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#5 「スタンド・アンド・ファイト」ボクシング・高山勝成

かつて編集長を務めていた「スポーツ×ヒューマン」HPの為に書いた文章の過去ログです。

殴られることは怖くない。倒されることだって想定内だ。ボクサーが怖れるのは、立ち上がれなくなること。戦う気持ちを失ってしまうこと。
高山勝成は笑う。なぜそんな道を選ぶのかと問われて、朗らかに笑う。

「だってほしいんですもん」

それ以上に何があるんですか?笑顔は質問を拒絶する。

当時未承認の団体のベルトを目指して、日本のボクシング界を飛び出した。東京オリンピックに出たいとアマチュアへと逆転向した。
無謀な挑戦、という言葉は正確じゃない。どちらかと言えば無軌道な挑戦。自ら崖に向かって走り出すような異様な挑戦、にも見えた。

でも高山は笑う。仕方ないじゃないですか。ほしいんですもん。

ワンルームの部屋には何もない。彼女もいない。コロナの中で繰り返す一人きりのシャドーボクシング。孤独には見える。でも、高山は楽しそうだ。
コロナで復帰戦が当日になっての延期。河川敷で待ち合わせた高山はやはり笑った。

「おもろなってきましたね。高山らしいというか」

そして走り去る。その背中はすぐに遠ざかる。取材陣を置き去りにするかのように。

わかりやすい物語じゃない。わかりやすいヒーローじゃない。ゴツゴツとした魂を抱えた、不器用な男。高山の挑戦をずっと支える中出トレーナーは、想定外の挑戦を言い出す高山に「やれやれ」といった表情で、でも嬉しそうだ。羨んでいるのかもしれない。

高山のようには誰にも生きられない。いや違う。高山のようには誰も生きない。番組を作っていくなかで、私たちも中出トレーナーのような気持ちになっていた。
異端の道を歩むことを恐れない。挫折することや後ろ指をさされることも。物議を醸した東京五輪への挑戦ではあっさりと敗れ去った。でも悪びれることなくプロに再復帰する。

41戦32勝 (12KO) 8敗 1無効試合。4団体の王座を獲得し、その王座を敗れて失った。栄光の数と、挫折の数。でも一番大事な数は、挫折から立ち上がった数だ。

「スタンド・アンド・ファイト」

名トレーナー、エディ・タウンゼントの言葉を思い出す。直訳すれば「立ち上がって、戦え」。もう少し意味合いを加えれば「踏みとどまって、戦え」。誰もが苦境にいる中で、朗らかに戦い続ける高山の姿は新しい意味をまとう。本当は人生の選択に理由なんて必要ないのかもしれない。挑戦も挫折も復活も好きなだけ繰り返せばいい。

「だって、ほしいんですもん」

それ以上に何があるのか。高山はその生き方で私たちに問いかける。
ラストコメントに思いを込めた。私たちが歩むことができない道を歩む高山に憧れと、そそしてわずかな嫉妬の思いを。

「思うがままに何処へでも、好きな道をゆけばいい」

道なき道をゆく姿に勇気をもらって、私たちも私たちの道を。

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