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Cannonball’s Bossa Nova / Cannonball Adderley and the Bossa Rio Sextet of Brazil

今回はCannonball Adderley 1962年12月録音のアルバム「Cannonball’s Bossa Nova」を取り上げてみましょう。ブラジル人ピアニストSergio Mendes率いるThe Bossa Rio Sextet of Brazilが伴奏を務めた、極上のBossa Novaアルバムに仕上がっています。

Recorded: December 7, 10, 11, 1962 at Plaza Sound, New York City Recording Engineer: Ray Fowler Produced by Orrin Keepnews Label: Riverside 9455
as)Cannonball Adderley p)Sergio Mendes g)Durval Ferreira b)Octavio Bailly, Jr. ds)Dom Um Romao tp)Pedro Paulo(#2, 4-5, 7-8) as)Paulo Moura(#2, 4-5, 7-8)
1)Clouds 2)Minha Saudade 3)Corcovado 4)Batida Diferentes 5)Joyce’s Sambas 6)Groovy Sambas 7)O Amor Em Paz (Once I Loved) 8)Sambops

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場所はNew YorkのジャズクラブBirdland、1962年のある夜Cannonball Adderleyが6人の若者に囲まれて熱心に話をしています。彼らはBrazil人ミュージシャン、ピアニストSergio Mendesがリーダーを務めるThe Bossa Rio Sextetのメンバーで、とあるコンサートのためにNew Yorkを訪れていたのです。Cannonballの音楽に熱狂的ファンだった彼らは、自分たちの演奏を聴いてもらえるように働きかけ、それをBirdlandで実現させました。彼らの演奏を大変気に入ったCannonballは即座にレコーディングを発案し、本作録音に至ったのです。

そのとあるコンサートとは、62年11月21日にNew York Carnegie Hallで開催されたBossa Nova Concertの事で、言ってみればBrazilian Bossa Novaの米国初進出コンサートです。出演者はBrazilを代表するミュージシャンたちMiltinho(Milton) Banana, Luiz Bonfa, Oscar Castro-Neves, Joao Gilberto, Antonio Carlos Jobim, Carlos Lyra, Sergio Mendes Sextet等20名を超えるBrazil勢にArgentinaからLalo Schifrin、米国既Bossa Nova経験組Stan GetzやGary McFarland、Bob Brookmeyer等錚々たるメンバーを擁しての企画でしたが、実は悲惨な結果に終わったとStan Getzの伝記「音楽を生きる」に記載されています。あまりにも多くの凡庸なグループがステージに上がり、場はしばしば混沌状態に陥りました。想像するにおそらくしっかりとした企画がなく、Brazilのミュージシャンをまとめて招聘すれば何とかなると高を括ったのでしょう。多分プロデューサー、舞台監督も存在しなかったように感じます。しかもコンサートのスポンサーになったオーディオ会社がライブ録音の方を重視してマイクロフォンをセッティングしたため、本末転倒、演奏はホールにいる聴衆の耳には届かずサウンドは最悪だったそうです。コンサートの失敗を強く恥じたBrazil政府(政治問題にまで発展したようです)は僅か2週間後に自らがスポンサーとなり、New York Manhattanの大規模ジャズクラブVillage Gateで入念に準備されたコンサートを開催し、挽回をはかり、代表格Joao Gilberto,やAntonio Carlos Jobimは米国の聴衆に彼らの芸術をしっかりと披露する事が出来たそうです。BrazilにとってBossa Nova Music最大のマーケットとなり得る米国、そこでの第一印象が悪ければとんでもない事になると、かなりの危機感を抱いたのでしょう。やれば出来るのですから初めから徹底した企画でCarnegie Hallの晴れ舞台に臨めばよかったものを、南の国の楽天的な考えが当初は支配していたのかも知れません。

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当日の演奏を収録したアルバム「Bossa Nova at Carnegie Hall」The Bossa Rio SextetはJobimのOne Note Sambaを演奏しています。
その後Bossa Novaは大ブームになり、Zoot Sims, Paul Winter, Charlie Byrd等のジャズ・ミュージシャンもBossa Novaアルバムを発表しました。フルート奏者Herbie MannはCarnegie Hall Concert前の同年10月、単身Brazil入りし、いち早く当地のミュージシャンAntonio Carlos Jobimほかとレコーディング、本作のThe Bossa Rio Sextetとも2曲録音しています。
「Do the Bossa Nova with Herbie Mann」
Recorded in Rio de Janeiro with the Greatest Bossa Nova Players

