_タクシードライバーは見た__60歳を越えたタクシー運転手の幸せな働き方_のコピー__83_

#タクシードライバーは見た「おじいちゃんのお孫さん. . . ?」前編

終電が終わっても街に人が繰り出し、タクシー運転手は売上を上げる絶好の機会となる金曜日の夜11時頃。
都心から少し離れた町でおじいちゃんが立っていた。
正直、得意とする地域ではないため進んで乗せたいとは思えない。既に回送にもしていて乗せない選択を取ろうとした。
しかし、小雨だが降っている。そういえばこの後は雨が強くなる予報もあった。
傘もささず少しふっくらとしたおじいちゃんはもう20年以上も着ていそうなカーディガンにスウェット風生地のズボン、ニット帽をかぶって立っている。田舎の可愛らしいおじいちゃんが頭に浮かぶ。
年齢は70代だと思う。
雨だったこともあり、お送りしなければとすぐに空車に戻し、おじいちゃんの前に近づくと手を挙げた。
やっぱりタクシーを待っていた。

「こんばんは~」と声を掛けると、優しく「ああ、どうも~」と優しく反応してくれる。
見た目も雰囲気も可愛らしいおじいちゃん、といった感じだ。
「近くて悪いのですが」とばつが悪そうに言うがそんなことは関係ない。
雨の中お役に立てるのならそれだけで嬉しい。
ある程度予想していたが、やっぱり住宅街の細かい道は分からない。
おじいちゃんに案内をしてもらった。

すると「すみません、えっとですね」「クリーニングのお店のところを右で、すみません」何度もすみませんと言う。
あまり分かりやすい説明でなかったため、「クリーニング店は右手にございますか?」と詳しく認識できる質問をいくつかしていくが、その度に「すみません、ごめんなさい」と言う。
なんだか怯えているようにも見えた。確かに、一回聞いただけで分かるほどの説明ではなかったが、特にそこは気にもならなく、「全然大丈夫ですよ」と伝えても「ごめんなさい。分かりづらくてごめんなさい」と何度も言ってきた。
次第になんでこんなに「ごめんなさい」と言うのだろうと思い、背景が見えてきた。
これまで態度の悪い運転手や怒る運転手に出会い「そんなんじゃわかんないよ」「ちゃんと説明しろよ」と言われたことがあるのかもしれない。
そうでもなきゃここまで怯えるような様子にはならないはずだと思った。

僕の想像ではあるが、こんな思いをしている人がいるなら、早く安心して利用できるタクシーにしなければならない。
そう焦らされる思いになるのは、他にもそんな謝りながら乗ってくるお客様をお乗せしたことがあるから。
少しでもタクシーへの悪いイメージを払拭できたらと思い、なんとか誠心誠意対応していたがこちらの言葉はほぼ聞かず謝ってくるばかりだった。

そんなおじいちゃんの自宅前に到着する。
一軒家だが、家の明かりがない。もしかしたら、一人暮らしなのかもしれない。そんな憶測を持ちながらお支払いは410円。
肩から斜めにかけたカバンから小銭入れを取り出そうとしているが、手元がおぼつかない。その時間をかけてしまっていることも再び「ごめんなさい」と言う。「いえいえ、全然大丈夫です」と言っても、小銭入れをカバンから探すのに必死で聞こえていない。
そんな様子を運転席から振り返りながら見ていると、首からカードのようなものが掛けてあった。身分証明等が入っているカードが、ちょうどお腹の位置で僕に見えるように向いている。
そこには、カワイイ女の子の赤ちゃんの写真が入っていた。
だいぶヨレヨレになっている。

―――お孫さんの写真かな、いや結構古い写真だから娘さんかもしれない。
感慨にふけがら小銭入れを取り出すのを待つ。しかし、なかなか取り出せず空白の時間が過ぎる。
辺りは暗く、車の通りもない。
お会計のために点けた車内のライトが薄くおじいちゃんを照らし、その胸元には写真が何かを物語るように表を見せている。
沈黙の中に小銭をかき混ぜる音だけが響くこの時間は、次第にその物語へと入る淵源となりおじいちゃんとその写真の赤ちゃんが登場する映画が頭の中で流れ始めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?