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#タクシードライバーは見た「目茶目茶」後編

前回の続き
―――
二組のご家族が2台に分かれてタクシーに乗ることになり、
後ろは付いてこさせるのか、場所は知っているのか、そんなやり取りが続く。
お客様の都合に合わせて運転していたら他の車の邪魔になるし、事故の危険性だって高まる。

厄介な客だな~とは思いながら、少々無理やり後ろのご家族の乗るタクシーを待つために停めることにした。
「後ろ来たら前に入ってもらおう」奥さんは電話の呼び出しの間に夫にそう言い、それが聞こえた私は「は?なんだその自由な考えは. . .」と、自分の思う通りにしようとするところに腹を立たせそうにいた。
―――

「後ろ来たら前に入ってもらおう」
――後ろ来たら前に入ってもらおう?
自分の都合だけで走らせて、他の車のことは視界に入らないのか。
奥さんが後ろを走るご家族へ行き先確認の電話を呼び出す間に言った言葉に思わず腹を立たせそうになる。
「ああそうだな」夫も夫で、奥さんの言いなりなところがあるし、しかも行き先は曖昧なままだし、面倒くせぇ客乗せちゃったな~と言う思いが更に高まっていく。

「あ、もしもし~○○さん行き先分かる~?・・・え、分からない?
じゃーあ、私たち今前の方に停まってるから、一緒に行こっか!その後付いてきてもらったらいいから。そっちから見えるー?」
――行き先伝えればいいやん。一緒に行こっか!って遊びじゃないぞ。学生時とかたまに居るトイレ行くけど~の一緒に行こっか、のノリみたいな軽いもんじゃないぞ。ていうか行き先どこ?俺も知らんけど、真っ直ぐしか言われてないし。
 よく考えたらおかしな状況だ。一緒に行こっか!も気になるが、タクシーに乗って移動しているのに行き先を知っているのはコチラに乗っているお客様の夫婦だけ、運転手は「真っ直ぐ」としかまだ言われていない。
「そっちからは見えなーい?じゃあこれ、電話切らずに待っておこうか、もう少し走れば見えてくると思うから」
――だから行き先伝えりゃいいやん。てか行き先は?どこ?
「・・・」
「カッチカッチ」
後ろのタクシーが近づいてくるのを待つ。
「・・・てか行き先どこなの?」
奥さんが夫に聞いた。
―――えっ?奥さんも行き先知らんの?じゃあ今行き先知ってるの. . 夫だけ?
「一応真っ直ぐ行ったとこなんだけど~」
行き先を知っているのは夫だけだった。しかも、明確な目的地ではなく奥さんに対しても「真っ直ぐ行ったところ」と言う。
だれも目的地を言えない。
このタクシーに乗るお客様も、運転手も、後ろのご家族も、そのご家族が乗るタクシーの運転手も。誰もが言えない。知っているのは夫だけ。
でも、その夫も明確には言えない。
異様な空間になってしまっていた。

「あ、青なったね~、もう少し先で停まってるタクシーいるから、、あー、うん、そうそうこれこれー」
――“これこれ”って指示の代名詞としてあってんのか。
後ろのタクシーが待つ信号が青に変わった。最初から色々頓珍漢なやり取りで進んできているが、まだ終わっていない。
それにしても、タクシーを遊び道具に使われているようで気に障る。
後ろの運転手に「俺も行き先は知らないんですよー」と言うと驚かれるだろうな。そんなことを考えて出来るだけ穏やかに保っておきたいがそうはさせてくれない。

「すみません、後ろからタクシー来るんで前に入ってもらっていいですか?」
「はい、かしこまりました」
一応返事はするが、テキトーに、そしてどう考えたっておかしな指示をする奥さんに少々苛立つ。
タイミングが悪いことに、二車線あるうちの右側には大型の観光バスが走っている。合流するのは左車線ではあるが、タクシーの前に入るとしても危なければ入らない。
それだけは決めつつ後ろのタクシーをサイドミラーで確認していると、あえて入りやすいように前方の車間距離を開け、スピードも更に落とした。
右車線は大型バスが走り、左の合流できる車線は大きく空いていた。
“例外として”今回は後ろから来るタクシーの前に入り込む。

