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長編連載小説 Huggers(25)

小倉は、裕子のホルダーを降りたいと申し出る。

小倉 4

「ホルダーを降りたいんです」
 小倉が言うと、zoom画面の向こうの永野はすわっていたオフィスの椅子の背もたれに背中を預けて深い吐息をついた。
「それは、西野さんのホルダーから外れたいということですか。それとも、ホルダー自体をやめたいということでしょうか」
「西野さん以外を支えることは、考えられません」
「ではホルダーをやめたいと」
「ええ」
「理由を聞いてもかまいませんか?」
「ここのところ体調が悪くて。zoomで話すのもきついんです」
「例の不安の症状ですか。だいぶ落ち着いてきたということでしたが」
 小倉は唇をかんだ。「すみません」
「わかりました。それでは、西野さんのホルダーとしてはそのままで、メインコーディネーターだけ外れていただくというのはどうでしょう。幸い、サブのキンモクセイさんは社交的な方ですし、以前からコーディネーターをやってみたいとおっしゃってます。折を見て新しいハガーのコーディネーターになってほしいと考えていたところなんです。このへんで、西野さんのメインとして、キンモクセイさんに経験を積んでもらうというのは悪い考えではないと思いますが」
 キンモクセイがメインをやりたがっているというのは初耳だった。
「ありがたいです。彼女なら安心して西野さんを任せられます。僕がホルダーをやめても」
「待ってください。そう簡単にはいかないんです」
「というと?」
「西野さんと小倉さんは、特別な人なんです。私達にとって」
「西野さんはわかりますけど、なぜ僕が?」
「西野さんが特別なら、小倉さんもです。お二人ともあまり自覚されていないようですがね。ハガーとホルダーは、人間として一番深いところでつながっているんです。ある意味、肉体の結びつきよりも強く」
小倉はドキッとして思わず永野の顔を見たが、彼の表情はいたって真面目で、特別な含みはないようだった。
「アメリカでホルダーの制度ができた最初のころは、ハガーとホルダーが恋愛関係になって、結果的にハガーがやめなければならなくなるというような事態を危惧して、定期的にハガーとホルダーの組み合わせをシャッフルしていたそうです」
「それで、実際にたくさんのカップルが生まれたんですか?」
永野は首を振った。
「いや、不思議なことに、ハガーとホルダーがそうした関係になる確率は、一般の人が職場内でそうなる確率よりも、はるかに低いそうです。まったくないわけではないようですが」
「へえ。どうしてでしょうね」
「わかりません。本質的な部分で純粋に結びついてしまうので、恋愛のような、負荷の多い感情が入り込む余地はなくなってしまうのかもしれませんね」
「負荷の多い感情、ですか」
「とにかく、西野さんと小倉さんの組み合わせは、そう簡単に変えられるようなものじゃないってことです。本部の指示で決めたことですから」
「そうなんですか?」小倉は驚いて言った。
「てっきり、デレクや永野さんたちが決めたのかと」
「いえ、本部の代表が一人で決めています。メインだけでなく、ほかのホルダーも、全部。どうやって決めるのかは聞かないでください。私だって知らないんですから。ただ、近い振動数の人たちを組み合わせるらしいです」
「代表って、どんな方ですか」ふと好奇心を感じて、小倉は言った。
「アメリカ人でしたよね。やっぱりハガーなんでしょうか。それともアウェイクンド?」
「知りたいですか」永野はにやっとした。
「とてもパワフルなハガーだと言われています。でも私も会ったことがないんです。性別も年齢も、教えてもらえません」
「デレクは?」
「よく知っているようです。ですが」永野は肩をすくめた。
「その話になると、いつも話をそらしたり、茶化したり。あいつはアウェイクンドの癖に底意地の悪い男です」
本気でくやしがっているような言い方に、思わずくすっと笑いがもれる。それを待っていたように永野が「小倉さん」と言った。
「実は西野さんには、沖本さんの後任をお願いしたいと思っているんです」

(つづく)


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