犬のベッドで眠る日々

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眠りについて2時間後、兄犬のたてる物音で跳ね起きる。
焦ったが、容態の悪化ではなかった。

庭に出たがっているようだったので連れ出すと、冷えた空気の中で排泄を済ませ、よろける足取りで玄関に戻り始めた。
スマホのライトで彼の足元を照らす。

犬たちのベッドに戻る。
肝臓の腫瘍の進行や腎機能の低下からくる症状で、朝、起き抜けにとつぜん兄犬が転倒し、震えが止まらなくなることがあるので、彼の行動範囲から段差のある場所を減らしてなるべく平坦にしたい、そして何があってもすぐ対応できるよう近くにいたい。
なので、寝室のベッドで眠ることをやめ、リビングに以前から置いてある、大きめの犬用ベッドに毛布だけ持ち込んで、みんなで寝ることにした。

人間には小さすぎるため、身体の半分は床にはみ出してしまう。
なかなか寝付けずにいたが、兄犬がふたたび寝息をたて始めた安心感から、自分もいつのまにか眠りに落ちていた。

最近わるい夢ばかりみていたが、昨夜は久しぶりに穏やかな夢をみた。

見覚えのない小さな店のカウンター、亡き父親とふたりきりで酒を呑んでいた。客席には自分たちだけで、気兼ねなく語らうことが出来た。
生前に、父親とはいちどしか呑むことが出来なかったので、うれしかった。

死別しているという前提が、夢の中では抜け落ちているらしく、自分は「次のアルバム聴いてよ」などと言っていた。「今まででいちばんよくなるから、親父に聴いてほしい」と。
こういうことを人に言ったことはないのに、しきりに言葉を重ねていたのは、深層意識のどこかで、それが叶わぬことだと知っていたからだろうか。

また物音で目を覚ます。
父親の体温だと思ったものは、兄犬の身体だった。右腕で抱えたまんま眠っていたのだ。

そして、音を立てたのは兄犬でなくて、妹犬だった。
椅子の上に立ち上がって、まんまるい瞳で、じっと僕の顔を覗き込んでいた。
目と目があった。妹犬がクーンとちいさく鳴いた。
時々こうやって夜中のうちに、家族の顔を見ているのだろうか?
それとも僕の意識の底にあるものを覗き込もうとしているのか。
兄犬とはまったくことなる気質を持った犬だ。
なんだかへんな感じがしつつ、ふと幸福な気持ちになって、ふたたび眠った。


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