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【ラグビー】エディ・ジョーンズと「戦術的ピリオダイゼーション」

導入:戦術的ピリオダイゼーションとは?

「戦術的ピリオダイゼーション」というトレーニングメソッドは、戦術(=試合中の文脈)の浸透具合を基準としながら、発展的にトレーニングを構築する方法だ。このトレーニングがほかと大きく異る点は、身体的な負荷だけではなく、「集中力」のような心理的な負荷を考慮に入れている点だ。

この方法は、2000年代前半にポルトガル人の名将ジョゼ・モウリーニョが、欧州サッカー界で台頭して以来すでに長いこと注目されており、すでにサッカー界では浸透し始めている。それが、なぜのラグビーと関係するのだろうか?

1.戦術的ピリオダイゼーションをラグビーに導入したエディ・ジョーンズ

英国の新聞『テレグラフ』によれば、ラグビー元日本代表監督のエディ・ジョーンズもこの「戦術的ピリオダイゼーション」を導入していると言う。ラグビー界の興味深い記事なので、紹介する。

『テレグラフ』の記事のなかでは、原文のタイトルを見て分かるように、ラグビーの元日本代表エディ・ジョーンズ監督とサッカーの名将の一人として数えられるジョゼ・モウリーニョをつなぐものとして、「戦術的ピリオダイゼーション」が取り上げられている。

『AFP』にも紹介されているが、ここで鍵を握る存在が、アルベルト・メンデス・ビジャヌエバというスペイン人のアスレチックトレーナー、運動生理学士、運動生理学研究者の存在だ。

2.鍵を握るスペイン人アスレチックトレーナーの存在:アルベルト・メンデス=ビジャヌエバ

このメンデス・ビジャヌエバは、現在サッカー界で躍進するカタールの「アスパイア・アカデミー」で運動生理学の研究者とアスレチックトレーナーを兼業している。このアカデミーの存在は、サッカー雑誌『Footballista』や大手スポーツメディアの『Goal』にも取り上げられており、日本でもサッカーの育成機関として比較的知名度が高い。

ここでは、『テレグラフ』がメンデス・ビジャヌエバに行った取材と彼のコメントを元に、エディ・ジョーンズと戦術的ピリオダイゼーションのトレーニングの概観を掴みたいと思う。

メンデス・ビジャヌエバは、「正直、エディ・ジョーンズが戦術的ピリオダイゼーションを学んで、それをラグビーに転用しようとしていることには、驚かされた」という。「ラグビーについて、全くなにも知らなかったから、彼と対面したときは緊張していた。最終的には、私自身も、彼と同じように学ぶことができた」と他競技との接点を歓迎していた。

3.プロが解説する「戦術的ピリオダイゼーション」を実践する上でのポイント

この理論にとって重要なコンセプトのひとつが、サッカーに限らず、ラグビーやバスケットボールのようなスポーツに共通する「ゲームの構成要素」だ。この構成要素は4つある:

1.攻撃時のオーガナイズ。

2.攻撃から守備への切り替え。

3.守備のオーガナイズ。

4.守備から攻撃への切り替え。

この4点を基準に、チームの戦術を決めながら、それに基づいてトレーニングを構築していく。メンデス=ビジャヌエバは、次のように説明する。

「プランを構築する際、一番はじめは『自分たちが攻撃時にボールを持っているとき、どのようにプレーしたいのか?』を規定することです。ボールを失ったら、自分たちはどのように守備をしたいのか。『すぐさま積極的にボールを取り戻しにいくのか。それとも、守備の組織をまずは整えるのか?』」

この4つのフェーズ内で、それぞれ自分たちが実行に移すべきプランを持つことは、サッカーに限らず、ラグビーやバスケットボールなどにも共通して重要なポイントとなる。

この戦術的な全体像を反映した”設計図”をもとに、ピッチ上のトレーニングに反映していく。トレーニングは、監督の主な戦術的コンセプトを組み込みながら、理論上で鍵となる動きをシステマチックに反復することで選手たちがオートマティズムを習得することを目指す。

とりわけ、最も混沌とした状態である攻守の切り替えのフェーズで、選手個々人が、自分のすべきこと、そしてチーム全体ですべきことを理解していることが大事になる。

このトレーニング理論では、これまでの旧式のトレーニングと違い、フィジカル、技術、戦術といったように各要素を個別にトレーニングすることはなく、各セッションで心理面も含めた全てを同時にトレーニングすることを目指す。メンデス・ビジャヌエバは言う。

「各トレーニングセッション内で、戦術や技術的な要素をそれぞれ切り離してトレーニングすることは意味を成さない。なぜなら、試合になれば、それらの要素が個別に存在することなどありえないからだ。各要素は、同時にトレーニングされなければならない」