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同じくGetzの伝記にはこのようにも書かれています。『「ボサノヴァ」という魔法の名前がついたレコードはどんなものでも飛ぶように売れた。そしてノヴェルティ業者たちは「ボサノヴァTシャツ」とか「踊るボサノヴァ人形」とか、「ボサノヴァ蛍光ポスター」とかいったものを片端から売りまくった。すべてのブームに付きもののわけのわからなさは人々の要求に更に火をつけた。少しばかり憂愁の香りを漂わせる、概ねハッピーな音楽とその伝染性のあるリズムは、キャメロットに住む見栄えの良い夫婦(ケネディ大統領夫妻のこと)に率いられたアメリカは無敵であるという、世間のうきうきした楽観論を反映するものだった。』おそらく自伝筆者の私見だと思いますが、シニカルなGetzの考えをいかにも代弁したかのような話です。因みに前述のBossa Novaを取り上げたジャズ・ミュージシャン作品の中で、個人的に素晴らしいと思えるのは本作と63年録音Stan Getz「Getz / Gilberto」の2作です。

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それでは内容について触れていく事にしましょう。1曲目は本作に参加しているギタリスト、Durval FerreiraのナンバーでClouds。曲想から入道雲をイメージしますが、夏のRio de Janeiroの雲はさぞかし雄大なことでしょう。彼もRio出身で他にも3曲本作に提供しています。ピアノのイントロにシンバルが被さり、雰囲気作りが成されます。そしてテーマへ、Cannonballの登場です!それにしても、何という素晴らしい音色でしょうか!音の極太感、艶、柔らかさと滑らかさ、ゴージャスなまでに加味された豊富な付帯音、音量のダイナミクス、無限に有するのではと感じるビブラートの多彩さ、ニュアンス付けの巧みさ。真夏の太陽が燦々と降り注ぐ浜辺を長時間歩き、思わず見つけた椰子の木陰で涼を取る爽やかさ!Cannonballはもともと音量のアベレージ、設定が小さいので、大きく吹いたときの振れ幅が凄まじく、聴感上のインパクトがあり得ない次元にまで聴き手を誘います。実際本作でも、彼がボリュームを上げ、シャウトして吹いた時には音が歪んでいます。レコーディングのフェーダーを小〜中音時でのレベルに合わせているためでしょう、間違いなくピークレベルで針が振り切っています!低音域でフレージングが終始する時に必ずサブトーンを用いるので、音色の変化に思わず「うおっ!」と声が出てしまいます!メロディの合間に挿入されるフィルインの知的さとナチュラルさ、大胆な技法を用いつつも細部に至るまでの綿密な配慮、常にリスナーサイドに立ちつつバランス感を保ち独りよがりにならず、自身も演奏に際しての感情移入が半端なく、何より本人が演奏を楽しみまくっていることが手に取るように伝わるのが堪りません!Brazil出身の彼ら共演者にはジャズミュージシャンとしての心得、インタープレイやレスポンスを求めることは困難ですが、本場のBossa Novaのリズム、サウンドの上でCannonballが大海原を泳ぐイルカ(彼の体型的にはもっと大きい海獣かも知れません〜汗)のように漂う感じを楽しむのが本作の聴き方と、早速解釈できました。Mendesの短いソロに続き、ラストテーマへ、CannonballのBossa Nova Musicへの参入は彼の事を愛してやまないBrazilianたち、これ以上あり得ないほどの素晴らしいメンバーを擁してレコーディングされました。それにしても彼のプレイ、改めて前回当Blogで取り上げた7年前の録音「Introducing Nat Adderley」での演奏とは比較にならない程、格段の進歩を遂げています。
2曲目はBrazil出身のミュージシャン、作曲家Joao DonatoのナンバーMinha Saudade、軽快なテンポでトランペット、アルトサックスのアンサンブルで心地よいイントロが始まります。躍動感溢れるドラミングを聴かせるDom Um RomaoもRio出身、72年から74年までかのWeather Reportにパーカッション奏者として、4作に参加した経歴を持ちます(「I Sing the Body Electric」「Live in Tokyo」「Sweetnighter」「Mysterious Traveller」)。Cannonball Quintet60年代にはWeather Reportのリーダー、Joe Zawinullが在籍していました。その関係でのコネクションかも知れません。
Weather Repot / Sweetnighter

