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#4 『ヒップホップ・モンゴリア』 韻がつむぐ人類学 | サブカルチャーから読む人類学

「ヒップホップの起源は、モンゴルなんだよ」

(島村一平 2021)

思い浮かべるモンゴルのイメージは、何でしょうか?私はモンゴルと聞くと、広大な草原や風を切る馬たち、そして伝説のチンギスハーンの姿を思い描いていました。その馬の蹄の音、遠くから聞こえてくるホーミーのリズム、そして温かいゲルの中で過ごす人々の日常。しかし、それだけがモンゴルではありません。そこには、時とともに変わりゆく風景や、数々の物語、そして人々の心の奥深くに秘められた感情や思考がある。そのようなモンゴルの魅力を「ヒップホップ」というサブカルチャー的な切り口でエスノグラフィーをまとめたユニークな本を見つけたので紹介したいと思います。

著作者は文化人類学者の島村一平さん。テレビ番組制作会社を退職後にモンゴルへ留学し、モンゴル国立大学大学院修士課程を修了(民族学専攻)し、総合研究大学院大学博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。というモンゴルをフィールドとした生粋の文化人類学者です。

私がこの本を手に取った理由は

「ヒップホップの起源は、モンゴルなんだよ」

という帯のコピーの意外性。ヒップホップといえばアメリカのブラックカルチャーをイメージすると思います。私も学生時代にトゥパック・シャクールやスヌープ・ドックなどを聴いて影響を受けた一人なので、ヒップホップはアメリカのサブカルチャーだと思っていました。

左:スヌープ・ドック 右:トゥパック・シャクール (Photo: GETTY)

モンゴルはかつてソビエト連邦共和国の属国として社会主義体制でしたが、冷戦の終焉、ベルリンの壁の崩壊を経て1992年の改革により民主主義国家として生まれ変わります。社会主義時代はアメリカの音楽やなどは入手が困難でしたが、民主主義体制になってからアメリカの文化が輸入される様になり、ヒップホップカルチャーの大流行が始まります。その為、本格的にアメリカのヒップホップカルチャーとの融合を開始したのは1992年以降(以前から西側のロックやポップ音楽は「密輸入」されていた)なので、モンゴルにおける現代ヒップホップの歴史は20数年と言えます。では、なぜ「ヒップホップの起源は、モンゴルなんだよ」なのでしょうか。本文から引用します。

モンゴルでは、「ユルール」と呼ばれる祭や宴の場で韻を踏んだ早口の祝詞を唱える伝統芸能がある。(中略)「これにドラムでリズムをつければ、もうヒップホップだろう。だからヒップホップの起源は、モンゴルなんだよ。」
実はこれはモンゴルのヒップホップを扱ったドキュメンタリー映画の冒頭シーンである。どこかの国のとんでも起源説みたいだと切って捨てるのはたやすい。しかしそう思わせるような文化的背景がモンゴルにあるのは事実だ。(中略)そのライムのテクニックにおいても、歌われる内容においても、びっくりするくらいクールで個性的だ。それに加えて時には民族音楽のテイストすら含有している。

(島村 2021)

"HIP HOP"という言葉が生まれる以前から韻を踏んだ早口の祝詞を唱える伝統芸能が存在していたという事がこの主張の根幹に存在する様です。

その中で、MCIT(エムスィーット)が先駆者として紹介されています。MCITは2012年に急死してしまいましたが、DrDreなどの影響を強く受けてモンゴルヒップホップ界の発展に大きく貢献した人物です。今ではBIG Geeなどの現代ヒップホップスターたちからモンゴル・ヒップホップのオリジネーターとしてリスペクトされています。

Big Gee (Wikipedia)

本作ではモンゴルの現代ヒップホップの変遷を文化的背景を交えながら細かく記述している高度なエスノグラフィー(博士論文レベル)と言えますが、
ここで全てを紹介する事は難しいので割愛させていただきます。結びとして一曲紹介したいと思います。

本書を書き終えようとしていた2020年11月30日。MCITへのトリビューと曲がYouTubeにアップロードされた。タイトルは「LIFE GOES ON」。あの2Pacの名曲と同タイトルだ。クレジットは、Mekh ZakhaQ ft. MCIT, Zaya, Ebo。メへ・ザハクイ(中略)は、MCITの最後の弟子でもある。

(島村 2021)

https://www.youtube.com/watch?v=hUiUXIeDc8

ここで紹介したBig Geeに関しては、Spotifyでも聴く事が出来ます。この本をに登場するアーティストの音楽聴きながらエスノグラフィーを読む事は面白い異文化体験としておすすめ致します。


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