4.戦術的トレーニングはフィジカルトレーニングと矛盾しない

エディ・ジョーンズは、通常のトレーニングセッション内でフィジカル面がどのように鍛えられるのかも説明している。

「(トレーニングサイクルのなかでは、)フィジカルセッションの日が設けられている。その日は、通常の試合よりも多くのフィジカルコンタクトが生じるようなトレーニングを設定する。そうして、スピードセッションの日は、少なくともトレーニングの60%は、通常の試合のスピードよりも速いスピードでプレーするようにトレーニングを組む。だが、私たちは、フィジカルトレーニングのためだけのトレーニングをを組むことはない。これらのトレーニングセッション内で、全てが鍛えられる。このトレーニングのおかげで、チームのフィットネスは大幅に向上した」

とはいえ、ここで注意が必要になる。イングランド代表は、決してフィジカルを重要視していないわけではないのだ。例えば、イングランド代表のネイサン・ヒューズは「火曜日は”レッグ・デー”だ。30キロの重りを背負って、膝を上げながら階段の上り下りを行う。足やコアを鍛えるんだ。毎週火曜日に20分ぐらいかな。試合のときにタックルを受けても、プレーを続けることができる。このトレーニングをする意義が発揮される」と話す。

ここから分かるように、肝心なのは、試合中のどんな場面で、そのトレーニングが効力を発揮するのか、という”文脈=戦術”を設定することなのだ。つまり、その文脈付けの精度が、監督としての腕の見せどころになる。

5.トレーニングの”強度”の定義とは?

この理論に基づいたトレーニングの強度は、どうなのだろうか?これまでの典型的なトレーニングよりも高い強度なのだろうか?メンデス・ビジャヌエバの言葉では、次のようになる。

「”強度”の定義による。通常のドリル形式のフィジカルトレーニングならば、ひとつのことにフォーカスしてトレーニングを行う。フィジカル面から見れば、とても強度が高いかもしれない。だが、メンタル面(戦術など、いわゆる頭を使うこと)から見れば、特に負荷がかかっているわけではない。戦術的ピリオダイゼーションの主なコンセプトのひとつに、『高いレベルの集中力を要求する』というものがある。つまり、メンタル面でも強い負荷をかけるようにする。多くのことを同時に行う(ことは、メンタル面で頭に大きな負荷がかかる。)その意味では、とても強度が高いと言える」

とはいえ、戦術的ピリオダイゼーションという理論を知っているからと言って、それでチームを勝利に導けるとは限らない。むしろ、方法が画一化することで、監督としての能力の差が露骨に表れることも考えられる。

メンデス・ビジャヌエバは、この理論について説明する。

「戦術的ピリオダイゼーションとは、料理で言えばレシピのようなものだ。多くの人々が、それを実行しようとするだろう。だが、皆がそれぞれ異なる結果を得ることになる。とても美味しい料理を食べようと思えば、素晴らしい材料と非常に優れたシェフが必要だ。この2つが揃わなければ、レシピも役に立たない」

最終的には、素晴らしいチームを作るためには、選手と監督およびコーチングスタッフ陣のクオリティが明暗を分けることになる。

6.まとめ:戦術的なトレーニングとは試合中の具体的な”文脈の設定”である

最後に、上に述べてきた「戦術的ピリオダイゼーション」を簡単にまとめよう。

1.ラグビーやサッカーのような球技は、4つのフェーズに分かれている。トレーニングのオーガナイズは、この4つのフェーズごとに設定された戦術的な規則の応じて行われる。

2.戦術的要素とは、試合中の具体的な文脈を与えることで、トレーニングに実践と同じ負荷をフィジカルとメンタルの双方に同時にかかるようにする。

3.したがって、戦術的なトレーニングとフィジカルトレーニングは、しっかりと設定されていれば、決して矛盾しない。

このトレーニング理論の実践的なさらに詳しい話は、次の記事にまとめてある。興味のある人は、続けて読んでみてほしい:

【サッカー】”戦術的ピリオダイゼーション”の教本からのヒント:理論から実践へ

試合の分析から課題の修正というトレーニングの文脈付けの作業には、サッカーもラグビーも違いはない。エディ・ジョーンズは、そのことを証明している。戦術的ピリオダイゼーションも、日本に伝わってから10年以上経っているが、最近、改めて注目を集めている。とりわけ、この理論に関しては、『Footballista』が力を入れて取り上げている。ラグビーファンの人々が、サッカーにも興味を持ってもらえれば、幸いだ。








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