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Weather Report / Mysterious Traveller

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そしてCannonballのテーマ奏、これまたノックアウトです!ここでは音色に加えメロディのスピード感が素晴らしい!加えて0’27″でのビブラートの色気!サビをBrazil勢が演奏するメリハリも素敵です!Bossa NovaはStan Getzのテナーサウンドが代名詞となっていますが、Cannonballのアルトサウンドも全く双璧を成していると思います。1コーラスMendesがソロを演奏、メロディアスなフレージングに魅力を感じますが、タイムの捉え方は結構on topに聴こえます。
続くCannonballの意表を突いた始まり方はキャッチーですね!絶好調さはソロ本編に於いても一貫して継続しています。ラストテーマはサビから開始、そのままBrazil勢が最後までテーマを演奏してFineです
3曲目はお馴染みAntonio Carlos Jobimの名曲Corcovado、全くストレートにテーマを演奏していますがこの音色、そしてニュアンスで吹かれると、ただもうそれだけで大納得、実に美しいです!これだけシンプルな語り口だと、メロディ間のフィルインがまた良く映えるのです。ソロもモチーフを元に、じわじわと次第に発展させていく手法で構築していますが、十分に間合いを取り、フレーズとフレーズの関連性はあるが互いを干渉せずに独立させ、ストーリーの抑揚を万全とし、様々な専門用語を使いながらも難解な、とっつき難い発音を一切排除し、時には大胆不敵に、またある時には囁くように、森羅万象を表現しているが如しです。
それにしてもバックのBrazil勢、完璧に淡々と伴奏を行いますがソロとのインタープレイは見事なまでに一切ありません!Bossa Novaのリズム、グルーヴ、ギターのカッティングを中心としたサウンドを相手に、フリーブローイング状態のCannonball、ひょっとしたら彼自身が「Guys, ジャズっぽい事は何もしなくていいんだよ、素の君たちが欲しいんだ。」と彼らに提案していたのかも知れません。ピアノソロ後のテーマ奏とフェイクにも素晴らしいイマジネーションを感じさせます。
4曲目Batida DiferentesはFerreiraのナンバー、威勢の良いサウンドにCannonballが絡みつつイントロが始まり、2管のアンサンブルとCannonballがやり取りを行い、コール・アンド・レスポンス状態でテーマが進行します。ホットな中にも1曲目同様、椰子の木の木陰的な涼しさが垣間見える、こちらも佳曲です。テーマ最後に出てくるブレークでは、意を決したようなフレージングと音量で、続くソロパートに突入です。軽快なフットワークでのインプロヴィゼーション、コード進行に対する的確なアプローチ、饒舌ではありますが全く無駄を排除した、全てが音楽的にサウンドしている完璧なソロです!続くMendesのソロ、スタンダードナンバーのIt Might as Well Be Springのメロディをごく自然に引用しています。同曲は春には演奏しないという掟がありますが(笑)レコーディングは12月、四季問題は無事クリアーしました!(爆)この人のソロには常に自然体のメロディを感じます。ラストテーマでは再びCannonballとのやり取りが聴かれ、Brazil勢で次第にディクレッシェンドしてFineです。
5曲目Joyce’s Sambas、こちらもFerreira作曲。イントロ2管のアンサンブルから既に涼しげ、と言うよりも哀愁を感じさせるナンバー、Cannonballは深いビブラートを用いつつ情感たっぷりにテーマを歌い上げていて、管楽器リフの輪唱が効果的に響きます。アルトソロに入り、明るさと哀愁が同居し、実に抑揚の効いたメロウなテイストを披露します。珍しく(本作中ここ1カ所だけですが)1’41″辺りでCannonballの吹いたラインにMendesが反応し、答えています。本テイク3日間のレコーディングで最終日に収録されましたが、長い時間Cannonballと過ごしたので、彼からジャズのスピリットを少しだけ伝授されたのかも知れませんね。ピアノのソロに続き、ラストテーマを迎えますが、エンディングは他曲には無いカッコよさでキメて、Fineです。
6曲目Groovy Sambas、こちらはMendes作曲のナンバーです。彼にはMas Que Nadaという大ヒットナンバーが控えていますが、この曲も同曲に通じるムードを聴かせる佳曲、ピアノのバッキングも既にMas Que Nadaを感じさせます。Mas Que Nada実はMendes作ではなくRio出身シンガーソングライターJorge Benの曲ですが、Mendes66年に自己のバンドBrazil ’66でレコーディングし大ヒットとなり、こちらの方が有名になりました。Cannonballのメロディ奏がまず素晴らしい!彼自身この曲を気に入り、思い入れを込められたように感じます。続くソロの巧みな事と言ったら!お気に入りの曲ならば当然の事ですが、コード進行が複雑で入り組んだ部分に果敢にチャレンジするのは彼の常、スリリングなラインと大きく歌う部分との対比がこの人の特徴の一つだと思います。本作中最もホットでスインギーなソロとなりました。作曲者自身のソロも同様に本作中ベストなものでしょう。エンディング時フェルマータする筈がRomaoが勘違いして、一人叩き続けてしまったように聴こえます。「いっけねえ!」とばかりの、最後の締めの1発には不本意さからか、気持ちが入らず若干の空虚さを感じます(汗)。
Mas Que Nada 収録「Sergio Mendes & Brasil ’66」