すると、「あ~危ない危ない危ない!」
夫が声を上げる。
「えっ」と思いながら前方を見ると、ちょうど、こちらが合流する車線側にはみ出してくる大型バスとこちらの前方の右側が接触寸前の距離まで近づいていた。
「おお、危ねぇ」とは思いつつ避け、間一髪というほど最悪な距離ではないことは運転しながら距離感として感じたためそこまでこちらは驚かなかったが、きっと後ろから見たら衝突寸前に見えたのだろう。なかなかの声を荒げる。
「運転手さん、大丈夫?マジであぶねえわ!」
「あ、大丈夫です」
「大丈夫ですって、危ないから」
「そうでしたねぇ、すみません」
「ほんと大丈夫かよ」
詰めるように夫はこちらに声を掛けてきた。
確かに危ないのは危ない、お客様に心配をかける事も良くないことだろう。
ただ、「お前がそんな言える立場かよ」と思う自分もいた。

この大型バスと接近した時、その原因にはすぐに気づいた。
原因としては、こちらが寄り過ぎたというより、大型バスの方が左車線に入り込んで寄ってきていた。
こちらは大型バスの存在に気付いていたし、むしろあえてバスより離れて車線に合流したが大型バスは丁度その前を走る車が急に右折レーンに入ったため、それを避けるようにして左側にズレてきていた。
こちらが大型バスに近付くような運転をしたわけではない。
そして、大型バスも臨機応変の対応として左側に車体を寄せていた。
もしここで接触していたら、そのきっかけとなるのは大型バスの前を走っていた急に右折レーンに入り込んだ車ということになる。

それには気付きつつ、接触が無かったことが何よりという思いだったが、こちらがあれこれ言ったところで複雑になるだろうと余計なことはお客様に話さなかった。
それに対し「大丈夫かよ」等と言われたら、少々どころか腹も立たせてしまう。
本来ならここで停まらずにまずこのタクシーだけ先に行っていればいい、
そうすれば今回の接触しかける出来事だって起きない。
更に言うなら電話までしているのだからわざわざ後ろのタクシーと一緒に行かずに行き先を伝えれば良い。
何を遊び半分で「一緒に行こっか」なんて抜かしてるんだ、とも思う。
それに、行き先も分かっていないし、お客様ですら明確に指示してこない。
そういうお客様をお送りするのがこちらの役目でもあるからそれはいいけど。

そんなことを思いながらも、やっぱりどうしても
こっちはお客様の意向に沿うようにしているし、しかもそれによって他の車に迷惑が掛からないようにも考えているし、その上出来るだけ危険も回避して、目的地が分からずとも考慮してどの動きも取れるような方法でいようとして、
だけど、たまたま危ない局面が訪れて、その局面もあらかじめ大型バスに近寄らないようにしていたから免れたというのがあって、で、そのこともあるけど言わずに、そして、こうなったのも全部お前らのせいじゃね?
とも思うけど言わずに何事もなくお送り出来ることに安心している状況があるのに、、「大丈夫かよ」??

とか頭の中でグルグルグル回りながら「結局どこまで行くんだよ」とお送りしていると、「あ、この辺で」と急に夫が言う。
「え、あ、この辺ですか?」
「はい」
「かしこまりました」

乗った場所から7.800m真っ直ぐ行ったところだった。
ワンメーターの420円。
料金が安い、距離が近いとかはどうでもいいが、
「ここかい!」
「真っ直ぐってホントに真っ直ぐいったここかい!」
「5.600m行ったところ。とか目的地名じゃなくてもなんか言えるだろ、ただ真っ直ぐじゃなくて」
「わざわざ後ろと一緒に行かなくてよくね?」
「お前らの都合で最後まで振り回しまくって最後も急に止めさせんな!」
エトセトラで閉めなければキリが無いほど色々浮かんでくるが、とにかくこのお客様には行動も思考も目茶目茶にされた。

最後の最後まで「大丈夫かよ」の腹立たしさが残っていた上にこれ。
扉を閉めた後、思わず「クッソが!」と言ってしまった。

二年年近く前の事。
今思い返すとなんだかんだこういう出来事があるほうが面白い。
あとは、お客様の指示があまりにも酷いときは一度断って、
お客様も含めた身の安全を優先するようにもなった。

何だかんだでこのお客様にめっちゃ恩恵受けてる。

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