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軽率なりの思考回路

物事を深く考えられないのは小学生のころからなんとなく自覚があったが最近特にひどい。コロナにかかった時にブレインフォグも経験しているが悲しいかな、確実にコロナ前からノン・ディープ・シンキングである。
先日、大型の展覧会をやっている美術館に行ったのだが特に何も感じずに帰ってきた。否定も肯定もない。これまでは何かしら思うところがあったのに、この虚無はなんだろう……と考え始めたのがきっかけ。

突然このようになったというよりは、しばしば人生においてそんなことは割とよくあった。深く考えられないゆえ、軽率なことをうっかり発言してはならぬ、という自分なりの「軽率防止センサー」を脳内に必死に張り巡らせて生きてきたのでそんなに深刻ではないはず(ちなみに上記を「啓発防止センター」と読んでしまった人は今すぐ自己啓発本はいったん脇においてほしい)。

しかし自覚していても限界があるのが「軽率」である。自己分析の結果、軽率が発動するのは実際に「見た」ことについてであり、見たことを深く考えずに時としてぽろっと言ってしまう。
「〇〇課長(既婚男性)、先週の土曜日●●先輩(独身女性)と渋谷にいましたよね~」と職場で何気なく言い放ってしまい、それはたぶん打ち合わせでもなければ休日出勤でもない、もちろん妻でもないという地獄に自らアクセル全開で突っ込んでしまったことは1回や20回ではない。

あの時SNSがなくて本当に良かった。軽率な人間とSNSの相性は得てして最高最悪というのは今時赤ん坊でも知っている。「渋谷で上司と●●先輩発見!休日出勤かな?お疲れ様です~!」などと呟きでもしたらたとえ見る者が少数であってもハワイ島の夕焼けほどに美しく燃えるだろうなって(投稿が)。

GINZA SIX内で観られる巨大ネコ(ヤノベケンジ) 2024.4

まあそういった事例については実はそんなに悪い気もしていないのだが、自分が悪いとはいえやられた方は怒り心頭であろうし、個人的な逆恨みをされかねないのでやはり気を付けるに越したことはない。
現在は東照宮の猿よりも物事へのスルー技術に長けていると自負しているが、このスルー技術もうまくなりすぎると、それはそれで物事を深く考えられないというとどのつまり的なループが起こってしまう。

見たことは見なかったことにしないと!という極端な思考がもともと深く考えられない思考とあいまって、最近は語彙力が「面白かった」「びっくりした」という小学校低学年の読書感想文レベルに堕ちていってしまっている気がする。

ということで何が言いたいのか自分で考えてみた結果、物事を深く考えたいというか、考えた先に気の利いたことを言えるようになりたいがそれが果たして適切な表現になっているか不安で結局考えるのを放棄し発言も控えてしまっている、という結論にたどり着いた。
普段からたくさんの語彙を持っていたほうがいいのではないか、であれば本を読んだ方がいいのではないか、と思考がまったく新しくないインドア通販コースに落ち着いてしまうあたり、やはり物事を考える方向に行く気がしない。

考えないというのは楽そうでいて実は辛い。
考えることが面倒くさいがために現代人はスマホに向かうのではないかとすら思っている。しかし我々は自ら苦しみをひねり出す性質のようで、考えることがないと余計なことを考える。余計なことはほとんどが本当に余計なことで、何も前に進まないのに止まらない。

嫌われている、損している、その他愛する者(2次元含む)が非業の死を遂げる「かもしれない」など、人間、ネガティブにはいとまがない。

とはいえそれが悪いことだとは全く思わない。そもそもネガティブとは防衛反応なので、人類の中にはこういった人種もいないとあらゆる場面で詰む。
戦争などいい例で、能天気で楽観的な奴ほど大概先のことは考えず現状の大義を重視し何らかの尊厳を盾に敵を作り上げる。しまいには自分ではなく市民を用いて敵に銃口を向けさせるという無責任な決断がイージーにできてしまう。
後ろ向きな人間はまず戦争自体が億劫なはずだ。人員の確保、武器の確保、なんか偉い地位にいる人間へのへつらい。いくら大金が動こうとも多くの人間と関わらなければならない時点で、戦争など起こさず静かに一定のおゼゼがもらえたほうがタイパ的にも利ありと考えるにちがいない。

もし深く考えることができなくて余計なことを考えてしまったならば、「自分」という人間をとことん極めてしまうのも一つの手だ。自分とは闇。本来ならば見たくないはずの闇を深堀できる人間はそういない。ある意味オタク気質もはなはだしい。
人は最悪の結果からは目をそらす、と何かの本で読んだ。そこをぜひ超えていただき、最悪と向き合い落ち込んでも瓶の底を勝ち割ってさらに下に脱出したその時には、文字通りなんらかの時の人となっているはずだ、きっと。

ということで、深く考えるのが苦手なら考えたいことを見つけるのが一番手っ取り早く、考えることがなければ自分を深ぼるか、寝ろ、ということである。

つまりご自愛ください

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