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個人事業主が同族会社に対して支払った外注費が必要経費と認められなかった事例(大阪地判H30.4.19/大阪高判H30.11.2)

事案の概要

原告Xは、B商店の屋号でLPガス、重油、灯油等の燃料小売業を営む個人事業主であり、平成22~24年分まで(以下「本件各年分」という。)の所得税の確定申告において、Xが代表者を務める株式会社C(以下「本件会社」という。)にB商店の業務を委託したとして、その外注費(以下「本件外注費」という。)を事業所得の金額の計算上必要経費に算入した。
これに対し、税務署長が、本件外注費を必要経費に算入することはできないとして、本件各年分の所得税の更正(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件各賦課決定処分」といい,本件各更正処分と併せて「本件各処分」という。)をしたため、原告が本件各更正処分のうち各申告額を超える部分及び本件各賦課決定処分の取消しを求めた。

事実経過

  • S53某日 XがC社の前身であるFに就職。

  • S58.02.23 C社が設立される。

  • H01某日 XがC社を退職し、B商店(事業主D)の事業専従者となる。

  • H14.04.01 XがC社の代表取締役に就任し、B商店の専従者を外れる。
    →以後、B商店がC社にB商店の業務を委託し、Xがその委託業務に従事し、月ごとにC社がB商店(D)に人夫派遣費名目の外注費を請求し,Dがこれを支払い,これをB商店の事業に係る必要経費に計上するものとされた(以下「本件取決め」)。

  • H18.01.01 XがDからB商店の事業を承継。
    →事業承継後も、B商店=XがC社に業務(LPガスの配達販売・保守等)を委託し、Xが委託業務(=「本件配達販売等」)に従事し、XからC社へ外注費を支払うという上記本件取決めによる取扱いを継続。

【図1】

第一審判決

必要経費に該当する要件=①必要性+②関連性

大阪地裁は、必要経費該当性の判断基準について、次のように判示した。

 以上のような関係規定の文言及びその趣旨を踏まえると,ある支出が事業所得の金額の計算上必要経費として控除されるためには,当該支出が事業所得を生ずべき業務と合理的な関連性を有し(関連性要件),かつ,当該業務の遂行上必要であること(必要性要件)を要すると解するのが相当である。
 そして,必要経費該当性(関連性要件及び必要性要件)の判断に当たっては,・・・・・関係者の主観的判断を基準とするのではなく,客観的な見地から判断すべきであり,また,当該支出の外形や名目等から形式的類型的に判断するのではなく,当該業務の内容,当該支出及びその原因となった契約の内容,支出先と納税者との関係など個別具体的な諸事情に即し,社会通念に従って実質的に判断すべきである。

大阪地判H30.4.19、税務訴訟資料268号(順号13144)

第一審判決のポイントは、必要経費に該当するには、
 ①業務との合理的な関連性(関連性要件)と、
 ②業務遂行上の必要性(必要性要件)
という2要件を満たす必要があるということ、
さらに、これら2要件の判断は、「客観的な見地」から、「個別具体的な諸事情」に即し、「社会通念に従って実質的に」判断すべきことが示されていることである。

第一審の結論

大阪地裁は、大要、以下のように判示し、必要性要件を満たさないと結論づけた。

C社の目的に本件配達販売や労働者派遣は含まれていなかった。
・Xは、本件配達販売等の業務の遂行に必要な販売登録と認定を受けていたが、C社は登録及び認定を受けていなかった。
・Xは、B商店の事業主として保有する設備・車両等を使用して本件配達販売等の業務を行っており、その燃料代等の経費も全てXが負担し、他方で、C社はこのような設備、車両等を保有していなかった。
・本件取決めにより本件委託業務に従事するのはXのみであり、C社の他の従業員らがこれに従事することは予定されておらず、実際にもそのようなことはなかった。
・XがいつC社の業務に従事するか本件委託業務に従事するかは、X自ら判断して決めており、Xは、C社の受注業務に係る現場作業等に従事した日を除く平日は、ほぼ毎日、本件委託業務に従事していた。
・本件委託業務の範囲は、本件配達販売を含むB商店の業務全般に及ぶもので、その範囲に特段の限定はなかった。
・これらの事情によれば、Xは、自己の個人事業(B商店)に係る業務全般を、自己の保有する設備・車両等や資格を用いて、日常的に自己の経験と判断に基づき、自己の労力及び経費負担をもって遂行していたものというべきである。
・そして、契約書等の書面が作成されておらず、契約の重要な要素についても明確に定められていないなど、一般的な事業者間の業務委託契約や労働者派遣契約とは明らかに異質のものであることも考慮すると、Xによる本件委託業務の遂行の実質は、正に、Xが自らB商店の事業主として主体的にその業務を遂行していたものというほかない。
・そうすると、B商店の業務に関し、B商店たるXがC会社に対し本件配達販売を委託し、C社がこれを遂行し,XからC社に対し本件外注費が支払われたという形式及び外観が存在するものの、その実質は、Xが自らB商店の事業主としてその業務を遂行する一方で、本件取決めに基づく取扱いを継続することにより、本来支払う必要のない事業主自身の労働の対価(報酬)を、「外注配達費」や「人夫派遣費」という名目で本件外注費として本件会社に支払っていたものといわざるを得ない。
・以上によれば、本件外注費は、社会通念上、B商店の業務の遂行上必要であるとはいえず、必要経費該当性の判断基準における必要性要件を欠くものと認められるから、必要経費には該当しない。

