キャノンボール・テイクス・チャージ/キャノンボール・アダレー
1959年4, 5月録音アルトサックス奏者、キャノンボール・アダレーの『キャノンボール・テイクス・チャージ』を取り上げましょう。
キャノンボール・アダレー通算14枚目のリーダー作にして、初めてのワンホーン・カルテットによる作品です。
それまではトランペットや他の管楽器とのホーン・アンサンブル、またヴィブラフォン、ストリングスを迎えキャノンボールをバックアップすべくのサウンドを含めて演奏を聴かせましたが、本作でアルトサックス奏者としての全貌を明らかにします。
55年7月録音初リーダー作『プレゼンティング・キャノンボール・アダレー』以降僅か4年間に14作を発表し、58年に至っては5作ものアルバムをリリースします。
55年のニューヨーク、カフェ・ボヘミアでのセンセーショナルなデビュー、チャーリー・パーカー没後に入れ替わるが如くのシーン参入も功を奏した事でしょう、ジャズミュージシャンには珍しい巨漢ぶりは注目に値し、パーカースタイルを有せず寧ろベニー・カーターのプレイに影響を受け、加えてゴスペルやR&Bからのテイストも内包する当時としては耳新しいスタイル、それらが並外れた演奏能力で表現されるので瞬く間に人気を獲得し、更に58年から在籍したマイルス・デイヴィス・セクステットでの名演奏の数々が拍車を掛け、その地位を不動のものにします。
そもそもが弟でコルネット奏者のナットとコンビでのアダレー・ブラザーズ、更にシーンを牽引するマイルスのバンドでの活躍ぶり、周囲はキャノンボールの隣には必ず管楽器奏者が立ち、共に演奏を繰り広げるものと認識していたでしょう。
本作『テイクス・チャージ』の前作、2ヶ月前59年2月録音ジョン・コルトレーンとの2管編成での名作『キャノンボール・アダレー・クインテット・イン・シカゴ』、マイルス・セクステットのツアー千秋楽翌日にリーダー抜きでシカゴにてレコーディングされた傑作ですが、『テイクス・チャージ』収録のレコードA面は全く同じリズムセクション、ピアニスト、ウイントン・ケリー、ベーシスト、ポール・チェンバース、ドラマー、ジミー・コブらを擁し、時系列としてセクステット、クインテット、そしてとうとうワンホーン・カルテットで自己表現を行うことになります。
キャノンボールは生涯に60作品近くをリリースしていますが、その殆ど全てに弟のナットを筆頭にした管楽器奏者を迎えており、キャノンボールの演奏にスポットライトを当てるべくのワンホーン・カルテット作品は、本作と61年1, 2, 3月録音マイルスバンドでの盟友ビル・エヴァンスとのコラボレーションから成る、キャノンボールの口癖をそのままタイトルにしたと言われている『ノウ・ホワット・アイ・ミーン?』の僅か2作品だけになります。
常に歌心溢れるインプロヴィゼーションを繰り広げ、極太の音色はしかしテナーサックスのそれではなくアルトサックスそのもの、誰よりも艶やかでリリカル且つ豊富なニュアンス、迸る魅惑的な色香を放ちつつのメロディプレイ、オリジナリティを有して強力にスイングするグルーヴ感、音楽的にハイレヴェルな構成音からなる知的なラインの連続、アップテンポになれば驚異的なスピード感を発揮し、その高速振りは独壇場を示し、ドライヴ感からあらゆるプレイヤーの羨望の的になりました。故に表現者としてオールマイティ、有り得ないほどの才能を見せつけます。
しかしこれ見よがし、押し付けがましさは彼のプレイには一切無く、常に自然体で演奏を行いますが、キャパシティ自体が尋常ではない次元で備わっているため、どうしても表現に強さ、濃さが付き纏います。この事は芸術家にとって寧ろ素晴らしい事で、強さや濃さを表現しようにも才能として持ち合わせない限りは不可能です。
料理に例えるならば、彼が調理する音楽は様々な美食を配膳するフルコースのディナー、見目麗しくゴージャスさが光りますが、毎食では誰でも食傷気味です。
キャノンボールも自身のテイストを全開にすれば、表現が突出する事をよく分かっていたでしょう。
要は如何にバランス感を保ちながらプレイを行うかですが、幼い頃からのパートナーである弟のナットの存在が音楽的緩衝材、言い方を換えれば箸休めとなり、問題を解決させていました。
音楽はもちろん、人間性を心から尊敬していたナットは兄のバンドで共に活動出来るのを喜びとし、極めて精度の高いアルトプレイに遜色ない演奏を提供出来るプレイヤーにまで自身を高め、そしてキャノンボールの演奏を引き立てるクッションとなるべくのソロ、バンドの重要なレパートリーとなり大ヒットを遂げたナットのオリジナル、ワーク・ソング、ザ・ジャイヴ・サンバ等の楽曲提供で影になり日向になり、内助の功を発揮します。
