り返れば、心筋梗塞の入院から選挙活動に戻るサンダース氏の「復帰集会」に、その兆しがあった。

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良く晴れた土曜日の昼だった。
ニューヨークのマンハッタン島から川を渡ったクイーンズ。最寄り駅の地下鉄ホームは、人で埋め尽くされていた。地上に出ると会場の公園へと人波が見える。15分ほどで公園の入り口が見えたが、誘導員が列に並べと言う。こうした集会では、通常、取材者用に特別の入場口が設けられる。今回は、直接、支持者の雰囲気を感じるために、一般の人々と同じ列を選んだ。
その列があまりに長い。4、5キロメートルにわたっていた。列には、カジュアルな服装の若者達から中高年の夫婦、家族連れもいる。人種も多様だ。なかには、サンダース氏の顔が印刷されたシャツを着た人も…。うんざりするような長い行列にも関わらず、なぜか表情は楽しそうだ。並んでいる途中、大きな歓声が上がった。黒い大型車から出てきた巨漢、あのマイケル・ムーア監督だった。監督は、アメリカの銃社会や医療問題などに斬り込む作品を発表、反トランプの立場を鮮明にし、以前から、サンダース支持を表明している。

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「目を覚ませ!目を覚ませ!」

今度は、長い行列にトランプ大統領支持者のグループが近寄ってきた。新スローガン「KEEP AMERICA GREAT!(=アメリカを偉大なままに)」を記した旗を持って、民主党やサンダース氏を批判する罵声を浴びせる。衝突につながるかとも思ったが、意外にもサンダース支持者たちは静観していた。

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そして、待つこと2時間近く…。ようやく集会場の公園の中に入ることができた。すでに誰かが演説しているが、ステージが全く見えない。人々の間を縫うように前に出ると、遠い先に小さく演台が見えた。集まった支持者たちは応援演説に集中し、時折、大きな声を出して反応する。確かな熱気を感じる。それが最高潮に達したのは、サンダースの48歳年下、「AOC」登場の瞬間だった。

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「労働者階級の革命をアメリカに!」 
絶叫調の甲高い声が響く。それに合わせて歓声と拍手が止まない。細く小さな身体に躍動感が漲る。

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「AOC」こと、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏、30歳。

一年ほど前に、史上最年少の連邦下院議員に選出され、一躍、「民主党のスター」になった。リベラルの若者達に絶大な影響力があるとされる。大統領選の指名争いで、彼女がどの候補を支持するのか注目されていたが、この日、正式にサンダース支持を表明したのだ。

「私は、バーニー・サンダースという名前を聞いて初めて、ヘルスケアや住宅、教育、賃金に値する、人間としての固有の価値を問い、主張し、認識し始めることができたのです」 

彼女の演説を聴くのは、これが二度目だったが、何が人々を魅了するのか、じっくり耳を傾けてみた。この日の演説は、こんな身の上話から始まった。 

「去年、去年(2018年)の2月です、私はマンハッタンのダウンタウンで、ウエイトレスとして働いていました。不法滞在の労働者たちと一緒に、です。彼らは、最低限の賃金を貰うために、より懸命に、頑張って働いていました。私は1日12時間、きちんとした休憩無しに立って働いていました。医療保険もありませんでした。生計を立てるだけの賃金はもらえませんでした。そして、私は、自分が何も価値がない、とまで思っていたのです。なぜなら、ここにいる、そして、この国のあらゆる場所にいる労働者たちに、よくある話だからです」

さらに続く。母がプエルトリコ生まれで、家族は、ベッドルームが1つしかない、ニューヨーク市でも移民、低所得者層が多いとされるブロンクスのアパートで、床にマットレスを敷いて暮らしたこと。ここから、「アメリカン・ドリーム」が始まったこと。ブロンクスでは、教育の不平等に直面したこと。18歳の時に父が癌で亡くなったこと、教育ローンを抱えていたこと…。 

「あなたたちが、人間として生まれ持っている意義や価値が、他の誰かが充分支払わない収入に依存してしまっているのです。しかし、私たちがここにいるのは、こうした状況を根本的に変えるためなのです」

張りのある声で、リズムよく、心に届きやすいフレーズを繰り出す。だが、彼女の“演説のうまさ”ばかりが、聴衆を魅了しているとも思えない。
議員になる前のAOCが置かれていた境遇こそが、多くの市民が直面する、アメリカ社会の問題そのものなのだ。演説から、その課題を抽出すれば、医療保険、最低賃金、教育不平等、住宅問題、教育ローン、移民問題などが挙げられる。アメリカは「世界一の豊かな国」のはずだが、こうした問題は、これまでも指摘されながら改善しておらず、むしろ悪化しているものも多い。例えば経済格差は、最新の統計によればアメリカの上位1%が保有する家計資産が、全体の32%を占めるまでになっている。
群衆の間に立って演説を聴きながら、周りを見渡すと、目に入ったのは、彼女の言葉に聞き入り、うなずき、歓声を上げる若者たちだった。
そして、自らの境遇を支持者と重ね合わせながら訴える。

「これは、私だけの問題ではないと知っています。私たち全員の物語なのです。企業の利益を第一にする制度や政治の考え方を根本的に変えなければならないのです」

 サンダース氏も、こう強調した。
「私は、米大統領に就任する準備ができています。企業エリートやその弁解者たちの強欲や腐敗と闘う準備も以前より整っています」

AOCが「根本的」と言っているのは、「労働者階級による革命」だ。サンダース氏も「民主社会主義者」を堂々と名乗る。政策は、大統領を目指す民主党候補者のなかで、最も急進的だ。公的な国民皆保険制度の創設、教育ローンの全額免除、富裕層への増税、公立大学の授業料無償化などを掲げる。
「妥協を最も嫌う男」と形容されるサンダース氏。

こうした政策が、実現可能かどうかもわからず、また党を二分するのがわかっていても、"頑固爺さん"は譲らない。既得権益層を否定し、徹底的に庶民の側に立った主張を続けている。民主党支持者のなかでも、民主党が「金持ち、エリートの党」に変わってしまったという批判がある。だからこそ、サンダース氏とAOCの、こうした姿勢が、格差社会に強い不満を持つ人々から、熱狂的な支持を得る要因になっている。

復帰集会の後、サンダース氏は、同じ左派のウォーレン上院議員の支持率下落と反比例するかのように、徐々に支持率を回復させた。AOCは、サンダース支持を訴えて、各地を回り続けている。年が明けてから支持率はさらに上昇を続け、一部調査で、ついにバイデン氏を抜いたのだった。
だが、左派のなかでも、「最左派」のサンダース氏が躍進しているのは、民主党内の「中道派」と「左派」との間の"深い溝"を浮き彫りにしているとも言える。オバマ前大統領も「この国は革命よりも改善を求めている」と極端な左寄りに振れる候補者たちに警鐘を鳴らしているが、「過激な主張」だからこそ、サンダース氏に左派の支持が集まるというジレンマに陥っている。

民主党は、7月の全国党大会までに、この溝を埋めることができるのだろうか。

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ニューヨーク支局長 萩原 豊 

社会部、「報道特集」、「筑紫哲也NEWS23」、ロンドン支局長、社会部デスク、「NEWS23」編集長、外信部デスクなどを経て現職。アフリカなど海外40ヵ国以上を取材。