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#タクシズム人生論『相手を変えるなんて愚蒙なんだよ. . . 』

タクシー運転手からは時たま格言が生まれる。
そしてその格言は、それぞれの人生を豊かにする。

これまで3度、タクシー運転手から生まれた格言を紹介してきたこのコーナーを「タクシズム人生論」へと名前を変え、格言の物語を紹介する。

タクシー運転手という職業は
「人生に失敗した者が就く」
というイメージがある。
最近の大都市においては洗練されてきているが、タクシー運転手の大半は様々な人生経験を持った50代以上のおじさん達である。
人生の中で酸いも甘いも嚙み分けてきたタクシー運転手から生まれた格言は悩める人を少しだげ納得させ、困惑させる。
そんな、一度は聞いておきたい『タクシズム人生論』。

今回は「東京都、38歳、男性、大竹さん(仮名)」が頂いたという格言の物語。

赤だから進むのではない、青だから進むのだ。 (7) (1)

―――――

「んぁ?スーパー寄ってく?何言ってんだよ馬鹿野郎!ふざけんじゃねぇ」
「良いじゃないっすか~、女房に頼まれたんすよ」
――こんなやり取り、他のお客さんなら許されないぞ。
私は都内の中規模の広告代理店で働いている。
毎週末は仕事が遅くまで伸びることもあり、タクシーを利用して帰ることが多い。

その際、会社の近くに個人タクシーがよく客待ちをしているところで乗るようになったのだが、そこで2.3度、溝田さんという同じ運転手に会ったことから、連絡先を交換し、タクシーで帰る際はいつも送ってもらうようになった。
溝田さんは個人タクシーにありがちな少々ぶっきらぼうなタイプの運転手である。
最初は嫌だったが、何度か乗るうちに団塊の世代特有の「ふざけんじゃねぇぞ」とか「何だこの野郎」「馬鹿野郎」といった言葉が語尾についてしまうだけだということに気付き、あまり気にならなくなった。
口調は悪いが、色々話していても余計な詮索や上から目線の指摘などは一切せずに、僕のふざけた言葉に「うるせぇよ馬鹿野郎」と返すくらい。
なんだかんだで、中身は優しいおじさんだと思っている。
子供の頃、近所のおじさんに野球を教えてもらっていた時は散々そのような口調で教えられた、だから慣れているのかもしれない。
後は、少し懐かしい気持ちにもなる。

運転手の溝田さんは電気通信系の会社で働いていたが、インターネットが日本に浸透し始めた90年代から業務内容が変わり、40歳目前で新たに同じ業界でゼロから始めることに嫌気が差し、
第二の人生を築くのなら別の仕事をしたいからとタクシー運転手の職についたという。今は確か64.5歳。
これ以外に溝田さんの過去を聞くことは無いが、たまに少し悩んだりすると溝田さんに話すことがある。

確か乗って3回目の頃、あまり関係が上手くいかない部下がいるという話をした。
溝田さんと私の関係もまだ無かったころ。
ちょうど会社終わりに酒を飲んだ後なのもあって、心を揺らしていたのかもしれない。

