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民事執行の予納金は仕入税額控除の対象か?

経費としての予納金

建物賃貸借の事案で、賃借人の賃料滞納を理由に賃貸人が賃貸借契約を解除する場合、賃借人の退去を実現しなければならない。
賃借人が任意に退去しない場合、賃貸人は、建物明渡訴訟を経た上で、「民事執行」という裁判所の手続によって権利を実現する必要がある。

いざ、建物明渡しの民事執行(強制執行)を申し立てると、裁判所から執行費用概算額の予納を求められる。予納の内容は具体的な事案によるが、主に執行官の手数料と家財の搬出・保管費用等に充てられ、執行完了時に精算し、残余金があれば申立人に還付される。
この申立人が納める予納金は、申立人の感覚からすると、権利実現のための経費であり、損金性はもちろん[※1]、消費税においても仕入税額控除できるはずだと思いたくなる(消費税法(以下「消費」)30条1項)。

果たして、民事執行の予納金は、仕入税額控除の対象となるのだろうか。

※1  建物収去土地明渡請求にかかる予納金等の必要経費性については、国税不服審判所令和元年9月20日裁決及び拙稿「貸地の建物収去費用と必要経費」参照。

民事執行手続の法律関係

仕入税額控除の適否を検討する上で、まず、前提となる関係者の法律関係を整理する。

建物明渡しの民事執行を実施するのは「執行官」という民事執行法等の法律に定められた職務を行う特殊な公務員である(民事執行法(以下「民執」)168条、執行官法(以下「執行」)1条)。
建物明渡しの強制執行の申立てを受けた執行官は、賃借人の占有を強制的・物理的に解き(物件内の家財を強制的に搬出等して)、対象物件を申立人に引き渡す(民執168条1項)。この家財の搬出作業等は執行官の職務であるが、実際に執行官が自ら行うことは困難なので、専門業者に搬出等の作業を依頼する。依頼を受けた業者は、執行官の補助者として執行事務の一部である家財の搬出作業等を行う(執行官規則12条参照)。

執行官は、職務の執行について「手数料」を受け、及び「職務の執行に要する費用」の支払又は償還を受ける(裁判所法62条4項、執行7条)。
手数料の金額は、法令で決められており(執行9条)、他方、職務の執行に要する費用は、種類によって定額又は実費の額とされている(執行11条)[※2]。家財搬出等の作業料金は後者に該当し、その金額は実費の額とされている。
そうすると、イメージ的には、執行官に支払う手数料は執行官の職務遂行の対価(執行官の報酬)であり、職務の執行に要する費用は職務遂行のための実費(事務処理費用)である。これらは、民事執行の申立てにあたり裁判所から概算額を予納するよう求められ(執行15条)、事件終了時に精算される。
そして、手数料及び職務の執行に要する費用は、(執行手続の関係では)申立人が支払義務を負うとされている(執行12条)[※3]。

※2 具体的な金額は、「執行官の手数料及び費用に関する規則」参照。
※3 そのため、補助者は執行官や裁判所に対して代金の直接請求権を持たないとも解することができる。もっとも、申立人が予納した場合、その限度で支払義務を免れる(執行15条4項)とされており、その場合は補助者は執行官に対する直接代金請求権を取得すると考える余地がある。

予納金の性質は多様

建物明渡しの民事執行を申し立てると、明渡手続にかかる執行官の手数料のほか、職務の執行に要する費用として家財搬出のための業者に支払う費用の予納が求められる。
しかし、一言で「予納金」と言っても、前述のように、「手数料」と「職務の執行に要する費用」は、その法的性質が異なる。そのため、予納金にかかる仕入税額控除の検討にあたっては、それぞれを分けて考える必要がある。

執行官の「手数料」

執行官の手数料は、申立てにかかる職務の遂行という役務の対価である。つまり、執行官の職務は、手数料を対価とする役務の提供である。
しかし、この執行官の手数料を対価とする役務の提供は、非課税とされている(消費6条、別表二(R5.10月改正法施行前は別表一)5号ハ)。そのため、申立人が執行官の手数料を支払っても、これは仕入税額控除の対象とはならない。

「職務の執行に要する費用」

前述のように、執行官は、手数料の他に、職務の執行に要する費用の支払いを受ける。
この点、執行官の手数料は、「職務の執行につき、手数料」を受けると規定され、職務執行と手数料の関連性が明記されている。
そして、執行官法がその手数料と職務の執行に要する費用を明確に区別しており、消費税法の非課税の規定が、「裁判所法第62条第4項……の手数料(注:執行官の手数料)を対価とする役務の提供」と手数料に限定した書きぶりとなっていることからすれば、執行官の職務執行(役務の提供)の対価となるのは「手数料」のみであると考えられる。つまり、「職務の執行に要する費用」は、執行官の職務の対価ではないと考えられる。

そうすると、同じ民事執行の申立てにかかる予納金であっても、手数料ではない「職務の執行に要する費用」は非課税規定の対象外であり、改めて仕入税額控除の対象となるのか否かを検討しなければならないこととなるはずである。

業者に支払う費用は仕入税額控除の対象か?

