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#タクシードライバーは見た「突然の一騎打ち」

そいつの目に迷いはないようだった。
タクシーを走らせているとこちらへの目線をズラすことなく、一切の弛みもなく真っ直ぐに滑空してくる。
一騎打ちの火蓋はこちらの任意無く始まろうとしていた。

そいつはまだ20mほど先にいるが互いに相対していることから交戦まで2秒とないだろう。
その瞬間に、これまでの戦歴のが脳裏に蘇った。
今回同様、
急にこちらのラインに入り込み一騎打ちを始めるとき、
道路の真ん中に立ち睨みを利かせるとき、
上から不意に弾を投下してくるとき、
辺りを散らかし道路を遮るとき。
とにかくそいつは自分の勝てる手段でしか仕掛けてこない。
とはいえ、いざと言う時に逃げる選択も厭わない。
徹底した戦略家なのだろう。

だが、こちらもそいつを知っている。
これまでの交戦のクセからこの手の場合は最終的に避ける。
こちらとの衝突がどう影響するのか、きっとそいつは知っているのだろう、猪突なバカではない。
相手の目に迷いがなかろうとこちらだって迷いはない。
行けると見ればアクセルを踏み込むだけだ。

距離は10mを切った。
さあ、どこまで来る。こちらは何処までだって来てもらって良い。
距離を詰めようが離れようが何ら影響はない上に衝突しても痛みはない。
心が多少乱されることはあるだろうが。

8m、7m、6m、、

―――ほう、中々気の強い奴なのかもしれない。
大抵の場合この距離まで詰めれば勝手に避ける。

5m、4m、、、

―――まさか、こいつ、死を覚悟で。

3m、2,7m、2,4m、2,2m、、、

全く表情を変えずに突き進んでくる。
その黒い恰好が次第に大きくなり、行き先を遮るように目の前まで来ていた。

2,0m、1,8m、1,7m、1,6m、1,5m、、、

この時にもう覚悟した。
こいつは命を落としても挑みに来る。
何が目的なのかは知らないが、確実に見えている未来を変えようという気概があるのかもしれない。
その心意気だけは買おう。
しかし、気の毒だがそいつが衝突して勝つことは無い。
つまり、死を意味する。

1,3m、1,2m、1,,,,,,,,


「うわっ!あぶねっ!」
彼は最後の最後で華麗に身を上に向け、大きく広げた翼と黒々とした腹をこちらに見せながら衝突コースを回避した。
またしても、彼は決着を避け、こちらにスリルだけを与えるだけ与えて去っていった。


そういえば、そいつの姿は街中でよく見るが死体を見せないと聞いたことがある。

今日もどこかで人間を困らせているだろうか。
厄介者扱いされるが、割と嫌いじゃない。

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