短編映画脚本 "Protagonist" (2023)

概要

シナリオの授業の課題として2023年の上半期に執筆した脚本です。『桃太郎』を原案としています。テロップやナレーションなどを使わないという条件がありました。本文ページ数は18ページ。

脚本

過去・西の国・森・川沿い(夕)

体を横にして眠りについているおばあさんの顔。
おばあさんの目が覚める。
おばあさんが顔を上にやると、日が沈みかけていることに気づく。
おばあさん「あぁ、またこんな時間まで寝てしまった。おじいさんに怒られてしまう」
おばあさんは急いで立ち上がり、散乱した物をまとめ、その場を急いで出発した。

西の国・村・家(夕)

おばあさんが息を切らして家の前に到着し、勢いよく扉を開ける。
おばあさん「ごめんなさい。帰りが遅れてしまって」
おばあさん、家に誰も居ないことに気づき言葉を止める。
家の外にいる戌(イヌ)が森の方向に向かって吠えている。

西の国・森(夜)

おばあさん「おじいさーん!」
薄暗い森の中をおばあさんが歩いている。
おばあさん「この辺りいるはずなのに」
草の茂みが揺れて音を立てる。
おばあさんは驚いて、
おばあさん「誰?おじいさん?」
草の茂みから卯(ウサギ)が現れる。
おばあさん「卯?なんで向こうの動物がこんなところに」
おばあさんがそう言葉にすると、卯はおばあさんのことをじっとしばらく見つめた後、おばあさんから見て右の方向に急に走り出す。
おばあさん「あっ」
おばあさんは咄嗟に卯を追いかける。

西の国・桃源郷(夜)

走りを止め、後ろを振り返る卯。
俯いて息切れしているおばあさん。
おばあさんが何かに気づいたように顔を上げると、うっすらと白い光に包まれている桃源郷が目の前に広がっている。
おばあさん「まぁ、こんなところに桃があるなんて」
おばあさんは興奮した足つきで桃源郷
の方に歩く。
おばあさんの近くの木から丁寧に桃を取り、少し躊躇しながらも桃を食べる。
おばあさんが桃を一口かじったあと、ふと地面の方に目をやると、桃源郷の入口から少し奥の開けた空間におじいさんが寝そべっているのを見る。
おじいさんの口元には欠けた桃が落ちている。
おばあさん「おじいさん!」

西の国・村・家(朝)

酉(トリ)の鳴き声が響いている。
隣人がおじいさんとおばあさんの家を尋ねる。
隣人、家の扉を三回叩く。
隣人「ごめんくださーい」
家の中は誰もいない。

西の国・桃源郷(朝)

桃源郷の中の開けた場所に若返ったおじいさんとおばあさんが眠っている。
おばあさんが起き上がる。

西の国・村・家(昼)


泣きわめく太郎の声が家の外に少し漏れている。
隣人がおばあさんおじいさんの家の玄関前にやってくる。
隣人が扉をノックしようとする。
隣人は赤ちゃんの泣き声を聞いて不思議そうな表情を浮かべながら、ノックしようとする手を止める。
隣人扉の前でぼーっとしていると、家の中から扉の方へ歩いてくる音が聞こえ、急いで近くの茂みに隠れる。
家の中からおじいさんが出てくる。
茂みからこっそり観察する隣人。
おじいさんは警戒するように少し辺りを見渡し、森の方へと歩く。

西の国・森(昼)

森の登り坂を右へ淡々と登り続けるおじいさん。
おじいさんの後ろをこっそりと追いかける隣人。
おじいさんが桃源郷に到着する。
隣人は驚いて思わず音を立ててしまう。
音を立てた隣人のいる背後の方に素早く振り返るおじいさん。
隣人は慌てて身を潜める。
おじいさんは背後を見つめ少し固まるが、振り返り歩みを始める。
隣人はおじいさんが少し遠くに行ったことを確認して、そっと来た道を戻り始める。

西の国・隣人の家(夜)

隣人が誰かに通信をしている。
隣人「読みは当たりました。はい。桃源郷を確認しました」

西の国・村(夜)