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7曲目O Amor Em Paz (Once I Loved) はやはりJobimの名曲、様々なミュージシャンに取り上げられていますがこちらも代表的な名演奏に仕上がりました。まるで晩夏のRioの海岸で過ぎゆく夏の、とある情事に思いを馳せるかのような、レイジーなイントロからテーマに入ります。「おいおい、お前はBrazilに行ってそんな立派な事を経験をして来たことがあるのか?」と突っ込まれること請け合いですが(汗)、単なるイメージの世界ですので、宜しくお願いします(爆)。Cannonballはロングトーンにクレッシェンドを駆使したメロディ奏、そのバックでのホーンアンサンブル、何とゴージャスでしょう!それにしてもこの美の世界は一体何処からやって来たのでしょうか?アドリブソロは比較的モノローグ的、低音域を中心にボソボソ、ブツブツ、いや、ガサガサ、シュウシュウと語られますが(笑)随所に隠し味、大当たりの福引景品が用意されており、独白をひとつも聴き逃す事は出来ません!Everything Happens to Meのメロディがさりげなく引用されますが、実はRioの海岸での情事は彼自身にHappensした出来事なのかも知れませんね(笑)。本作参加のアルト奏者Paulo Moura、トランペット奏者Pedro Pauloのふたりはスタジオ内でCannonballのソロを神が降臨して来た如く、畏敬の念を持って、さぞかしうっとりと、頷きながら聴いていたことでしょう。その情景が手に取るように浮かびます。Mendesのソロ後ラストテーマへ。ホーンが加わった潔いエンディングも良いですね。
8曲目ラストを飾るFerreiraのSambopsは本作中最も快活なナンバー、リズム隊の躍動的なグルーヴはRioのサンバ・カーニヴァル状態、Romaoのフィルイン0’52″も一段と冴え渡ります。ホーンのアンサンブルもオシャレですが、吹いていない時にはおそらく何かしらのパーカッションで参加していると思います。レギュラー活動を長年行っていただけの事があり、ベーシストOctavio Bailly, Jr.とRomaoのコンビネーションも素晴らしいです!Cannonballのソロの実にマーベラスな事!水を得た魚(海獣?)の如き状態、リズミックさが堪らず、腰が椅子から浮かび上がり、リズムを身体全体で取ってしまいます!1’51″でCannonballがソロ終わりを匂わせた一瞬にMendesのフィルが入ります。自分にソロが回って来たと思ったのでしょう。1’59″からのウラウラのフレーズ、2’13″からの低音域から上昇シンコペーション・フレーズ、聴きどころ満載です!短いピアノソロ後ラストテーマ、イントロにダカーポして大団円です。

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