スイッチインタビュー「のん✖️百田夏菜子」前編感想
面白そうではあるけれど、ちょっと展開は予想できるかな。そんな気持ちで番組を見始めた。29歳の百田夏菜子と、1歳年上ののん。互いをリスペクトしている関係、そして人に対して丁寧な2人。
だからこそ、そんなに意外な展開にはならないのではないかと。
放送の翌日。録画した番組を見始めた。
(ネタバレ、あります)
のんが聞き手で百田夏菜子が語り手の前編。のんは身を乗り出すように百田の話に耳を傾ける。クリエイターとして取材してるようにも見える。
番組の序盤で百田が語るのは、ももクロのサクセスストーリー。
電器店前でのライブ。どさ周りのような車での過酷な全国行脚。
数人のお客さんの前で歌っていた彼女たちが、紅白そして国立競技場まで駆け上がっていく。
ある意味、語り尽くされてきた、ももクロの物語。
あの頃は、ももクロに夢中になっていたな。DVDとかも買ったよなぁ。
そんなことを思い出しながら、少し気になることもある。
のんは、百田夏菜子に何が聞きたいんだろう。
年末の共演時にのんが語った「あまちゃん」の時に、ももクロを参考にしていたという逸話。その話を聞いた時、少し驚いた。
同世代の表現者であるのんと、ももクロに接点があったこと、だけではない。ももクロと、のんを「別のカテゴリー」として捉えていた自分自身に気付いたからだ。
あの頃、ももクロもあまちゃんも大好きだった。でも2つの存在を結び付けることはなかった。それは一体なぜだったんだろう。
「アイドル」という概念を一部の閉ざされた世界から、どんな世代でも明るく楽しく応援できる世界へと開き、「推し」という概念を多くの人に伝えた「ももクロ」。
大人=運営サイドの無茶振りと、それに「全力」で立ち向かっていく形があの頃のももクロのスタイルだった。
番組中盤、百田が語る言葉にも「大人との戦い」が垣間見える。
フリートークは一言一句決められていたというエピソードに、のんが突っ込む。
そしてその「大人との戦い」は、それ自体がエンタメとして消費される構造でもあった。
ある種のドキュメンタリーのように生の感情の揺れ動きが魅力だった、ももクロ。でもそれは、当人にとっては過酷な状況だ。大人の理不尽に対する怒り。それをも表現(あるいは商品)として提示しなければならないアイドルという仕事。
のんと百田を結び付けるものが見えてくる。
百田が向き合った「大人の理不尽」は、のんが苦しめられたものと、根っこの部分では似ているのではないか。
芸能界やテレビ業界という巨大な構造と違うやり方で戦ってきた2人の人生が表裏一体のように見えてくる。
ももクロの歴史と、のんの歴史を重ね合わせてみる。
2013年の「あまちゃん」の年は、ももクロの初めての紅白の翌年であり、日産スタジアムでのライブを成功させた年。
そして翌年の2014年には国立競技場でのライブ。ももクロのキャリアの一つのピークとも言えるこの年に、のんは「能年玲奈」として映画「ホットロード」「海月姫」を世に送り出して、その後苦闘の時代に入る。
番組の後半、のんは百田夏菜子に質問を投げかける。
百田にとって、「アイドル」ってどんな存在ですか?
質問自体は、なんてことない質問。でも、のんが質問することで微妙な「ざらつき」が出る。
のんは、俳優/表現者ではあるけれど、長い間(あるいは今も)アイドル的な存在としてあったし、そういう風に消費されてきた。
そのことを、どんな風に受けとめてきたのだろう。
少し間をおいて、百田は答える。
アイドルという概念を、あえて幅広いものに拡張して語った百田。決してスムースに語られない言葉に、百田の葛藤の道のりのようなものが伝わってくる。
どんな葛藤なんだろう。
例えばそれは「自分らしくいること」と「アイドルであること」との間でのものだったかもしれない。
のんは、問いを重ねる。
アイドルを続けたいと思いますか?
アイドルを「演じる」ことで、国民的な俳優としての期待を背負うようになり、その結果様々な理不尽と戦ってきたのんと、
バックステージまでを晒け出す、「リアルなアイドル」として始まり、ようやく肩の力を抜けるようになってきたと語る百田。
2人の過去があり、今があるからこそ実現した対談だった。
(そして、色々とぶちまけてるっぽい「のん」パートの後編が楽しみ笑)
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