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牡牛座として生きてゆく

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牡牛座として生きていくと決めた私の、有事の選択や、これからのライフスタイル。五感に長けた牡牛座としての生態や、お気に入りの物をしつこく愛でる習性についてなど。
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#星座

牡牛座として生きてゆく

選択肢の中から、どれかひとつを選ばなければならないとき。理屈的に正しそうなものと、なんとなく気になるもの。どちらを選ぶべきか、いつも迷って動けなくなる。 何年か前、たまたま手に取った鏡リュウジさんの著書『牡牛座の君へ』の中に、その答えはあった。他にも人生で迷いがちないくつかのことに、指針と染みるような心地良い言葉が添えられている。 この本と出会ってから私は牡牛座として生きてゆこうと決め、『牡牛座の君へ』は聖典となった。   * ブッダ、アドラー、ポジティブ、感謝、日頃

「風の時代」の牡牛座の反乱〜スマホ編〜

数ヶ月前、長年使っていたiPhoneがついに壊れた。このことを通して、私は自分が「ド牡牛座」だということを、久々に自覚した。 まず、同じiPhoneを5年間も使い続けていたこと。しかもiPhoneの使い勝手にどうしてもなじめなくて、早々に「次は絶対Androidにする!」と豪語していたにも関わらず、結局バッテリーが壊れるまで使い続けていた。 「今の生活が変化するくらいなら多少嫌でも我慢する」「同じ物を長く持つ」という牡牛座の気質って、恐らくこういうことを言うのだろう。

「風の時代」の牡牛座の反乱

高校時代の、ある夏のお昼どき。同級生の女の子3人が、お弁当にそうめんを持ってきてすすっていた。 それぞれがそうめん弁当を持ってきたということではない。麺担当、麺つゆ担当、薬味担当、と役割分担をして持ってきたのだ。誰が言い出したか知らないが、おもしろい発想である。 以前放送された『サラメシ』でも、似たような光景があった。どこかの市場のお昼ごはん。お肉屋さんとお向かいの青果店が、毎日肉と野菜を持ち寄ってまかないを作り、一緒に食べていた。 なんか、いいなあ、と思った。   

ライナスの毛布、牡牛座さんのペロペロ

私がまだ1、2歳のヨチヨチだった頃。祖父は脳梗塞で1年ほど入院していて、祖母はその付き添い。両親は共働きで、姉は保育園へ通っていた。だから私は、昼間、母の実家へあずけられていた。 母方の祖母はいつも微笑んでいて、茶の間に座っている姿に後光が差しているような菩薩タイプだった。幼すぎて記憶もおぼろげだが、私はそんな祖母が好きだったから、よくなついていたと思う。 おやつにはよく、すりおろしリンゴが出された。 「今日のリンゴ、ちょっとしょっぱい」 「ありゃ。ほんじゃ色悪くなんない

花王バスマジックリンのグリーンハーブが好きすぎる

私の特性で、これぞ牡牛座、ド牡牛座と誇れることは、やはり「感覚の牡牛座」と呼ばれる部分だと思う。特に嗅覚。 そんな私が近頃ハマっている、たまらん匂いがある。花王の泡立ちスプレータイプのお風呂の洗剤。バスマジックリンのグリーンハーブである。 お風呂の洗剤を選ぶときは、いつも色で選んでいる。湯に浸かってフーっとリラックスしたとき、視界に入るものは好きな色がいい。バスマジックリン・グリーンハーブを買ったのも、店の棚に並んだ商品の中で一番好きな色がそれだったから。 使い始めてし

2022年用の手帳選びは難儀する

以前、「しいたけ占い」のしいたけ.さんが、お気に入りのものをこよなく愛する牡牛座さんの生態を、犬が骨を土に埋めて時々掘り起こしてペロペロするようなこと云々と表現していたことがある。「ペロペロ」は姉と親友に大ウケで、以来私の愛用品は、「ヨダレまみれ」と呼ばれる。私も異議はない。 そんな私の「ヨダレまみれ」のひとつに、ついに恐れていたことが起きてしまった。来年の手帳のラインナップに、好きな色がない。 これは一大事である。どうしたらいい。このままでは窒息してしまう。 私の愛用

牡牛座の居場所

ここは私の居場所ではないかもしれない、と初めて感じたのは、19歳になったばかりの春だった。私は仙台の専門学校生になりたてで、都会の学生生活を楽しんでいた。 学校は駅近くのビルのような建物。授業中――たしか9階の教室だったろうか。ふと窓に目をやると、そこから見えるのは駅周辺に乱立するビルの群れだった。 それまですごした岩手の小、中、高の校舎の窓から見える景色は、広い空、校庭の桜の木、どこまでも続く緑の山々、その合間からぽつんぽつんと見える民家。 ――だけどここの風景は、風

鋭いくせに、答えにたどり着かない残念な嗅覚

「感覚の牡牛座」とも呼ばれる牡牛座は五感に優れ、私も例に漏れず、仲間内では感覚が敏感な方に分類される。視力がショボショボなので五感ではなく四感ではあるが、嗅覚に関しては自分でも時々竈門炭治郎かと思う。 子供の頃、家へと続く道の途中で作りかけの夕飯の匂いを察知した、なんてのはまだ序の口で。忘れっぽい元姑と同居していた頃は、二間向こうの台所の火つけっぱなしのにおい、お湯出しっぱなしのにおいがわかるほど進化していた。 私の嗅覚は職場でも役立った。二十代の頃勤めていた生協は、無農

変化を嫌う牡牛座だから、いつもの歌を

家族の入院でパニック状態のときに、運転をしなければならない事態になった。何かやらかしそうで怖い。だけどこんなときこそ「牡牛座として生きる」だ。そう思ったら自然と、オマジナイを唱え始めていた。 「牡牛座さんは、変化が嫌い。だからいつものことを、いつもどおりに」 こんなことをブツブツ何度も繰り返しながら、出かける準備。牡牛座は変化が苦手らしいから、これはいつものことだよ〜、いつもどおりだよ〜、と自分に言い聞かせ、なるべくいつもやっている所作を踏襲する。 車に乗ってからも、オ

「色に関わる仕事に向いている」と言われるが

五感に優れ、「感覚の牡牛座」とも呼ばれる牡牛座。占星術にしろ、それ以外にしろ、生年月日で見てもらうと私の場合は「色に関わる仕事に向いている」と言われがち。でも私が色について真剣に考えるようになったのは、実は二十歳を超えてからのこと。 姉の結婚披露宴が近づいたある日。振袖をレンタルするため、私は式場の衣裳部屋にいた。用意された四枚をこれから試着し、一枚を選ばなければならない。 色はそれぞれ、赤、青、緑、それと金というか黄緑というか……のグラデーションというかなんというか……

安定の好きなものか、気になるあっちか

一個ずつ種類の違うお菓子を、家族で分け合おうとして思い出す。以前勤めていた職場で、同じように一個ずつ種類の違うお菓子の差し入れがあったときのことを。 こいうとき当時の職場のルールは、「早い者勝ち」。少人数のアットホームな職場だったので、上司も先輩も新米も関係なく、どのお菓子を食べようかと箱の中をのぞき込む。 私の頭の中では、見てすぐに「これにしよう」と候補が決まっていた。前に食べたことがあったし、好みの味だし、間違いなく及第点に届く。大きな失敗がないことは確実だ。 しか