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#9 「太陽の涙」バレーボール・黒後愛

太陽のように黒後は笑う。誰かを笑うのでなく、何かを笑うのではなく、内側から笑顔があふれる。仲間の体温を上げる。でも楽しくて笑う、だけじゃない。
自分の笑顔で周囲を照らす。太陽にも意思がある。

バレーボール、東レアローズ。新たに就任した越谷監督は4年目の黒後をキャプテンに指名した。1年目からエースだった黒後。野球で言えば先発ピッチャーか4番バッター。自分がいいプレイをすることが勝利への近道。自分の得点こそがチームを前に進める。きっとそう信じて「自分」に集中してきた黒後をキャプテンに。監督は何かを期待した。

「黒後らしくやればいい」あえて答えは示さない。

飄々とした佇まいの監督には、黒後の伸びしろが見えている。でも、それは自分で気付かなければ意味がない。目先の結果にとらわれない覚悟もあったのだろう。それだけ黒後の成長には価値があるということだ。

チームスタッフに預けたデジタルカメラ。映し出されていたのは、朗らかな黒後と思い悩む黒後。大きく笑った黒後が、一瞬「素」の表情に戻る。笑顔の奥で何かを考えている。言葉にすることは得意じゃなかった。背中で思いを伝えるのが潔いと考えるタイプ。

「考えすぎてもだめだし、考えないのもだめ。でもありのままでもいたいし、難しい」

言葉で全てを表現できるとはどうしても思えない。誤解されるくらいなら、言わない方がまし。口当たりのいい言葉で肯き合う世界は、少し生ぬるく感じてしまう。自分に厳しく、周囲にも同じレベルを求める。これまではそれでも良かった。

たった一つの敗北。それで全てが揺らぐことがある。いや違う。揺らぎは連勝の中にもあって、知らず積もっていたのかもしれない。

きっと黒後は「絆」なんて言葉を安易に使う方ではない。 それでもチームの結びつきが不確かなものに思えた時に、彼女は考え始める。言葉について、「言葉で思いを伝えること」について。キャプテンの私は何を言うべきか、言わないべきか。

絆を確かめたくなるとき、絆は揺らいでいる。確かめたいけれど、確かめるのが怖い。互いに持ってる紐のような絆を、引っ張って確かめてみたいけれど、手応えが無かったらどうしよう。もう相手はそれを手離してるかも。そう考えると、手に持った紐を引くことができない。

選手の役割が分けられたバレーボール。拾う選手がいて、上げる選手がいて、決める選手がいる。得点ごとに失点ごとに、何であんなに集まるんだろうと不思議だった。コートの上で選手たちは、私たちが思う以上に離れて感じるのかも知れない。

「私がどうしていきたいかっていうのを、もっと示していかないとダメだなって。プレーでもそうだし、言葉でもどう伝えるか。どうつないでいくか」

黒後は自分の気持ちを伝えることを決めた。まずは自分が裸にならないと何も動かない。これまでもチームの為に心を砕いてきた黒後が最後に踏み出した、大きな一歩。チームメイトに隠してきた弱さも含めて伝えた。誰よりも強くありたいと考えてきたけれど、それだけじゃダメだと気付いた。

そしてチームはひとつになり、敗れた。

バラバラでも勝てた試合があり、ひとつになれても負けた試合があった。どちらが良かった?勝てた方がいいに決まってる。でも本当にそうか。どちらがチームを前に進めるかは、これからにかかっている。

それでも、と思うはずだ。東レアローズというチームは続くけれど、今シーズンのチームは今シーズンで終わる。誰かはいなくなり、誰かが加わる。今のチームの皆と喜びたかったと、きっと思っているだろう。つかめなかったことで知る、つかみたかったものの価値。

「後輩の涙を見て、もっと強くなければいけないなっていうのは思いました」「この気持ちを忘れてはいけない」

黒後は泣かなかった。きっと泣くことで、何かが発散され解消することを拒んだ。自分は泣きたい思いを背負って、でも泣くことを自分に許さない。黒後はそういう人だ。自分がこうと決めたことは決して譲らない。

太陽のように輝く人を見つめることは難しい。もし私たちが撮影できたとしても、太陽の奥にあるものは、映らなかったかもしれない。撮影してくれたチームスタッフの都さん。カメラを回しながら彼女も、少しでもキャプテンを助けよう、少しでもチームを前に進めようとしてきた。周囲に影響を与え、みなを前へと駆り立てる熱。それもきっと黒後という太陽が発したもの。ぶつかり合い、影響を与えあい、それぞれが前に進むこと。それが越谷監督の真意だったのか。

そして、物語は終わらない。黒後には黒後のこれからがあり、石川真佑にもヤナ・クランにもこれからの物語がある。いつか石川真佑がキャプテンになる日が来るかと想像すると、なぜか微笑みが浮かぶ。日本代表では「背番号1」を背負う黒後愛。もう「私たちの」と言いたくなる気持ちさえある。

特別な番組になると感じてきた。

東レアローズというチーム、黒後愛という選手。それぞれにとって2度とないシーズンに伴走し。番組として届けることができたことを感謝したい。



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