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スポーツ✕ヒューマン「ラグビー・松田力也」感想文

後輩が作ったドキュメンタリーを見て感じた事を書きました。

男には2つの傷があった。

ひとつは、4年前のワールドカップで控えに甘んじたこと、そしてもう一つは、少年時代に父親を亡くしたこと。

自らの傷について話す時、男はちょっと不思議な表情をした。眩しいものを見る時のように、ちょっと目を細めるような表情。ラガーマンの逞しい瞳の奥に、20代の青年の脆さが見える。

ラグビー日本代表・松田力也。
もうすぐ始まるワールドカップ。その盛り上げとしての「スポーツ✕ヒューマン」でも決して景気のいいだけの番組では無かった。きれいにおさまらない感情を抱えたアスリートの、きれいにおさまらない物語。

松田力也の2つの傷。当然のようにそれは同じ重さではない。ひとつは、取り返しがつくものであって、ひとつはそうじゃない。過労のなか怪我をした自分に付き添ってくれた父は、その夜に帰らぬ人となった。

どう悔やんでも取り返せないものがある時に、努力すれば前に進むことができる課題は、逆に希望であったのかもしれない。
W杯本番を前にしたシーズンで大けがを負った時でも、リーグ優勝を決める大事な試合での敗北の後も、松田はすぐに前を向く。それが、亡き父への思いゆえかはわからない。そう解釈することも可能、という程度のものだけど。

クライマックスは父のお墓参りのシーン。
松田は涙を流す。

「(父のお墓は)相談できる、自分が唯一素を見せられる、そういう場かなと思います。本当なら、見ていたくれたら、聞けたんじゃないかなっていうところがあるから」

番組より

「ボールの転がりであったり風の吹き方であったり、そういうところで(父が)力を貸してくれるんじゃないかなと思っているので、絶対に力にはなってくれてると思いますし、一緒に戦ってくれるとは思ってます」

番組より

亡き父が見守ってくれる。助けてくれる。そう松田は信じてきた。
父親に何を相談してきたんだろう。父は言葉を返してくれたのだろうか。
お墓で感じたのは父の存在か、あるいは父の不在か。

「シンプルに生きていて欲しかったなって思いは改めてすごく感じますね」

番組より

押しも押されもしない「日本の10番」であるアスリートの物語、心に傷を背負い、それでも前を向こうとしてきた一人の若者の物語。2つの物語が、ぴたりと重なり合えば美しいけれど、実際はそうではない。
どこかぎこちないままに、物語は進んでいく。

タイトルは「楕円の心 つながれて」
楕円の心って何だろう。わかるような、わからないような・・・。思い通りにいかないラグビーボールのように、不規則に転がっていく。

心温まるシーンがあった。亡き父親の仲間が、松田の悲しみに寄り添ってきた事実。父親とラグビーボールをつなぎ、土に塗れた仲間たち。

誰だって、傷付くことから逃れることはできない。誰かが倒れたら、すぐに助けに駆け寄って、皆でボールを前に運んでいく。それが楕円の心なのか。

もうすぐ、ワールドカップ本番が始まる。厳しい戦いは、松田をまた強くするだろう。もし勝利を重ねるのならば、バスケに続くフィーバーが日本を覆い、松田の物語も一気に広がり、消費されていくのだろう。ヌートバーを比江島を、僕らが急速に知っていたように。

松田の繊細な物語を、このタイミングで見られて良かったと思う。

オリンピックやワールドカップのお祭り騒ぎは、あんまり好きではない。
松田はあの大舞台の中で、どんな顔をしているだろう。厳しい戦いを経て、どんな顔になるんだろう。

それだけを楽しみに見てみようかと思う。

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