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情熱大陸「キャンプギアクリエイター・小杉敬」

番組で流れた2つの涙。でも、その理由は語られない。

主人公は49歳のキャンプギア・クリエーター。独創性と機能性を追い求めたテントが人気だという。

いつものように、ファーストコメントは秀逸だった。

「朝の空気は澄み切っていた。自然の中で自分と向き合い、これまでの紆余曲折を思う。言うに言えない苦労を経て手に入れた、充実」

少し引っ掛かりのあるコメント。紆余曲折とは何だろう。でも、そこにふれることなく物語は進んでいく。

商品テストを兼ねて自らのギアでキャンプ。取材班を手料理でもてなし、傍らには当然アサヒのビール。なんというか、色々羨ましいシチュエーションだ。

最先端のテントがどのようにデザインされ、作られていくのか。ユニークなテントの建て方やこだわりは、見ていてとても心地よい。YOUTUBEの動画を意識しているようにも思える作り。同志のような存在に見える妻とのシンプルな暮らしぶりも含めて、その生き方に憧れ、共感する人も多いのだろう。

ザラつきを感じたのはインタビュー。良くも悪くもこだわりの強い人格が伝わってくる。

「機能を追求して、さらに美しさをそこに付加させる。難しいんですよ。その難しいテーマにチャレンジをしていきたいと思ったので、(社名に)ゼインアーツって、アーツを付けたんです。これ自分を縛ってるんですけど。名前にアーツって付けるのも、すごく勇気がいったんですけど。自分は足枷として、アーツってのをあえてつけようとして。重いでしょ。立ち上げの時、全ディーラーにこういう話をしたんですよ笑」

きっと、うまくいく事ばかりではなかった、はずだ。

しかし、冒頭で語られた「紆余曲折」について、詳しく語られることはない。何年か前に、会社をやめて、今の会社を立ち上げた。
その頃の状況についてナレーションが入る。

出世も早かったけど、「モノづくりの志」とのしかかる「経営の論理」は当然のように軋み始めた。

そして小杉のインタビュー。

「働くって何だろうってずっと考え続けてきて。自分はたぶん何にも人に貢
献せずに死んでいくんだろうなあって思ったら、もう辞めたくてしょうがなかったですよね」

少し突飛な思いを淡々と語る小杉。
続いて語られる、妻のインタビューで一つ目の涙はこぼれた。

「なんか、前職ですごく苦労してたから、何か目の前にターニングポイントがあるのに、ここまで我慢したのになって」

起業の不安。それだけでは片づけられない、何があったのか。でもそこでシーンは変わり、状況はそれ以上説明される事はない。

ファーストコメントが想起される。
「言うに言えない苦労」
それは、本人がでもあり、番組として、でもあったということか。

ラストシーンは小杉のテントを愛する人たちが、一堂に会したイベント。
富士山の麓のキャンプ場に並んだ自らのテントを見て、小杉は涙を流す。

2つ目の涙の理由は難しくない。彼の人生を賭した勝負が形となって成就した瞬間。それは涙もこぼれるだろう。

何があったんだろう。番組が終わっても気になるのは、1つめの涙の理由。

彼は何かを我慢して組織で生きて、組織の中で何かを掴みそうになった時に、それを投げ出して本来の道へと歩み始めたのだろう。その何かをネットとかで調べることもできるのかもしれない。でも、それはしなくてもいいような気もした。
彼が語らずに、番組でも語ってほしくないと考えた何か。
それは、どこかわかるような気がするからだ。

そしてラストコメント。

自分を偽らずに生きることは難しい。でもそこには何ものにも代えがたい喜びが待っている。

小杉の思いか、小杉を取材した制作者の思いか。あるいは、その両方か。
派手なドキュメンタリーではなかった。
それでも、何かひっかかりを残す作品だった。

何かを語らないことで、何かを想像させる。
それが意図的であったかは、わからないのだけれど。

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