「いや~、僕、最近ちょっと悩んでんすよ」
「あー、そうですか」
「ふはぁー、ちょっと、冷たいっすよ」
「うるせぇよ、なんだよ」
「あのですねー、最近部下とー、上手くいっていないんすよ」
「ほお」
「部下が僕の下にいて、その下にも現場のもんがいるんです。僕は一応、その一番下と、今の部下と、かんぃする立場にあってー」
「あー?なに?」
「いや、だからー、管理する立場なんです」
「だからなんだよ」
「だからー、部下への思いがなかなか伝わらないっていう」
「うるせぇんだよ」
「え?いや、うるさいじゃ無くて聞いてくださいよ。そうやってまた」
「それがうるせぇんだよ」
「・・・・、ふっぅはは、だからね、」
「部下にはそれがうるせぇんだよ」
「ええぇ?いやいやいや、僕は、ただ皆がやりやすいよーに」
「うるせんだっつってんだよ、馬鹿野郎」
「うるさいのか、、、おれ」
「おめぇは上司に頑張れって言われないとやれないのか?」
「やれますよ」
「それはお前の部下も同じだろ。おめぇは上司からの思いが欲しいのか?」
「まぁ、伝えられたらうれしいっすよね~」
「バカじゃねぇかおめぇ」
「バカッて、あっ、いまー、お客さんにバカッて言った」
「愚蒙なんだよ」
「ん、、はい?」
「相手を変えるなんて愚蒙なんだよ」
「なんですか、グモーって?グモーーって」
「他人を変えようとしてもしょうがないんだよ」
「. . はあ」
「おめぇの思いでな、元気にしようとしたり、頑張ってもらうっつうのは部下にとっては邪魔くさいんだよ」
「んー. . . . 」
「おめぇが何を言ったって、どんな思いを持ったって相手がどうするかは相手の勝手だろ」
「んー. . .」
「じゃあおめぇな、」
「なんかさっきからおめぇおめぇって」
「うるせぇんだよ、おめぇは。こういうことなんだよ」
「・・・はい?」
「おめぇが、俺におめぇって言われるのが気になったとして、嫌かもしれん、でもな、おれはおめぇのことおめぇっていうのは変わらないんだから、おめぇがおれがおめぇって言うことを気にしたってしょうがないだろ」
「. . . . . . . ハ?」
「っだからおめぇは。あのな、俺がおめぇっつってることをおめぇが嫌でも、俺がおめぇって言うことは変わらないんだよ、おめぇには変えられねぇんだよ」
「さっきからおめぇがいっぱい出てきてわからないです」
「じゃあな、おめぇがこの道通って帰りたいって言うとするだろ?」
「はい」
「でも、俺がこの道は今日渋滞してるから他の道にしようつったらおめぇはどうする?」
「変えてもらいます」
「俺が変えずに俺が言う道にしたら」
「え、、そしたら~もうその道にする」
「他には?」
「ん?ほかに?. . . . . . 歩く」
「そうだよ。おめぇがこの道を通りたいっつっても通ってくれないんだから、受け容れるか、諦めて歩くかしかできないだろ、おめぇが運転してんじゃないんだから」
「そうですねぇ」
「それは人間関係もいっしょじゃねぇのか?相手は相手のハンドルがあんだろ」
「そうですね」
「相手との関係に悩んでも、それは変えられないことなんだからしょうがねぇだろ」
「はい」
「わかってんじゃねぇか。じゃあ今日は別の道にするぞ」
「え?何でですか」
「いいから、」
「えぇ. . . . 」

そんなやり取りをした後、溝田さんはいつもと違う道を通りある場所へ向かった。
相手は変えられないという、良い口実を作って、しかも3回目という多少の信頼感が生まれたことを良いことに遠回りをしようとしたのか、
酔いも醒めるようにそんなことをアレコレ考えていると到着した。

「ん?どこっすか?」
「スーパー」
「えぇ?なんでまたスーパーなんすか?」
「んぁあ!?おめぇがスーパー寄ってくっつったんだろ!
この時間でおめぇんちに行くまでに開いてんのはここしかねぇんだよ。
おめぇの相手しながらこっちは通り道にあるこの時間に空いてるスーパーの場所も調べてさがしてよぉ」
「はぁああ、そうでした」

全くもって忘れていたが、酔いと眠気が覚め、
同時になんだかんだの優しさに嬉しくなりながらスーパーでの買い物がてら温かいコーヒーとあんぱんを買って溝口さんに渡した。

「おぉ、ありがとう」
そう言って急にさっきと変わった優し気な雰囲気に、溝口さんの隠れていた疲れを感じながら最後は心地よく家まで届けてくれた。

その日の降り際に連絡先を交換し、今に至る。



※この話はフィクションです。


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