太郎が大声で泣き喚く音が村の辺り一帯に広く響いている。
東の国の攻撃によって村は焼け野原となっている。
軍の指揮官である大武が歩いてきて、倒れ込んで気絶しているおばあさんの元にやってくる。
おばあさんの近くで泣き喚く太郎。
太郎の目がほのかに紅く光っている。
大武「君か」
大武は太郎を左手で拾い上げ、雑に右脇に抱え込む。
タバコを取り出し、火をつけ、口に加えたまま無線機で本部の上層部に報告を行う。
大武「目標物を確保。及び桃源郷の制圧完了。これより帰還する」
大武が周辺にいる軍隊に対して手のジェスチャーで撤退を命令し、軍隊がこれに従い急ぎ足で撤退する。
大武の足元で気を失っていたおばあさんが目を覚ます。
おばあさんが太郎の危機に気づく。
おばあさん「・・・私の子をどうするつもり」
おばあさんは急いで立ち上がり、大武に衝突する勢いで太郎のもとに駆け寄るが、側近の兵士に抑えられ殴打され再び気を失ってしまう。

現代・東の国・大武の家(朝)

太郎、自宅のベッドの上で目を覚まし起き上がり、扉を開けて右手で目をこすりながらリビングに向かう。
太郎がリビングに行くとスーツを着て家を出発する直前の大武に出会う。
大武「おはよう。明日、独立記念日の式典がある。今日は忙しいから先に出る。夜も遅くなるかもしれない」
リビングの壁に貼られているカレンダーの明日の日付の箇所には、太郎の誕生日と小さく書かれている。
太郎、カレンダーのある方向に一瞬顔を向けようとするが、顔を止めて、少し気まずそうな表情と間を置いたあとに口を開く。
太郎「わかった。いってらっしゃい」

東の国・高校(昼)

都会の中心にある小綺麗な高校。
日本史のおじいさん先生が黒板に板書を書きながら、小声でぼそぼそと教科書の内容を語っている。
先生「現在、西の国の首都にあたる京都が、桃のなる純粋な土地、いわゆる桃源郷を求め東に侵攻しました。これがきっかけで、日本は二つに分裂、激しく争うことになり・・・」
太郎は右手にペンを握り、ノートにペンの先を当て続けたまま、授業を横目に、教室の窓から少し見える都庁をぼんやりと無心に眺めている。

東の国・高校・玄関(夕)

太郎が下駄箱から靴を取り出しスニーカーに履き替えようとする。
突如、大きな爆発音が遠くから鳴る。
太郎、急いで外に出る。
太郎は都庁のある方向から煙が上がっているのを目撃して、思わず顔がこわばる。
太郎「・・・まさか」
太郎、カバンから携帯電話を取り出そうとするも、焦りで手が滑りなかなか取り出すことができない。
やっと携帯電話を取り出すことができた太郎は、大武に急いで電話をかける。
大武からの応答がない。
太郎が走り出す。

東の国・都庁前(夕)

消防や警察、周辺にいた一般人などで騒然としている都庁前。
太郎が息を切らしてやってくる。
太郎、群衆をかき分け最前列に来ると、ちょうど建物が崩落し、辺り一帯が衝撃に巻き込まれてしまう。

東の国・病院(夜)

太郎はものすごい勢いで目を開ける。
太郎の目は紅く光っている。
無機質な天井と一定の機械音で包まれた室内で乱れる太郎の呼吸。
太郎の呼吸が徐々に落ち着いていく。
太郎は冷静を取り戻し、ベッドの横に人の気配を感じて右を見る。
祖父が太郎の目を見ている。
太郎「じいさん・・・父さんは」

東の国・葬式(夜)

大武の遺影。
頭と右手を中心に包帯が巻かれている太郎が遺影を静かに眺めている。
太郎の祖父が桃太郎の方に目線を移す。
 ✕ ✕ ✕
街をぼんやりと眺める太郎。
遠くから西の国に反発するデモの音が聞こえる。
後ろから祖父が歩いてきて太郎の横にやってくる。
祖父「大丈夫か」
太郎は沈黙を貫く。

東の国・車内(夜)

太郎の祖父が車を運転している。
太郎は助手席に座ったまままっすぐ前を見て黙っている。
赤信号になり車が停止する。
太郎は助手席でうつむいたまま、顔の向きを変えずに
太郎「やっぱり、事件を、父さんを殺したのって西の国なのかな」
祖父は問いに答えず太郎の方に顔を少し曲げる。
太郎「西の国に赴こうと思っているんだ。明日にでも」
祖父「・・・そうか」
信号が赤から青に変わる。

東の国・祖父母の家(夜)