美しい兄弟愛は日本を代表する世界的ジャズプレーヤー、日野皓正氏、元彦氏兄弟の関係にも通じます。兄を心底敬愛する元彦氏は共に音楽を演奏せんがため、一歩でも皓正氏の音楽性に近付けるよう、日々精進し、音楽の研究、ドラムの練習、作曲行為を怠りませんでした。
「兄貴と同じレベルにいないと一緒に演奏出来ないからさ」とは元彦氏の口癖、私は元彦氏、皓正氏両方のバンドに在籍中、この事を元彦氏から良く聞かされ、兄弟で音楽を演奏出来る素晴らしさを叩き込まれました。
75年に46歳の若さでキャノンボールが他界すると、ショックからナットは1年間活動を停止してしまいます。一念発起した復帰後は兄の音楽にトリビュートすべく、クインテット出身者を迎えたセクステット編成でアダレー・ブラザーフッドを組織します。
ナット以外にもセクステットでのテナー奏者ユゼフ・ラティーフ、チャールス・ロイド、それこそ共演のマイルス、コルトレーン、ミルト・ジャクソン、ウェス・モンゴメリーらのプレイが、キャノンボールのプレイのバッファーとなりました。
62年12月録音ブラジルのミュージシャンとのコラボを記録した『キャノンボールズ・ボサ・ノヴァ』、リオデジャネイロの管楽器奏者がホーンセクションで参加していますが、あくまでキャノンボールの艶やかでグルーヴィーなアルトプレイをフィーチャーすべくの作品、こちらは率直に彼のワンホーンが功を奏する、ボサノヴァとキャノンボールのジャズが融合した傑作です。
こちらnoteにこの作品についてのブログを掲載しました。どうぞお読みください。
https://note.com/tatsuyasato/n/n4c2fa9e041bd
それでは収録曲について触れて行きましょう。
1曲目イフ・ディス・イズント・ラヴは、名曲オン・ア・クリアー・デイ・ユー・キャン・シー・フォーエヴァーを作曲したことで知られる、バートン・レーンのオリジナル。如何にもミュージカルに使われていたかのショウ仕立てを感じ、アルバムのオープニングに相応しいナイス・セレクション、軽快なテンポが設定されています。
冒頭イントロではアルトとベースの掛け合いが行われ、テーマ直前のブレークではピアノにピックアップソロを任せます。
ポール・チェンバースのベースがバンドをグイグイと引っ張り、テーマ奏開始です。ここまでグレイスフルにしてセクシー、艶やかな音色はキャノンボールだけが発揮できる個性、ロングトーンへのヴィブラートの処理が見事です。掛けたり掛けなかったりのメリハリでトーンが一層ゴージャスにサウンドします。
更に音量の微妙な大小コントロールが、メロディの持つスイートさをよりクリアーなものに仕立てています。
そしてウイントン・ケリーのいつに無く饒舌なバッキングがキャノンボールの吹くメロディラインを逆に浮かび上がらせていて、ここには長年の共演経験を感じさせます。
キャノンボールの常ですが、ピックアップソロには意外性を持たせ、続くソロ本編への期待感をよりリスナーに提示しようとする意図を感じます。これはテナーサックス奏者マイケル・ブレッカーのスタンダード・ナンバー演奏にも共通するテイストです。実はマイケル、キャノンボールに多大な影響を受けているので、その表出なのかも知れません。
それにしてもこのソロでのキャノンボールのスピード感が壮絶です。ここで思い浮かぶのが彼の4枚目のリーダー作57年2月録音『ソフィスティケイテッド・スイング』のジャケットです。
これは一体どれだけ加速が良く、スピードの出るスポーツカーなのでしょうか。車体はベンツ300S、カラーは眩いばかりのレッド、ピカピカに磨き上げられたリアトランクの曲線美と運転席にこれから乗り込む(下車する?)、ドアに手を掛ける女性のセクシーな後ろ姿、キャノンボールの洒落た、ゴージャスなスイング感を端的に表しています。
ケリーのソロに移ります。端正な8分音符は拍に対して音符を一つづつ丁寧に置いているかのノリ、安定感に起因する落ち着きを感じますが、キャノンボールに比べればそこまでのスピード感はありません。
比較的短くソロを終え、その後はドラムとの8小節交換が行われます。アップテンポにも関わらずのスリリングなやり取り、展開は流石と唸らされます。
その後ラストテーマを迎えますが、ここでは再びソロ時とはケリーのバッキング・アプローチが変わるので、敢えてのカラーリングと判断出来ます。
そしてエンディング・セクションのメロディで聴かれるキャノンボールのニュアンスの妖艶さ、これは堪りません!
