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タクシー小話 2「最後まで胡散臭いIT社長」

 カンカン、と金切るような音が助手席の窓で鳴らされた。
 指に着けたアクセサリーで叩いた割れるような音は耳障りが悪い。
 今気づいたかのように助手席へ顔を向けると、50代ほどのジャケットスタイルの男が「無視すんなよ」と今にも咎められそうな睨み付ける表情で立っていた。

 耳障りの悪い音とその叩く行為に苛立ちが募る。
 ……なんでこっち来んだよ。
 深夜の六本木、信号待ちの間、真ん前の焼き肉店から出てきた彼らを見て、あえて目線を外したが駄目だった。
 40代後半ほどの男二人と20代中盤の女二人、街に似合わない粉飾された雰囲気を纏っていた。

「あの二人はちょっとあれだな」
「ちょっと軽い感じの子でしたね」
 指輪で窓を叩いた男と、芸能関係の仕事をしているとでも言いそうな見た目の女性が乗り、二人は別れたもう一方の男女のこの後を予想した。
「私、その辺しっかりしておきたいんですよね」
 男は「わかるよ」とは、答えた。

「そういう軽い意識?みたいなのが仕事にも影響出ると思ってて」
「確かにね、パーツモデルだっけ?」
 パーツモデルの女はもっと売れて普通のモデルになるために今が大事な時期だという。
 二人はお互いにプロフェッショナル論を語り合った。深夜3時前に。

「俺?ああ、ITの社長」
 仕事を聞かれ投げ捨てるように男は答えた。
 今時こんなざっくりした怪しげな表現をするものだろうか。
 会話はそれ以上進まず、住んでいる場所を聞かれた男は都内有数の高級住宅地の名前を挙げた。
 目的地に到着した女はその場所を特に理解していないようだった。

胡散臭さいIT社長だけを乗せて都内有数の高級住宅地へ向かう。
女性が降りた後、静かになった。
六本木で乗ってきた時、指輪で窓を叩いたときの威勢よい雰囲気は失われているように思う。
別に疑う訳じゃない、疑う訳じゃないけど、仕事を「IT企業の社長」という表現だけで片付け、指にまでアクセサリーを身につけたギラギラ感は胡散臭さを増幅させる。

「あそこで左曲がって」
かしこまりました。
左に曲がるということは、最初に言っていた行き先、高級住宅地からは離れていく。
細かい道を案内する男は六本木で乗ったときの威勢がやけに翳りを見せていた。
そして最終的に、高級住宅地とは違う住宅地で降り、雑木林に挟まれた小道へ消えていった。

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