真っ暗で静かな部屋で一人ベッドに寝転がっている太郎が、ゆっくりと静かにベッドから起き上がり身支度をする。
太郎が身支度を済ませ部屋を出ようとすると何かが落下する音がする。
太郎が音の方向に向かい、床に落ちている写真立てを拾い上げる。
写真には若い頃の祖父母と大武の記念写真が写っている。

東の国・祖父母の寝室(夜)

部屋の外から玄関を開ける音がする。
祖母が
音に気付き起き上がる。
祖母「・・・太郎」
祖母が起きあがろうとすると祖父が手を引っ張る。
祖父「放っておけ」
祖母「でも、彼は西の国を恨んでいるでしょう?行かせるわけには」
祖父「そうだな。実際に息子を殺した犯人が誰か、西の国の連中であるかは私たちには分からないし、彼にも分からない」
祖母は黙って祖父の顔を見つめる。
祖父「しかし、もう遅いんだ。とっくのとうに始まっているんだ」

西の国・村の近く(夕)

太郎が森の中を黙々と歩いている。
太郎、歩みを進めていると、辺りが開け、下の方を見ると村が広がっているのを見る。
太郎「やるしかないんだ」

西の国・村(夜)

子供が大声で泣き喚く音が村の辺り一帯に広く響いている。
村は焼け野原となっていて、家屋は倒れ、人々は転がっている。

西の国・家(夜)

部屋の奥で正座して、まっすぐ目の前にいる太郎の顔を見つめるおじいさん。
太郎は興奮して紅く目を光らせて、包帯や服はボロボロで血に染まり、荒々しい呼吸で剣を握り、おじいさんに向かって剣を突き出している。
太郎「あなたがこの村で一番偉い人か」
おじいさん「偉い人か。私はただ長生きしているだけさ」
太郎「長生き?あなたより年寄りの人間を沢山見た」
おじいさん「そうだろうな。そんなことはどうでもいい。君はどうして村を攻撃していて、私とこうして話しているんだ」
太郎の握る剣が僅かに揺れる。
太郎は少し顔をこわばらせながら、
太郎「都庁でのテロで僕の父は死んだ。西の国に復讐するために近いところから順々に巡る。ここは目的ではない」
おじいさん「犯人は見つかったか」
太郎「いや。そもそも自白するとも思っていない」
おじいさん「なるほど。それは分かっているのか」
太郎はもう一度強く剣を突き出す。
太郎「挑発しているのか?」
おじいさんが冷静に姿勢を正す。
おじいさん「そんなつもりはない。思うことがあってだな。君は二十歳ぐらいに見える。ここは国境に近いから今回のことは初めてじゃない。十数年前に攻撃された時、私たちには子供がいた。かわいい赤ん坊だ。軍に連れ去られてしまったが」
太郎は顔をしかめる。
おじいさん「君はこの国を憎く思っているだろう。私もかつて君たちの国を恨んでいた。しかしもうどうでもいい。どちらが良い悪いということはなく、罪のない人々は至る所で亡くなっていく。全ては始まってしまって後戻りできない」
太郎はおじいさんの後ろに飾ってある写真に目を向ける。
写真には若い夫婦と赤ん坊がいる。
写真の赤ん坊は目が紅く光っているように若干見える。
村の外から誰かの悲鳴が聞こえる。
桃太郎は剣を握る手を下ろす。
太郎「この村にもう用はない。僕はもう行きます」
おじいさん「そうか。私は君のことを恨んだりしない。辿り着けると良いな」
太郎は無言で引き返しおじいさんの家の扉を開けて外に出る。
太郎をじっと見つめるおじいさん。

西の国・村(夜)

太郎は村の中心に立って辺りを眺めている。
東の遠くの方角から大勢が列を成し、音を立てながら村の方にやってくる。
太郎は持っている剣を地面に落とし、顔を下に向けると、水たまりが地面にある。
水たまりに反射する太郎の目が紅く光っている。
突然後方から銃を構える音が聞こえる。
太郎「すまなかった。君は僕のことを殺せばいい」
辺り一体に銃声が響きわたる。
太郎の目が紅く一瞬強く光る。
太郎は倒れこみ、時間差で太郎の後ろの村人も倒れこむ。
横たわりながら、銃を撃たれた腹部を抑える太郎は、腹部の痛みが徐々に和らいでいき、傷が消え失せたのを感じる。
太郎は綺麗に回復した腹部を名残惜しいように手で抑え続け、堰を切ったように涙を流し始める。
太郎は壊滅した村の中心でうずくまり長い時間ずっと泣き続ける。

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