簡潔にまとめれば、大阪地裁は、本件では、確かにB商店の業務をC会社に委託し、C社がこれを遂行したという形式・外観が存在してはいるものの、実質的にみれば、単にXがB商店の業務を遂行していたにすぎないと評価し、必要経費の2要件のうち、「必要性要件」を欠くとしたのである。

控訴審における納税者の主張

納税者は控訴し、納税者(控訴人)は、大要、次のように主張している。

  • 別人格である事業主と同族会社との間に有効な契約があり、当該契約に基づき同族会社の代表者が事業主からの受託業務に従事し、事業主から同族会社に外注費が支払われれば、当該外注費を必要経費に算入できることは当然である。

  • (地裁判決の理屈は)当事者が選択し、有効に成立している私法上の取引関係を法的根拠なく否定し、引き直すものであって許されない。

  • 本件外注費がその実質において事業主自身の労働の対価であるとすると、B商店は、C社から役務の提供を受けておらず,本来支払う必要のない金銭を外注費名目で支払ったことになり、その支払は、法律上の原因のないものか又は贈与だったことになるが、そうであれば業務との関連性要件を満たす余地はない。ところが、地裁判決は、関連性要件が認められることを前提としており、論理が破綻している。

  • 仮にC社のX以外の従業員がB商店からの受託業務に従事していたとすると、地裁判決の立場においても、そのような労務の提供はC社によるものであ、C社に対して支払われた外注費は必要経費に該当することになったはずであって、C社から誰が派遣されたかは必要性要件と関係がない。

控訴審判決

大阪高裁は、必要性要件を充足しないという地裁の結論を維持し、控訴を棄却した。

以下、本件高裁判決のポイントだけを要約する。

・B商店たるXとC社との間に私法上有効な契約関係があり、C社はそれに基づいて本件配達販売という役務を提供したと認められ、したがって、本件外注費は当該役務提供の対価として支払われたものと認められる。
しかし、その実質は、Xが自らBの事業主として主体的にその業務を遂行していたものであり、本件外注費は、本来支払う必要のない事業主自身の労働の対価と評価されることから、委託契約を否認するまでもなく、社会通念上、Bの業務の遂行上必要であるとはいえない。

・B商店たるXとC社間の契約は有効であるから、それに基づく本件外注費の支払は、不当利得でも贈与でもない。その一方で、C社から業務に関連する役務の提供を受け、その対価として本件外注費が支払われている以上、業務との関連性は認められる。

・事業所得の金額の計算に当たり必要経費を控除する趣旨に照らせば、必要経費該当性の判断は、所得を稼得するための投下資本の回収部分であるか否かという判断にほかならない。投下資本の回収部分であるか否かの判断に当たって、納税者の人的事情を考慮に入れない理由はない。

・仮に、C社において他の従業員が従事するのであれば、そもそも、本件外注費をもって、本来支払う必要のないX自身の労働の対価(報酬)と評価することができないことは明らかである。

・ある支出が所得税法37条1項所定の必要経費に該当しなければ、多くの場合は同法45条1項1号の家事上の経費等(消費支出)に当たることになる。本件外注費が業務遂行上の必要性が認められないために必要経費に該当しないと判断される結果、Xの消費支出に該当するとの結論が不合理なものであるとはいえない。

大阪高判H30.11.2、税務訴訟資料268号(順号13206)

必要経費性の判断基準について

弁護士必要経費事件

必要経費該当性の判断基準を判示した裁判例としては、東京高判H24.9.19(弁護士必要経費(懇親会費)事件、最決H26.1.17で不受理決定・確定)が有名であるが、それ以降の下級審裁判例としては、必要性と関連性という2要件で判断すべきとするものがみられる。

