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前なんて向くな、上なんて向くな

どうにも「前向き」な人や「上向き」な世界が苦手でいけない。

「終わったことばかり考えててないで、前を向こうよ」

とか

「俯いてばかりいないで、上を向いて歩こうよ」

みたいなこと言う人思いのほか多いけど、いつも心の中で中指を立てている。

私が「前なんて向くな」と自分に言い聞かすのは、過去や歴史に学ぶことで未来を的確に予測できる、みたいな話では全然なくて、

ただ「未来は背後にある」と思っているからで、

また私が「上なんて向くな」としばしば呟くのは、雨上がりの水溜まりに映った虹は上を向いてては見えない、みたいな話でも全然なくて、

ただ「宇宙は足元にある」と思っているからだ。

「向くな」と書いているのはまあ挑発的なレトリックで、実際は前を向かないと前方の壁に激突するし、上を向かないとぽっかり上ったお月様は見えないわけだけど、「前」や「上」ばかりに目を奪われているせいで、見えなくなって、見えないせいで、「なかったこと」になる、そういうことは多くて、その「なかったこと」にこそ私は目を凝らしたい。

時間と空間と感情を、あえてごっちゃにして書いている。

「前向き」なんていうと一見ポジティブだけど、本当は「後ろ暗い」から仕方なく「前」を向いているだけかもしれないし、「上向き」なんていうと一見景気が良さそうだけど、本当はグズグズの足元から目を逸らしたいから「上」を向いているだけかもしれない。

丸い地球では「後ろ」を向くことが回り回って「正面」を見ることになるように、丸い時間では「過去」を振り返ることが回り回って「未来」を見ることになるような気がしてならない。

そして「上」を向いて空や星を見上げるより、「下」を向いてイトと手を繋いだり、タケノコを掘り当てたり、孵化したばかりのカメを見つけたりする方が、身近な宇宙と手近な永遠を感じられたりする。

人類の眼は「前」を見るようにデザインされているし、眠ろうと仰向けになれば嫌でも「上」に目がいく。だから「向くな」なんて強めに言ったところで勝手に目に入るわけで、どうしたって「後ろ」と「下」はグレーアウトしがちだ。

でも死角にこそ、死界にこそ、目を凝らしたい。

丸い時間や地球や宇宙を回り回るには、どうしたって死界に目を向けざるを得ない。せっかく生まれたのだから、丸い時間や地球や宇宙を、回り回りたい。

「前なんて向くな」
「前向きな人」に会うのに
前向きになれない
前屈み過ぎて
首を腰を痛めた
前に倣え 前に進め
前向け 前見ろ 
前前前…
うるせえな お前
前なんて向くな
後ろを向いて
太古の足跡を思え
前なんて向くな
後ろを向いて
父なる風を待て
「上向き」な世界
気づけば足元は
ぐずぐず
上を向き過ぎて
首と腰を痛めた
上を目指せ 上には上
上役 上様
上上上…
ウエ〜ッてなる
上なんて向くな
下を向いて
望みの石を拾え
上なんて向くな
下を向いて
母なる土と繋がれ




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