2曲目アイ・ゲス・アイル・ハング・マイ・ティアーズ・アウト・オブ・ドライは作曲ジュール・スタイン、作詞サミー・カーンのコンビによるミュージカル・ナンバー。ドラムはマレットを用い、ルバートによるピアノトリオのイントロが聴かれます。抑揚が効いた表現にはミュージカルからの影響を感じます。
キャノンボールのバラード演奏時ぐっと音量を抑えたメロディ奏、その際に発生するシュワー、ザワザワと言った付帯音の豊富さが彼の特徴の一つですが、ドラムのブラシワークの成分が同傾向のために消されがちなのが残念です。
サビのメロディをピアノに委ね、キャノンボールは後ろでオブリガートを吹奏します。その際のニュアンス付けにはまた違ったテイストを感じます。
その後のメロディ奏では音の張り具合にダイナミクスを感じ、ドラマティックな構成を演じています。
ソロに入りドラム、ベースはダブルタイム・フィールで伴奏します。フレーズを噛み締めるかのように間を取りながらのソロ、強力なイメージと表現力が成せるプレイです。ピアノソロはいつものケリーの淡々とした節回しと、こぶしの使い方を聴かせラストテーマに繋がります。
3曲目セレナータは米国の作曲家ルロイ・アンダーソンによるナンバー、何処かキャノンボールのオリジナル、前出『キャノンボール・アダレー・クインテット・イン・シカゴ』収録のナンバー、ワバッシュに似たテイスト、コードの転調感を覚えます。
ベースのペダル・トーン、リズミックなコードワークによるイントロからテーマ奏に入ります。
小粋なセンスを活かしたメロディプレイには純然たるジャズテイストと言うよりも、ゴスペルやR&Bからの影響を感じます。
ブレークソロでは案の定猛烈なフレージングがプレイされ、掴みはオッケー状態、続くソロ展開へ否応なしにオーディエンスを引き込みます。
コード転調へのナチュラルなアプローチには創意工夫を感じ、8分音符、16分音符への変幻自在な移り変わりやコード進行の先取り、サウンド変化に対する立ち上がりの良さを感じます。
テーマ〜ソロ〜テーマとキャノンボールの独演で進行し、ラストテーマを迎えます。
4曲目アイヴ・トールド・エヴリ・リトル・スターはジェローム・カーン、オスカー・ハマースタインのコンビによる名曲、ソニー・ロリンズの50年代最後のスタジオ録音作品58年10月録音『ソニー・ロリンズ・アンド・ザ・コンテンポラリー・リーダーズ』にも同曲が収録されています。
ハッピーで華やかなテイストはキャノンボールの持ち味にフィットし、楽しげにプレイしているのが手に取るように伝わって来ます。
イントロ無しで冒頭からのテーマ奏、ロリンズ・ヴァージョンで用いられた途中の剽軽なフレージング部分、ここではケリーによるフィルインが代役を務めます。
テーマ最後に於ける(注目の)ブレーク部分、今回は半音上に転調ないしは裏コードを想定しスムースに着地すると言うスリリングな手法を選択しました。素晴らしいです!自由自在なアプローチに驚嘆せざるを得ません。
流暢なフレージング、迸るアイデア、スイング魂、抜群のタイム感、まるで豪華なフランス料理のフルコースが、三ツ星に輝く高級レストランで配膳されたかの演奏、全てが申し分ありません。ここではメニュー全ての提供がコンパクト且つ迅速に行われ、ピアノソロに続きます。
マイペースにインプロヴィゼーションを展開するケリーの穏やかな語り口には、意外性は感じられず全てが予定調和内の出来事ですが、ハードバップ・スタイルであればその枠内に嵌まり込む事が重要であり、言わば様式美の範疇での表現です。
途中ピアノソロが一度終わりそうになりますが、ベースソロへ配慮したのか、ラストテーマに進むべくを考えたのか、一瞬ドラムのフィルインが対応します。そのまま何事も無かったようにソロが続きラストテーマに入ります。
