街の大事な桜が抜かれた跡地に「seed」という会社がなにかをやろうとしている

サトシ:6月29日

アトリエの近所に広いコインパーキングがあって、その敷地と道路の境界あたりに、大きな桜の木が二本、通行人を見下ろすように生えていた。毎年春には、軽く圧倒されるくらいに桜の花が咲いて、通りすがりに住人たちは写真を撮っていたし、桜に面した道路に立って反対側を見ると、屋根の向こうに大きな銀杏の木も生えていて、コンクリートと砂利に覆われている住宅街のなかで、その二種類の樹は、四季の巡りを感じさせる大事な存在だった。まちの樹。みんなの樹だった。先月、コインパーキングが取り壊され、更地にする工事が気がつけば始まっていて、すこし心配だったのだけど、桜の木は敷地の際に生えているので、まさか抜かれたりはしないだろうと思っていた。だが抜かれた。というよりも、むしり取られていた。五本の赤い鉄のツメがアームの先についている重機が、桜の幹を、その途中から割り、えぐりとっていて。中身が白くむきだしにされていた。久しぶりに感じた。怒りの感情。純粋な怒りは無色透明であることを思い出した。通りすがりの人たちもみんな、うわあ…とか、え?…とか呟きながら写真を撮っていた。あるおばちゃんは「ひどいことするわねえ」「ミサイルが飛んできたのかと…ウクライナのこと思い出しちゃった」と言っていた。僕はえぐられた桜を絵に描いた。内田が工事のスタッフに頼んで大きな枝を一本もらってきてくれたので、二人でそれを細かく剪定し、20本くらい挿し木にした。発根促進剤も植木屋さんで買ってきて、土は赤玉土や鹿沼土や黒土でいろんなバリエーションをつくった。どれかに根が生えてくれれば、どこかに地植えして再生できるかもしれないと。

そんな桜をもぎたおした跡地で、ついに工事が始まった。仮囲いには看板が掲げられていて、会社名は大きく「seed」と書いてあった。ばかにしているのか。ここにどんな施設ができようと、絶対に利用しない。

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