業者に支払う費用が執行官の事務の対価ではないとすると、これは家財の搬出作業等という業者が提供する役務の対価ということになろう。
消費税法において仕入税額控除の対象となるのは、事業者が国内において行う課税仕入れ(=事業者が、事業として他の者から資産の譲渡や役務の提供を受けること)であるから(消費30条、2条1項12号)、ここでは「申立人が業者から家財搬出作業等の役務の提供を受けたといえるか」が問題となる。

⑴ 課税仕入肯定説

民事執行における補助者の作業は、民事執行の目的を達成するために行われ、業者による家財搬出等の便益の効果は、建物明渡しを求める申立人が直接に享受するものであって、そのために法律によって当該費用の支払義務者とされているという考え方があり得る。
前述のように、業者は執行官の補助者という地位にあるが、執行官は自力救済の禁止される社会においては、法によって申立人に代わって権利を強制的に実現すべき地位にあり、いわば申立人の代理人的地位にあると考えられる。そうすると、業者の作業(役務の提供)は実質的には申立人に対して行われると評価できる、と解する余地があるかもしれない。

また、消費税分を含めた業者の費用は、法律によって申立人が負担するものとされており(執行12条)、現実的にも、職務の執行に要する費用は、執行官が予納金から随時支弁するものである。
つまり、執行官は業者への支払いを自身の必要経費として支弁するのではなく、申立人から預かった予納金から支払う、いわば預り金・立替金的な処理であると思われる[※4][※5]。
そうであるとすれば、この費用は、執行官において仕入税額控除の対象とはならないから、当該費用の負担者である申立人において仕入税額控除を認めるべきようにも思える。

※4 執行官法7条は、「執行官は、その職務の執行につき、手数料を受け、及び職務の執行に要する費用の支払又は償還を受ける」と規定するが、本文のような取扱いだとすれば、費用の「支払」は、執行官が業者に支払うための資金を収受すること(使途の限定された金員の取得)であり、「償還」は、執行官が業者の費用を立て替えて支払った場合の立替金返還としての金員の取得を意味すると読める。
※5 もっとも、実際、執行官の会計業務がどのように処理されているかについては筆者は知らないため、ここでの記載は想像にすぎない。しかし、執行官の売上である手数料は比較的少額であり、ときに数百万円になる補助者への支払いを(後日償還されるとしても)自己の経費として処理するとは考えにくい。

⑵ 課税仕入否定説

消費税法における資産の譲渡等は、主として法律上資産の譲渡等を行ったといえるかで判定される[※6]。すなわち、課税仕入れとなるのは、自ら当事者として取引をして、法的にみて資産の譲渡や役務の提供を受けた、あるいは受けうる地位にあるといえなければならない。

民事執行の場面で執行官が業者に作業を発注する場合、その目的は直接的には執行官が自分の職務を遂行するために補助者として依頼するものであり、また、業者との請負契約は執行官との間で成立するものと考えられ、執行に必要な直接の打合せや報告書の提出等も業者と執行官との間で行われる。
逆に、自力執行権限(家財の搬出権限)を持たない申立人に執行官の補助者との請負契約の効果が帰属するというのは、不合理であろう。
契約の効果が帰属すると、解除権等の債務不履行責任追及権の主体になるが、仮に業者に不手際があった場合に、業者に対して契約解除などを問えるのは執行権限を有する執行官であるべきで、執行権限を有さない申立人がこれを有すると解することは困難なように思われる。
そうすると、業者との請負契約の主体は執行官であり、役務の提供を受けるのも執行官であると解される。

※6 大阪地裁平成25年6月18日判決、東京地裁平成31年2月20日判決等。なお、課税仕入れについても消費税法13条(実質行為者課税の原則)が適用されることについて、高松高裁平成16年12月7日判決参照。

この点、確かに、申立人は代金を支払う義務を法律上負うが、これはあくまでも執行官に不測の損害を与えない趣旨で法定された義務であり、これをもって直ちに申立人が業者から法的に役務提供を受ける地位にあると言うことはできない。
もちろん、消費税の課税取引の当事者性を判断する上で、対価の収受者・負担者は重要な要素ではあるが、それも含めて法的に実質的な取引当事者が誰であるかが最終的な基準となる(消費税法13条はこのことを確認的に規定したものと解することもできる。同条を頼りにした場合、法律上資産の譲渡等を行ったものが、「単なる名義人」といえなければならないが、民事執行の場面で執行官が「単なる名義人」と言えるかは甚だ疑問である。)。