弁護士必要経費事件で、東京高裁は次のように判示している。

すなわち、第一審判決は次のように必要経費の判断基準を定立していた。

ある支出が事業所得の金額の計算上必要経費として控除されるためには,当該支出が所得を生ずべき事業と直接関係し,かつ当該業務の遂行上必要であることを要すると解するのが相当である。

【第一審判決】東京地判H23.8.9税資261号(順号11730)

弁護士必要経費事件の第一審判決は、①事業と「直接関係」すること、②業務の遂行上必要であること、という要件を定立していた。
しかし、その控訴審である東京高裁は、第一審判決を次のように変更した。

(第一審判決の)「所得を生ずべき事業と直接関係し,かつ当該業務の遂行上必要であること」を「事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であること」に改める。
・・・
これに対し,被控訴人は,一般対応の必要経費の該当性は,当該事業の業務
と直接関係を持ち,かつ,専ら業務の遂行上必要といえるかによって判断すべきであると主張する。しかし,所得税法施行令96条1号が,家事関連費のうち必要経費に算入することができるものについて,経費の主たる部分が「事業所得を…生ずべき業務の遂行上必要」であることを要すると規定している上,ある支出が業務の遂行上必要なものであれば,その業務と関連するものでもあるというべきである。
それにもかかわらず,これに加えて,事業の業務と直接関係を持つことを求めると解釈する根拠は見当たらず,「直接」という文言の意味も必ずしも明らかではないことからすれば,被控訴人の上記主張は採用することができない。

東京高判H24.9.19税資262号(順号12040)

東京高裁は、第一審のいう「直接関係する」という要件を排除し、「事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であること」という要件のみで必要経費性を判断すべきとした[※1]。

※1 もっとも、この判決の結論には批判もある。また、所得税法37条の解釈論を、所得税法施行令を根拠としているかのようにも読める。法律の解釈の根拠を施行令に見いだす、というのは法解釈の手法としては誤りであると思われる。

その他の裁判例

上記で掲げた裁判例以外に、次のように判示した裁判例もある。

直接か、間接かといった関連性の程度はさておき、当該費用が所得を生ずべき事業ないし業務と関連し、かつその遂行上必要なものであることを要するものと解される。

大阪地判H27.1.23

本判決は、この平成27年大阪地裁判決と同様に、必要経費の該当性については、①関連性と②業務遂行上の必要性によって判断すべきとしたもの、という評価が可能である。
もっとも、この判断基準が実務的に固まっているかというと、そうではないようである。例えば、平成30年の長野地裁判決では、次のように判示されている。

個人の支出のうち、事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、支出が事業に係る収入を生み出す業務に直接関連して支出されたものであり、当該業務の遂行上必要なものに限られるというべきである。

長野地判H30.9.7

この長野地裁の事案は、弁護士が支出したロータリークラブの年会費の必要経費性が争われた事案であり、本判決とは事案が異なるため、単純に比較できないかもしれない(ただ、必要経費該当性の判断基準は統一されるべきである。)。

いずれにしても、必要経費該当性の判断基準について判断した最高裁判決はなく、高裁レベルでは、弁護士必要経費事件の東京高裁、本件の大阪高裁判決があるが、必要経費の判断基準に関する判示は一致していない。

本件の特徴と雑感

本判決の理屈にやや疑問

本件は、①業務との合理的な関連性(関連性要件)と、②業務遂行上の必要性(必要性要件)のうち、前者の関連性要件は満たすものの、必要性要件を満たさないとして必要経費性が否定された事案である。

また、本件は、C社の事業目的に本件配達販売が含まれていないこと、C社が液化石油ガスの販売登録・保安機関の認定を受けておらず、委託業務を遂行するために必要な設備等も保有していなかったという事情があり、したがって、客観的にみて、C社が本件委託業務を遂行する(広い意味での)能力を備えておらず、C社による業務遂行とは認められないと評価され得るものであった。

このような外注費を必要経費と認めると、本来必要経費とならないはずのB商店の事業主X自らの報酬相当額が、同族会社を形式的に経由させることで必要経費化できてしまい、不当だという価値判断自体は賛同できる。(実際、本件でも国側はそのように主張している[※2]。)。
その意味では、(C社代表取締役としての行動であるとXが主張する)Xの行動は、B商店の事業主としてのCの行動と異なるところがないとした本判決の結論自体は妥当なものと思われる。

※2 問題となった本件外注費の金額は、平成22年分が665万円、平成23年分が692万5000円、平成24年分が675万5000円であり、本件でこれが必要経費とならない場合には、申告納税額だと平成22年分で約194万円、平成23年分で約190万、平成24年分で196万円の差が生じる。

