妻をさん付けで呼んで1年半
「奥さんをどう呼んでますか?」
と、ある経済団体の会長からたずねられたことがあります。
「うちは、『おかあさん』ですね」
と私。
子育て時代を経ると、子どもが巣立ってからも「おとうさん」「おかあさん」と呼びあっている家庭が多いんじゃないでしょうか。
我が家も、例にもれずお互いにそう呼んでいました。
「会長、よく聞くあれですよね、あれ。『奥さんはあなたの妻で、お母さんじゃないでしょ!』とかって叱られるパターンですよね」
と、先回りをして言うと、満面の笑顔でおおきくうなづかれました。
さん付け呼びをはじめたいきさつをうかがいました。
会長は、経営者のよくあるパターンで、仕事ひと筋、夜は繁華街めぐりで、家庭をかえりみない日々を送っていたそうです。
「そういう会社はね、儲かる時期はあっても、ずっとは続かないんだよ」
「ほぉー、そういうものですか」
最初は、経営を良好に推移させるために家庭円満のもとになれば、という打算的な意図があってはじめてみたところ、不思議なことに夫婦仲がよくなるにつれ、だんだんアルコール漬けの夜の繁華街パトロールに魅力を感じなくなったそうです。
家庭ですごす時間が増え、結果的に仕事に打ち込む時間が増えて、夜の散財もなくなり、すべてうまくいった、とおっしゃるのです。
「たつゆきさんもやってみるといいですよ」
「会長、うちは仲がいいですし、夜のパトロールもやってませんから」
と笑いながら、同意しかねる意味で手を振りました。
それから数ヶ月、私たち夫婦は仲がいいことはいいのですが、ときおり意地をはりあって言い合いに発展してしまうことがありました。
この年令になってなお、こんなつまらないことで言い合いをしていてはいかんなぁ、と狭量な自分自身を反省しておりました。
思えば、この私の半生、反省ばかりをくり返してきたではないか。
ここらで抜本的に生き方を改めねばならぬのではないか。
そう考えたのです。
会長の言葉がよみがえり、実践してみることにしました。
実践しようと思っても、なかなか「さんづけ」を実行することはできません。
毎日、何十回も「おかあさん」と呼んでいたのに、突然「○○さん」なんて芝居じみてるようにも思え、妻の反応によってはよけいに気まずい状況になるのではないか、という恐れもありました。
しかし、ものごとを実行するときは、考えすぎるとうまく始められないものです。
ある朝、意を決して、目覚めた妻に向かって発語しました。
「○○さん、おはようございます」
この「ございます」も会長の教えのとおりなのです。
妻の反応をみると、まだ目覚めきらない状態から、目を見開きました。
彼女にすれば、私が宗教かなにかに突然かぶれたのではないかと思ったのでしょう。
「今日から、○○さんって呼ぶから」
「ふうん」
意外に反発もせず、すんなりと受け入れてくれました。
それから今日にいたるまでずっと「さん付け」で呼んでいます。
毎日「さん付け」で呼んでいて気づいたことがありました。
人は無意識にバランスを取ろうとする動物のようです。
さん付けで呼んでいながら、口論になったとたんに、
「おい、○○さん、ふざけんなよ、てめえこの野郎!」
なんて言葉づかいには、バランスが悪くてなりようがないんですね。
自然に相手の言葉をゆったりと受け止めようという気になります。
なので口論自体がほとんどなくなりました。
私の口調がすこしずつ角がとれてきたのでは、と自分では思っています。
確かに今まで以上に仲良くなったのは、あの会長がいってたとおりだなぁ、と思うようになりました。
ただ、現在も妻は私を「おとうさん」と呼んでいます。
ちなみに、子どもが生まれる前は、私は妻を名前呼び捨てにし、妻はわたしをさん付けで呼んでいました。
今思えば、なんと大それた態度をとっていたかと、慙愧の念にたえません。
もし、さん付けで呼び合っていらっしゃらないご家庭がありますれば、ぜひ「さん」を付けて呼び合ってください。
回り回って、いつかうちの妻も昔のように「たつゆきさん」と、さん付けしてくれるようになるかもしれません。淡い期待です。
もしサポートしていただけたら、さらなる精進のためのエネルギーとさせていただきたいと思います!!