つまり、執行官は、自己の執行事務の遂行のために、(申立人の負担において、)自己の責任で補助者を採用する(業者と請負契約を締結する)のであって、その契約の法的効果も執行官自身に帰属すると解される(契約の法的効果が代理人ではなく本人に帰属する代理の制度とは異なる。)。

以上をまとめると、業者から役務の提供を受けるのは、自己の職務を実施するために自ら補助者と契約する執行官であり、自力救済の禁止される民事執行法の建前からしても、申立人は、国家権力である執行官以外から家財の搬出という役務の提供を受ける地位にはないということになる。

なお、費用負担の観点を突き詰めると、民事執行の費用は理論上は債務者が負担するものとされ(民執42条1項)、この業者に支払う費用も、通説によれば執行費用に含まれる[※7]。そうすると、(最終負担者である債務者において課税仕入れを観念できるかはともかく[※8]、)申立人は本来債務者の支払うべき当該費用を立て替えたに過ぎない、と評価することも可能である。

以上からすると、申立人が業者から役務の提供を受けた申立人の課税仕入れであるとしてこれを仕入税額控除の対象とすることはできないように思う。

※7 東京地決昭和45年6月8日下民集21巻6号769頁、注解民事執行法(上)448頁等。
※8 もちろん、執行費用の債務者負担の規定によって手続に事実上関与しない債務者が業者から役務の提供を受けたと評価できるかは微妙である。これは、業者からみれば、誰との間で契約が成立し、誰に対してインボイスを発行すべきか、という問題でもあり、明確な基準が確立される必要があるように思われる。なお、執行官の手数料は非課税のため、たとえ執行官が役務の提供を受けるものだとしても、執行官において仕入税額控除することは考えられないであろう。

直接やり取りの場合

ところで、執行官が補助者をどのように関与させるかは、各地域の執行官室によって様々である。筆者の経験上、地方の執行官室では、業者の選定から段取りをすべて執行官が取り仕切り、申立人は費用を負担するだけ、ということが多いように思われるが[※9]、中〜大規模庁の執行官室では、申立人自ら補助者依頼の段取りを行って、補助者候補者として執行官に報告する運用となっているところもある。
感覚的には、両制度の併用(選択性)のところが多いようだが、業者は執行官室に備え付けてある名簿に事前登録されている業者でなければならないなどの運用のところもある。
このように補助者選定の運用が多様であることから、業者への費用の支払方法も一様ではない。裁判所に予納して裁判所から業者に支払われる場合もあるし、申立人が直接業者に支払う場合もある。
しかし、いずれにしても、民事執行法上、業者が執行官の補助者の地位にあることや申立人の支払義務が執行官法12条を根拠とするものである以上は、基本的には本稿で検討したことが妥当すると思われる。つまり、業者への支払ルートは、仕入税額控除性を判断する決定的要因にはならず、あくまでも消費税法の要件充足性の観点から個別に判断されなければならない。

(余談として、手続外で申立人と業者が契約して、執行補助者となった場合の補助作業の対価を執行手続を通さずに支払う場合には、「職務の執行に要する費用」としては0円(費用は手続外でもらうので執行官に対する見積額としては0円)となると思われるが、その場合には別途仕入税額控除の余地がありそうである。ただし、このケースは予納金の支払いもないため、本稿の検討範囲から外れる。)

※9 執行官が補助者を選定するメリットとして、業者が慣れている、執行官が直接業者と打ち合わせするから手続がスムーズにいく等の点がある。他方、デメリットとしては、申立人において代金の交渉の余地がない、自分の知り合いの業者に依頼できない等が挙げられる。

おわりに

以上の検討からすると、裁判所に納める予納金のうち業者の支払いに当てられる分については、無難に処理するなら課税仕入れにはならないとなりそうである。

執行費用は、理論上は債務者に請求できるが、実際には債務者が無資力であることも多く、回収は期待できない。仕入税額控除の対象とならないとすると、申立人は、事業者であるにもかかわらず消費税を負担しているに等しいこととなるが、申立人としては、業者に支払う費用を含めた広い意味での裁判所に納める費用であり、司法サービスの利用は事実上仕入税額控除の対象とならないと割り切るほかないのかもしれない。
あるいは、業者への支払いは本来債務者が負担すべきもので、申立人としては不課税取引たる立替金である(ただし、回収可能性は低い)と割り切ることになろう。

本稿の論点について、民事執行法や執行官法の規定等から法的に検討した文献等は直ちには見当たらないので、最終的な結論は今後の議論に委ねたい。

(弁護士 日隈将人)

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