5曲目ベアフット・サンデイ・ブルース、この曲からベーシストがパーシー・ヒース、ドラマーがアルバート・ヒースの兄弟リズム・セクションに変わります。
こちらはキャノンボール作曲のブルース・ナンバー。後年のクインテットでのレパートリーを彷彿とさせるテイストを感じさせ、その先取りとなります。
ブルージーにしてファンキーなキャノンボールのプレイは多くのアルト奏者に影響を与えました。その代表格メシオ・パーカーに受け継がれたテイストをここでの演奏から強く感じますが、リズム・フィギュアに起因するように思います。
アルト演奏のナチュラルな盛り上がりにリズム隊、特にドラマーが倍テンポで的確に対応します。
ピアノ演奏に続きます。ドラムはテーマで用いられた2拍目に入るリムショットを再度用いムード、グルーヴを変えます。ケリーが珍しく引用フレーズを弾いているのが印象的です。
ブレーク後はスイングビートにチェンジしますが、ヒース兄弟によるリズムのコンビネーションがリズムを的確にリードしています。
その後はベースソロ、曲想に合ったテイストを用いてのインプロヴィゼーションを聴かせます。ラストテーマはフェードアウトにて余韻を持ちつつFineです。
6曲目プア・バタフライはプッチーニ作曲、オペラ蝶々夫人の挿入曲で、ジャズマンにも好まれ、取り上げられる佳曲です。
ピアノの左手とベースによる4拍目のシンコペーションが意外性を伴ったイントロから始まります。これはキャノンボールによるライティングでしょうか、ユニークです。
メロディプレイはエレガントにしてゴージャス、キャノンボールの手に掛かればあらゆる歌曲は華やかさを発揮します。
ロングトーンに掛けられるヴィブラートが効果的に響き、同時に音量が減衰することで哀感も表現されるため、深い表現が成されます。
ケリーのバッキングは楽曲の持つコンセプトに根差し、キャノンボールのテイストと合致して小気味よく打鍵しています。
テーマ後ブレーク部分で小洒落たピックアップソロを放ち、ソロに突入します。
低音域は必ずサブトーンで吹奏し、高音域もその延長でプレイしているため、特にサイドキーでの楽器の鳴りに他のプレイヤーでは聴かれない音成分を確認出来ます。
ここでも高級食材をふんだんに使用したフランス料理、フルコース演奏を感じます。実に素晴らしく、完璧なまでのプレイの連続、でもそろそろ箸休めに別なプレーヤーの音色、プレイを聴きたくなるのは私だけでしょうか。
ケリーの流暢にして間違いないピアノソロがあり、その後ラストテーマへ、コブはブレークを利用してすかさずブラシに持ち替えます。テンポ自体は冒頭に比べてかなり遅くなりましたが、グルーヴ感は問題なく持続してFineです。
7曲目アイ・リメンバー・ユーは作詞ヴィクター・シャーツィンガー、作曲ジョニー・マーサーのコンビで書かれたナンバー、映画の挿入曲にも用いられました。
こちらもメッセージ性を湛えたイントロから開始されます。速いテンポにも関わらず、アルトの脱力したテーマ演奏からキャノンボールの余裕ある音楽表現が伝わります。
ピックアップソロ・アプローチへの余念の無さはここでも発揮されながらソロが始まります。饒舌でいて細部へのこだわりを忘れず、同時にサムシング・ニューの表現を盛り込み、表現者と同時に職人的な気質を認める事が出来ます。
時に熱くなり、一転してクールな表情を浮かべる。様々な方法論を駆使しながらタイトなリズム感で立板に水状態のブロウを行い、楽しげなフレージングはリズミックに響き、ピアノトリオとの兼ね合いをさらに密にさせます。
ピアノソロ後にドラムと4小節交換が行われます。ヒース、コブの二人のドラミングはよく似ていて、フィリー・ジョー・ジョーンズからの影響を感じますが、コブの方により躍動感を認める事が出来ます。
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