しかしながら、地裁・高裁判決の理屈には疑問もある。
本判決は、B商店たるXとC社間の業務委託契約はあくまでも私法上は有効であるとし、B商店がC社から役務提供を受けて、その対価として本件外注費が支払われたことから、業務との関連性要件は認められると判示している。
この点、(納税者側も主張しているように)本件外注費が実質的にB商店たるX自身の労務対価だと評価しているにもかかわらず、私法上の業務委託契約を有効として関連性要件を充足すると認定することは、論理一貫性を欠き、説得力がない。本件外注費が実質的にB商店たるX自身の労務対価だと評価できるのならば、私法上の契約としての有効性を否定する方向での検討がなされてしかるべきではなかったか[※3]。

※3 法的な事実関係とは別に取引の「実質」を認定し、必要性について判断するという方法が法的安定性の点で問題があると指摘するものとして、袴田裕二「所得税法上の必要経費―必要性要件該当性について争われた事例」(ジュリスト2021年1月号・第1553号125頁、2021年)。

さらに、控訴審判決では、仮に、C社において他の従業員が従事するのであれば、本来支払う必要のないX自身の労働の対価(報酬)と評価することができないことは明らかである旨判示している。
仮に、この判示が、“C社でX以外の従業員が従事しさえすれば必要経費性を認める(必要性要件を満たす)”という趣旨なのであれば、これも疑問である。
会社の従業員は、会社の履行補助者であり、業務委託契約の当事者はあくまでC社という法人である以上、実際に誰が従事するかによって必要性があったりなかったりするというのもおかしな話である。
(仮にX以外の人間なら常に必要経費性を認めるのであれば、Xの親族等を従事させることによって容易に税負担を回避できてしまうだろう[※4]。)

※4 本件では、C社にはXの妻が従業員として勤務していたという事情がった(ただし、事務担当)。地裁判決では、「原告(X)自身がBの業務を遂行する場合と、本件会社の従業員である原告の妻がBの業務を遂行する場合とでは、判断の基礎となる事情が大きく異なるのであるから、必要経費該当性の判断が異なることには合理的な理由がある。」としていますが、もしこれが“X以外の人間なら必要経費となる”という趣旨だとすると、それは言い過ぎだろう。

他の節税スキームへの影響

個人事業主が、自らが代表を務める同族会社に対して一定の支払を行ってこれを必要経費とする(さらには同族会社の役員として役員報酬を受ける)スキーム自体は珍しくなく、むしろ典型的な節税策として認知されているのではないか。
例えば、不動産賃貸業の個人事業主が、不動産管理を目的とする同族会社を設立して、不動産管理を委託して管理料を支払うという節税スキームは、広く知られていると思われる。

本判決の理屈をおし進めるならば、(委託料が高額でないケースであっても)不動産管理会社を設立して所得を分散するスキームが否認されるケースがそれなりにあるのではないか。
当然、本判決は事例判決であり、同族会社へ不動産管理委託料を支払うケースとは事案が異なるという評価も可能である。ただし、そう評価(反論)するにも根拠が必要であり、本判決の“射程”の検討が必要である。

所得税法157条1項(同族会社の行為計算否認)との関係

実は、本件では、所得税法157条1項の適用があるかどうかも争点となっている。すなわち、本件のXとC社の間の業務委託契約(本件取引)について、同族会社の行為計算否認規定である157条1項が適用されるか、という問題である。

(同族会社等の行為又は計算の否認等)
第157条
 税務署長は、次に掲げる法人の行為又は計算で、これを容認した場合にはその株主等である居住者又はこれと政令で定める特殊の関係のある居住者(その法人の株主等である非居住者と当該特殊の関係のある居住者を含む。第四項において同じ。)の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その居住者の所得税に係る更正又は決定に際し、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その居住者の各年分の第百二十条第一項第一号若しくは第三号から第五号まで(確定所得申告)、第百二十二条第一項第一号から第三号まで(還付等を受けるための申告)又は第百二十三条第二項第一号、第三号、第五号若しくは第七号(確定損失申告)に掲げる金額を計算することができる。
 一 法人税法第二条第十号(定義)に規定する同族会社
 二 イからハまでのいずれにも該当する法人
  イ 三以上の支店、工場その他の事業所を有すること。
  ロ その事業所の二分の一以上に当たる事業所につき、その事業所の所長、主任その他のその事業所に係る事業の主宰者又は当該主宰者の親族その他の当該主宰者と政令で定める特殊の関係のある個人(以下この号において「所長等」という。)が前に当該事業所において個人として事業を営んでいた事実があること。
  ハ ロに規定する事実がある事業所の所長等の有するその法人の株式又は出資の数又は金額の合計額がその法人の発行済株式又は出資(その法人が有する自己の株式又は出資を除く。)の総数又は総額の三分の二以上に相当すること。

