脱サラ計画を知った同僚の反応

消防士を辞める一年前を過ぎてから、
「辞めるんだって?」
と、同僚に聞かれるようになりました。

民間企業のサラリーマンだったら、退職が決まったあとに勤務するってどんな感じなんだろうなあ

自分が辞める前に、そんなことを何度か考えました。

どんなふうに振る舞えばいいんだろうか、と思案することがしばしばありました。
辞める前には現場を離れ、事務仕事をしていたのですが、申請書類の審査をしながら、
「来年の今頃はもうこういう書類を見ることもないんだなあ」
と不思議な気持ちになりました。

他機関との会議後の懇親会に出席しても、数カ月後にはいなくなるのに、いまさら親睦を深めてもなあと、これまた複雑な心境になりました。

2度の早期退職願提出

消防士になって30年が経過し、局長に「早期退職願」を提出しましたが、強く慰留され受理してもらえなかったので、
「じゃあ、一年だけ延長します。そのかわり条件があります」
と、いくつかの条件を飲んでもらい、退職を次年度にくり越しました。

翌年、次の新局長に「早期退職願」を提出しました。

「いちおう預かっておく」
と言われましたが、彼も昨年のいきさつについて前局長から申し送りを受けているはずなので、いちおう「いちおう」と言っただけに過ぎないと解釈しました。

「君が辞めることはいずれ幹部会議で伝えるので、それまでは内密にしておいて欲しい」
退室しようとする私を引き止め、局長が言いました。

「いずれって、いつだよ!」
とツッコミたかったのですが、辞める一年前から知られて、同僚から腫れ物に触るような態度をとられるのも気まずいので、まあいいや、という気持ちでうなずきました。

しかし、数カ月後には情報ダダ漏れで、百数十名の全職員が知る「公然の秘密」状態となりました。

同僚たちの反応

そうなると、あからさまに質問を投げかけられるようになりました。

「辞めるんだって?」
と、同僚から聞かれることが多くなりました。

「このご時世に、安定した公務員を辞めなくても、定年までつとめて退職金も年金も満額もらったほうがいいだろうに」
と、心配してくれる上司もいました。

ある後輩は、
「マジ、辞めるんですか!?」
といっては大きくため息をつきました。

そのため息は、私が去ることを惜しむ感情から漏れたものではありません。
こちらが「もっと残念がれよ!」という前に、
「いいなあ~、僕も自由になりたいなあ」
とつぶやいていました。

中には残念がってくれる人もいますが、多くの同僚は脱サラする私を羨ましがる言葉を口にしました。
「僕には、石川さんみたいな技術ないし」
予想外に、消防士の中でもバリバリやっている印象を持っていた後輩までが、そんなことをいって羨ましがりました。
彼のいう「技術」とは歌を作ってギターの弾き語りをすることとか、人前で話すことを指しているのだろうと思います。

そんなふうに羨ましがってくれた同僚も、なりたくて消防士になって仕事にやり甲斐を感じている者もいたはずです。
おそらく脱サラや転職なんて、具体的に考えたことなど一度もない人もいたと思います。
それでも「自由」に憧れる気持ちがどこかにあったのでしょう。

私の脱サラすることの不安には気づかず、まるで自信満々で職場を去っていくと思っていたのかもしれません。
たしかに、不安よりも希望の方が勝っていたので、残された日々を楽しく生き生きと過ごしているように見えたのでしょう。

どの世界でもトップは苦悩する

一方、局長室をのぞくと、深刻な顔をした局長がため息をついているので、
「局長、トップはたいへんですね」
「ほんとだよ。君が羨ましいよ」
「局長、辞めたら自由ですよ」と満面の笑顔でいうと、呆れた表情で決済書類にハンコをついていました。

民間企業の経営者の悩みとは違う悩みが、期間限定でもある公務員のトップにはあると思います。
パワハラやら複雑な人間関係に悩む署員とは、また異なる難問に頭を抱えていたのでしょう。

数年後に風の頼りで、彼は定年後、本格的に農業に打ち込み、生き生きと元気いっぱいに生活していると聞きました。

在職中の後輩が病死したという知らせを受けることがある中、そんな元上司の話を聞くと、ホッとした気持ちになります。

もしサポートしていただけたら、さらなる精進のためのエネルギーとさせていただきたいと思います!!