所得税法

大阪地裁は、
「本件外注費が原告の事業所得に係る必要経費に該当しない以上,本件取引が所得税法157条1項の規定による同族会社の行為計算否認の対象となるか(争点②)については,判断する必要がない。」
として、判断をしていない。
確かに、論理的には、本件外注費を必要経費と認めないという結論をとった以上、157条の適用を論じる必要はないため地裁の判断は妥当とも思える。

しかし、本件のような事案では、必要経費の一般規定である37条ではなく、157条1項の適用を先に検討すべきではなかったか?という問題がある。
(なお、所得税法37条と157条はどちらが優先適用されるか?という問題と、本件でどちらを適用すべきか?という問題は別次元の問題である[※5]。)

※5 この点、37条が個別否認規定、157条が一般否認規定であるという理解のもと、「37条を優先適用すべきとする説」と、優先関係を論じる必要性は乏しいとする「併用説」があるとされます。

被告(国)は、この争点について、概ね次のように主張している。

  • XがしたB商店の業務は、Xの個人事業の業務をX自身が行ったものにすぎず、それをC社に外注する必要はなかったのであり、本件取引は、C社に本件配達販売を外注して「外注配達費」を支払うという体裁を取っているだけで、実質的には、原告の個人事業に係る業務全般を原告自らが行ったことについて本件会社に金銭を支払うというものにほかならないから、経済的・実質的見地から判断すると、純経済人の行為又は計算として不合理かつ不自然であり、経済的合理性があるとは認められない。

  • C社がXにより意思決定を支配されている同族会社であるからこそ、B商店の業務全般をC社に外注し、不必要な取引が行われ、外注配達費名目での支払という体裁を取ることができた。

  • 本件取引は、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なり、同族会社でなければ通常行われ得ないものであって、経済的・実質的見地から判断すると純経済人の行為又は計算として不合理かつ不自然なものである。

このように、国側は、157条の適用によって否認することも検討していたことは確かなようである。
もっとも、157条がどのような場面に適用されるべきかは裁判実務上もはっきりしていない。

いずれにしても、本件では、X・C社間の業務委託契約の存在が私法上否定できないのあれば、その外注費が過大でない限り、外注費の関連性要件、必要性要件は満たすと解さざるを得ないのではないか、というのが筆者の見解である。その上で、所得税法157条1項の適用により解決する方が適切であったと考える。
私法上の契約関係を維持しつつ、税務上は法人格を実質的に否認するような税務上の結論(C社の行為を個人事業主Xと同一視する結論)をとるのは、まさに157条の役割である[※6][※7]。

※6 木山泰嗣先生は、“Xが遂行した業務の効果は会社に帰属するはずであるが、私法上の行為を否認して業務委託の必要性要件を否定した点について、所得税法157条1項を適用して行為を否認したに等しい、あるいは法人格を否認したに等しい”と評価し、“(37条の)必要性要件にそこまで踏み込んだ判断を行うことを可能とする法的根拠はないように思われる”と本判決を評している。

木山泰嗣「同族会社に支払った業務委託費が必要性要件を満たさないとして必要経費の算入が否定された事例」206頁、税経通信2021年1月

※7 本件外注費が必要性要件を満たさないと判断したことを妥当な判断だとし、本事案が所得税法157条1項を適用することによっても解決可能であったと評価するものとして、山田麻未「同族会社に支払った外注費が所得税法37条1項の必要性要件を満たさないとされた事例」193頁(税法学582、清文社、2019年)がある。

最後に

本件において、裁判所は、XとC社との契約が形式的には存在している以上、これを私法上否定することには消極的にならざるを得なかったのかもしれない。個人事業主と法人は人格としては別であり、仮に当該個人事業主が当該法人の代表者であったとしても、両者間の契約行為は基本的に有効であるというのが民事実体法上の共通理解であると思われる。
一方で、このようなスキームにより所得分散することは否定すべきであるという価値判断もまた納得できる。

裁判所的には、私法上の契約は否定できないが、そうは言っても必要経費性は否定したいという悩みがあったのではと想像する。そして、最終的な落ち着きどころが「必要性要件を否定する」というところだったのだろう。

(弁護士 真鍋亮平)

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